第36話 古田織部の逸話『泪の茶杓』
森さんが帰り、シーンとなった室内の静寂を破ったのは蒲生だった。
蒲生:「なに、あのイケメン。かっこいいんだけど。お婿さんにするならあんな人がいいな。」
利子:「だめよ、蒲生さん惑わされては。それも織部ズムの計略かもしれないじゃない。」
蒲生:「そうだね、利子ちゃん。私、あぶなく引っかかる所だった。」
蒲生と利子の会話をあきれ顔で聞きながら、織田が高山に話しかけた。
織田:「あいつら、寝ぼけているのか?そんなの計略でもなんでもないだろう。」
高山:「利子さんはムードメーカなの、気にしないであげて。」
少しして、長官が立ち上がり利子に話しかけた。
長官:「みんな、よく来てくれた、さあ椅子に掛けてくれ。」
利子は長官の座る椅子の正面にあるソファーに高山と蒲生と一緒に座り、織田は近くの壁際にあるソファーに座った。
長官は、各人にコーヒーの入った紙コップ手渡し、自分の席に座った。
高山:「まず、こちらから話をさせてください。」
長官:「では、お願いしようか。」
高山:「はい、今週末、先ほどの森さんが利子さんの御実家に来て、利子さんと論戦することになりました。織田くんの協力で逸話のタイトルらしき情報を手に入れました。その逸話の中身を長官に教えていただきたくて、ここに来ました。」
長官:「なるほど、それで逸話のタイトルは?」
織田:「俺の番だな。森さんが話した逸話のタイトルは『泪の茶杓』『瀬田の擬宝珠』『破袋』の3つだ。」
長官:「『泪の茶杓』『瀬田の擬宝珠』『破袋』か。『泪の茶杓』と『瀬田の擬宝珠』の2つは千利休と関係のある逸話なので知っているが、『破袋』はおそらく国の重要文化財の水指、銘:破袋に関する逸話だろうとしか言えないな。とりあえず、それぞれわかる範囲で説明しよう。」
利子:「お願いします。じゃあ、メモを用意しますね。」
長官:「まず『泪の茶杓』の逸話から話そう。
時は1591年、利休が豊臣秀吉に切腹を命じられ、その猶予期間に自らの手で削った中節形の茶杓があった。茶杓は白竹で樋が深く通り、有腰で、利休の茶杓の中でもとくに薄作りにできていた。
1591年2月、その茶杓を使用した生涯最後の茶会の後に、泪と銘をつけ古田織部に分け与えた。
本来であれば、ただの形見分けになるのだが、古田織部はこの茶杓を着色のない木地の竹筒ではなく、黒漆で丹念に塗りあげた茶杓筒を自作した。筒には中央部分に窓となる穴があり、茶杓の樋の部分がよく見えるようになっていた。
古田織部はこの茶杓筒に位牌としての意味づけを持たせ、利休切腹後、毎日のように茶杓に祈りをささげていたそうだ。」
高山:「この逸話は強敵ですね。」
蒲生:「えっ、どうして?」
高山:「古田織部は千利休の死後、毎日のようにお参りしていたという話だから、そのまま千利休の後釜は古田織部で決まったように聞こえるもの。」
蒲生:「じゃあ、織部ズムの勝ちになっちゃうね。どうしよう利子ちゃん。」
利子:「どうしよう、高山さん。」
高山:「この逸話を出された時点でまずいわね。長官、この逸話に対抗する方法はないんですか?」
長官:「逸話には、逸話で切り返せば良い。そもそも古田織部は千利休の師匠なのだから、たった1つの逸話でどうこうできるというものではない。まずは落ち着いて、今まで習ってきた千利休の逸話を思い返すことだ。」
高山:「わかりました。利子さん、自分を信じて千利休の逸話で切り返していきましょう。」
利子:「ありがとう高山さん。私、頑張る。」




