XVII ちょっといいなって思いますし
すべての授業が終わった後、わたしはもう一度レオンに会いに行った。
ともかく、セレナさんがフィルに好意的なのもわかったし、仲良くさせよう計画も成功するに違いない。
上機嫌にレオンの教室へ行ってみると、レオンは微妙な顔でわたしを出迎えた。
「……お嬢様。俺の教室に来るとは思っていませんでした」
「あら、ダメだった?」
「ダメってことはないですけど……目立ちますし、恥ずかしいんですよ」
レオンはきょろきょろとあたりを見回した。
なるほど。
たしかに上級生で、それなりに有名なわたしが登場すると、注目を集めてしまうようだ。
フィルの教室に行ったときも同じだったっけ。
「恥ずかしがらずに、もっと歓迎してくれてもいいじゃない」
「なんで俺がお嬢様を歓迎しないといけないんですか」
「フィルならすごく歓迎してくれるのになー」
「はいはい」
と言って、レオンは肩をすくめ、そして、くすっと笑った。
何かおかしかっただろうか?
そのとき、レオンのクラスメイトの子がひょこっと現れ、わたしたちに近づいた。ちょっと長めの茶髪の男の子だ。
まだ十二歳だからかもしれないけど、女の子みたいな見た目だ。フィルとはちょっとタイプが違うけれど。
その子はわたしとレオンの顔を見比べ、無邪気な笑みを浮かべた。
きらきらとした金色の瞳で、その子はわたしを見つめて、それから名乗った。「僕、王太子殿下の婚約者のクレア様は憧れだったんです!」と言われ、ちょっと気恥ずかしい。
そして、その男の子はレオンをちらりと見る。
「そっか。レオンくんってクレア様のお屋敷にいたんだよね。いいなあ。クレア様と仲良しなんだね」
とその子は言う。声変わり前だから、声も高くて、どこか甘い響きがあった。
わたしとレオンは顔を見合わせ、そして、ぷいっと互いに顔をそむけた。
「仲が良いわけじゃない」
とわたしとレオンは口を揃えて言う。でも、相手の男の子は首をかしげた。
「でも、さっきも図書室で一緒にいたじゃないですか? お二人は舞踏会でもあんなに素敵に踊られていましたし」
ああっ、見られていたんだ。
たしかに、最近、レオンと行動を一緒にすることが多い。他の生徒から見ると、わたしたちは仲良し(?)に見えるのかもしれない。
「あっ、でもお二人は主従なんですよね。理想的な主人と忠実な使用人、って関係も憧れます」
わたしとレオンはもう一度、顔を見合わせる。
「クレアお嬢様のどこが理想的なんですか」
「レオンも忠実じゃないよね」
そうして、わたしたちはむむっとにらみ合う。
……いけない。レオンと仲良くなるつもりだったのに、なぜか言い争いに……。
でも、レオンのクラスメイトの男の子は、わたしたちがどう見えたのか、「やっぱり仲良しだ」と言って微笑んでいた。
そうだ。
わたしはレオンのもとに来たのは、フィルとセレナさんのことを話し合うためだった。
ただ、ここじゃ、レオンの言うとおり、目立ちすぎてしまう。
わたしはレオンを廊下に連れ出し、レオンも素直に従った。
窓から夕日の指す廊下で、わたしとレオンは向き合う。
はあ、とレオンはため息をついた。
「あまり目立つようなことをしないでください」
「目立つようなことっって……わたしがしたのは、レオンの教室に来ただけじゃない?」
「それが目立っていたんじゃないですか。お嬢様は王太子殿下の婚約者なんですから。使用人の男のもとに何度も足を運んだりしたら、噂になるじゃないですか」
「噂って、どんな?」
わたしが何も考えずに尋ねると、レオンはぎょっとした顔をして、そして顔を赤らめた。
あ……しまった。
そういうことか。
「つまりですね……お嬢様が俺に浮気しているとかそういう噂ですよ」
レオンは律儀に、口に出して説明してくれた。耳まで真っ赤だ。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
わたしはくすっと笑った。
「べつに、わたしはそんな噂を流されても平気だけど」
「平気じゃないでしょう。仮にも公爵令嬢としての体面が……」
「レオンは嫌?」
わたしはからかうように尋ねてみる。
レオンのことだから、「お嬢様みたいないい加減な人と噂になるなんて嫌ですね!」ぐらいの嫌味を言うに違いないと思う。
けれど、レオンは意外にも、そんなことは言わなかった。
代わりに、うつむいて視線をそらし、それからぼそっと言う。
「べつに嫌ではないです」
「へえ、ホントに?」
「何をにやにやしているんですか?」
レオンに青い目で睨まれるけど、思わずにやにやしてしまう。
思ったより、わたし、レオンに嫌われていないのかも。以前はもっとレオンは生意気で、わたしに楯突いていたけど、最近はそういうこともない。
レオンはむうっと頬を膨らませる。
「べつに俺はお嬢様のことが嫌いなわけじゃありません。それに……」
「それに?」
「フィル様のために必死で頑張るお嬢様は……ちょっといいなって思いますし」
あれ?
予想外に、直球で褒められてわたしは戸惑った。レオンをからかうつもりが……わたしが赤面してしまう。
ええと……。
わたしはなんて答えればいいか迷い……。
結局、話題を変えて逃げることにした。レオンもそれに乗った。
「あのね、フィルのことなんだけど」
「はい」
「セレナさんなら、わたしたちが焚き付ければすぐにでも、フィルの友達になってくれそうだけど……」
手っ取り早く、フィルの孤立問題を解決するなら、わたしたちが積極的に動くのが一番だ。
そう思って提案したのだけれど、レオンは首を横に振った。
「それはダメです、お嬢様」
「どうして? ちょっとグイグイ行き過ぎたかも知れないけど……セレナさんにわたし嫌われちゃったかな?」
おそるおそるレオンに尋ねてみる。
わたしが気づかないところで、そんなことになっていたら、それは困る。前回の人生だって、周囲の状況に気が付かないまま、わたしは破滅していったわけで、そういうことがあってもおかしくない。
でも、レオンはそういうわけではないと言ってくれた。
「あまりお嬢様が手を出しすぎないほうが良いと思うのは、もっと別の理由です」
「別の理由?」
「これはお嬢様の問題ではなくて、フィル様の問題ですから」
レオンは真摯な目でわたしを見つめていた。
わたしははっとした。
そうだ……。
フィルのために頑張らなきゃ! と思うあまり忘れていたけど、これはもともとフィルが解決すべき問題なんだ。
「ここで、お嬢様がすべてをお膳立てして、フィル様とセレナさんが仲良くなったとして……それに意味があるんでしょうか?」
「そうね。レオンの言うとおりだと思う」
わたしはうなずいた。セレナさんの気持ちはわかった。セレナさんに、素直にフィルと仲良くなってもらえるようにも促した。
あとはフィル自身の力で……セレナさんと仲良くなってこそ、意味がある。
「わたしが……いつまでもフィルのそばにいられるとは限らないんだものね」
「フィル様は……未来のリアレス公爵ですから」
「公爵にふさわしい人に……レオンの主人にふさわしい人になってもらわないといけないものね。ううん、フィルならきっとなれる」
「はい」
わたしは……ずっとフィルのそばにはいられないかもしれない。
でも、レオンはリアレス公爵家を主家とする男爵家の跡取りだ。
これからもフィルを支えてくれるだろう。
レオンはわたしの言葉に優しく微笑んでくれた。
わたしもレオンに微笑み返す。
「レオンって……わたしが思ってたよりずっと大人ね」
わたしが感心して言うと、レオンがくすっと笑う。
「それはもちろん、お嬢様よりはずっと大人ですよ」
「また、そうやって生意気を言う……」
そういうことを言わなければ可愛いんだけれど。だいたい中身はわたしのほうが遥かに年上なのに。
でも、今はレオンのことを許してあげよう。
「ちょっとレオンのこと見直しちゃった」
「そ、そうですか?」
「ええ」
わたしが言うと、レオンはちょっと気恥ずかしそうにした。
さて、フィルに、セレナさんのことをそれとなく教えてあげよう。
そして、フィル自身が行動して、セレナさんと仲良くなってもらうんだ。
わたしは、仲間のレオンと一緒にフィルの教室へと向かった。