XXX!X 一番のお気に入り
王太子はわたしたちの王宮内での移動を許してくれた。
だから、フィルがわたしの部屋から追い出されても、フィルに会うこと自体は自由にできる。
次の日の朝、わたしがフィルの部屋を訪れると、フィルはぱっと顔を輝かせて、わたしを出迎えてくれた。
今日は、男の子らしい半ズボン姿だ。
「……お姉ちゃん! 会いたかった!」
「昨日まで同じ部屋にいたでしょ?」
わたしがくすくすと笑うと、フィルは真顔になった。
「でも、十八時間も会ってなかったよ」
「え? ええと……そうだけど……」
「だから……寂しかった」
王太子に昼寝を見られたのが、昨日の夕方三時頃。今が朝の九時だから、たしかにきっかり十八時間だけど。
一日も経っていないのに、そんなに寂しがるとは思わなかった。
でも……姉としては嬉しい。
フィルが、こほ、と軽く咳をする。
わたしは心配になって、フィルの黒い瞳を覗き込んだ。
「大丈夫……?」
「平気。お姉ちゃんに会えたのが嬉しくて、ちょっと咳き込んじゃっただけ」
とフィルが可愛らしく微笑む。
本当に可愛いなあ、と思って、わたしはフィルを抱きしめようとしたそのとき、部屋の扉がノックされた。
タイミングが悪い。
がっかりしながら、わたしが扉を開けると、そこにはアリスとシアがいた。
フィルを抱きしめられなかったのは残念だけど、二人とも、わたしのために来てくれたのだ。
わたしが二人を歓迎すると、二人とも嬉しそうな顔をした。
アリスはにこにこと、シアは照れたようにうつむいている。その後ろに、戸惑ったような顔の、従者のレオン少年がいた。
アリスがわざとらしく咳払いをする。
「それでは、クレアお嬢様解放作戦の会議を始めましょう!」
おー、という掛け声とともに、アリスが右手を天井に向けて突き出す。
一瞬の間を置いて、わたしたちも「おー」と言い、おずおずと手を挙げた。
まず、シアが報告する。
「王妃様との面会の約束は整いました。明日の午前八時からです」
シアは公爵家の家臣たちを通して、わたしが王妃と会えるように調整してくれた。
公爵家の養女とはいえ、シアは新参者だし、家臣たちに頼みを聞いてもらうのは大変だったと思う。
とわたしが言うと、シアは首を横に振った。
「みんなクレア様のためと聞いたら、喜んで協力してくれましたよ。さすがクレア様……人望が厚い……」
「いや、単にわたしが公爵令嬢だからだと思うけど……」
「ただの公爵の娘だったら、みんな熱心に協力してくれたりしませんよ」
「そ、そうかな?」
「はい」
シアはにっこりと微笑む。そう言われると、わたしもなんだか家臣に信頼されているような気がしてくる。
レオンはぷいっと顔を横に背けていたけど……。
わたしは言う。
「今わかっていることは、わたしが暗殺の危険にさらされているということね」
レオンがそれに反応し、わたしを青い瞳で見つめる。
「要するに、それ以外、何もわかっていないんでしょ?」
「まあ、そうね……」
ほとんど情報はない。
王太子はわたしを守ろうとここに監禁しているという。
でも、何から?
あとは、王太子がわたしを必要な理由は、彼が王位継承を確かにするため、というのも推測できる。
アリスが手を広げて自慢そうに話し始める。
「あたしは王宮の人たちにいろいろ話を聞いてきました。王太子アルフォンソ殿下と、第二王子サグレス殿下。この二人のどちらが王位を継承すべきかをめぐって、今、王宮内では不穏な空気が流れているみたいなんです」
「普通に考えたら、王太子殿下がすんなりと継承するんじゃないの?」
「そのとおりです」
アリスがうなずく。
話が複雑になったのは、宮廷貴族たちの策謀があるという。
王都で国王のそばに仕える宮廷貴族たちは、自前の領地を持たず、王家から金銭ベースの封禄を得ることで、生活を立てている。
彼らにとっては、国王の権利を強くし、王国の税収を上げることで、自分たちの封禄を増やす道が開かれる。
隣国との戦争の準備を進めていることもあり、宮廷貴族は王家を焚き付けて、地方への増税を企んでいた。
一方で、地方の大貴族たちは、領地から得られる収入で財政を成立させている。わたしの父のリアレス公爵も、そうした大貴族の筆頭だ。
大貴族たちは、王国からの増税に抵抗するし、場合によっては反乱を起こしたりもする。
宮廷貴族と地方貴族は真っ向から利害が対立している。
そして、宮廷貴族が推すのがサグレス王子、地方貴族が推すのがアルフォンソ王太子ということだ。
「それに、サグレス王子はかっこいい方ですからねえ」
とアリスが言う。
「まるで見てきたみたいな言い方ね」
「見てきましたよ」
とあっさりアリスが言うので、みんなぎょっとした顔をした。もちろん、わたしも。
「ど、どうやって……?」
「普通に王宮をうろうろしていたら、声をかけられました。王子とは思えない、自由奔放で、頭の回転の速い方でしたね」
「へえ……」
「もちろん王太子殿下も優秀な方なのだとは思いますけど、仕えるなら、サグレス王子というふうに思う方も多いかもしれません」
「なるほどね」
王太子の憂鬱そうな顔が思い浮かぶ。そして、前回の人生でのサグレス王子の顔も。
前回、「王太子の敵はわたしの敵!」という偏見で、わたしはサグレスを見ていた。接する機会も少なかったと思う
だから、サグレスのことをいい加減なやつとしか思っていなかったけど……でも、その評価は高いみたいだ。
アリスはにっこりと笑う。
「もちろん、あたしのご主人さまはクレア様一択ですけどね」
「ありがとう、アリス。わたしにとっても、一番のメイドは、やっぱりアリスね」
「あら、メイドのフィル様が一番のお気に入りなんじゃないですか」
とからかうようにアリスは言い、わたしとフィルは顔を赤くした。
また、メイド服姿のフィルは見てみたいけどね。
しばらく和やかな感じです。次回は土曜日ぐらいの更新です。
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