XXⅥ 王太子の事情
王太子は、わたしを王宮へ連れて行くという。しかも、来週早々なんて、あまりにも急だ。
その後もずっとわたしを王宮にとどめておくつもりらしい。
わたしはさあっと顔が青くなった。
前回の人生のわたしなら喜んだはず……いや、さすがに喜ばないか。
憧れの学園生活を取り上げられて、窮屈な王宮にずっと住めなんて、言われたら。
いくら王太子のことが好きだったとしても、ためらっただろう。
今回のわたしは王太子に未練がないから、なおさらだ。
「……そんなこと……お父様がお許しになるかどうか……」
おずおずと、わたしは王太子に尋ねてみる。だけど、相変わらず王太子殿下は笑顔だった。
「公爵は快く認めると言っていたよ」
「そんな……!」
考えてみれば、当然だ。
父にとって、わたしの価値は王太子との政略結婚の道具という一点にある。
なら、王太子が強くわたしを王宮に留めようとするのは、願ってもないことだろう。
わたしはまじまじと王太子の青い瞳を見つめた。
その瞳は澄んでいて、何の感情の色も読み取れなかった。
いったい、王太子の目的はなんだろう?
王太子がわたしのことを好きで好きでたまらないから?
まさか。
なら、前回の人生は何だったの? という話になる。
でも、その可能性もゼロではないか。まだ王太子はシアに出会っていないから。
あるいは、もっと別の理由かもしれない。
わたしが王宮にいないと、王太子が困る理由。
または、わたしを学園に行かせると、王太子が困る理由。
なにかあるのかもしれない。
「その……殿下のおそばにいられるのは嬉しいのですが……学園には行ってみたいという気もするんです。学園にいれば、殿下のおそばにもいられますし」
「もちろん、クレアが学園に行きたいというなら、それを尊重するよ」
「なら……」
「だが、私は王宮で、学園よりももっと良い楽しく、素晴らしい生活を保証するつもりだ。どうだろう? ともかく一度試しに王宮に来てみてほしい。それから学園へ行くかどうかは決めても遅くないはずだ」
こうまで言われては、わたしも断ることはできない。
相手は王太子殿下だから。
仕方なく、わたしはうなずいた。
けれど、多少の条件をつけることぐらいは許されるはずだ。
「あの……殿下。王宮に何人か連れていきたい者がいまして……」
「かまわないよ。お気に入りの使用人がいれば、ぜひ連れて行くといい」
もちろん、アリスにはついてきてもらうつもりだった。アリスはわたしの専属メイドだし、父も認めるだろう。
でも、問題はもう一人のほうだ。
フィルも連れていきたい。
もちろん、フィルはこの公爵家の跡取りだからずっとわたしと一緒にいるわけにはいかないけれど、でも、短期間ならなんとでも理由をつけられる。
そのあいだに、王太子のもとから逃れる方法を探せばいい。
弟も王宮につれていきたい、とわたしが言うと、殿下は首をかしげた。
「弟? ああ、あの王族出身の……フィアとかいったかな?」
「フィルです」
わたしの弟の名前を間違えないでほしい。
とは口には出さないけれど。
王太子殿下はぽんと手を打ち、「そうだった」とつぶやいた。
そして、王太子の視線はすっと扉の方へと向かった。
「そのフィルというのは、もしかすると、入り口から私たちを見ている少年かな」
わたしは驚いて振り返ると、ドアの隙間からフィルの顔がのぞいていた。
フィルは慌てて隠れようとするけど、その前に王太子が素早く扉を開けて、フィルを捕まえてしまった。
フィルはびくっと震え、怯えたようにうつむいていた。
王太子は微笑んでいたが、その青い瞳は鋭くフィルを睨みつけていた。
「盗み聞きなんて、同じ王族として恥ずかしいよ」
「ち、違います……ぼくは……」
「どう違う?」
「クレアお姉ちゃんのことが心配で……」
「婚約者同士が会うのを、君がどうして心配するのかな?」
「えっと、それは……」
「答えてほしい」
鋭い口調で王太子はフィルを問い詰めた。
フィルは顔を上げたが、その黒い宝石みたいな瞳は涙目になっていた。
わたしはたまらず、二人に駆け寄る。
「殿下……やめてあげてください。フィルは悪気があったわけじゃないですし……」
わたしがそう言うと、殿下は一瞬怖い表情で、わたしを見て、それからすぐに柔らかく微笑んだ。
「いや……悪かったよ。年下相手に大人気ない真似をした。それにしても……二人は仲が良いのだな」
「フィルはわたしの大事な弟ですから」
わたしがそう言うと、フィルが嬉しそうな顔をした。一方の王太子殿下は……なぜか、びくっと怯えるように、わたしの顔を見た。
「クレアは、私より弟のほうが大事か?」
わたしはとっさに答えられず、困った。
本音を言えば、フィルのほうが大事だけれど。でも、殿下はまだ、わたしの婚約者だ。
わたしが何も言えずに黙っていると、王太子は額に手を当てていた。
「いや、いいんだ……。今の質問は忘れてくれ……」
「殿下……顔色が……」
なぜか殿下の顔色はとても悪く、真っ青になっていた。
どういうことだろう?
いくらなんでも王太子の反応は、普通じゃない。
わたしがフィルを大事だと言ったことが、そんなに問題だったんだろうか。
殿下は小さな声で言う。
「私は……クレアが私以外の人間を選ぶのが恐ろしいんだよ。もしそうなれば……わたしは生きていられない」
おおげさな……。
わたしに捨てられたぐらいで、生きていられないほどのショックを受けるなんて考えられない。
もしそうなら、前回の人生で、王太子がわたしを捨てて、シアを選ぶはずがない。
そうだ。
一度、王太子を……シアに会わせてみるのもありかもしれない。
王太子との婚約は、早いうちに解消してしまいたい。
それも円満に。
婚約破棄にも理由がいる。
聖女となるシアと王太子がくっつけば、お互いハッピーだ。
わたしは晴れてお役御免。自由の立場になる。
わたしはそう考えながら、王太子に手を差し伸べた。
そして、微笑む。
「不安に思わないでください。……わたしは殿下の婚約者ですよ」
今はまだ、とわたしは心のなかで付け加えた。
王太子にも秘密があります。
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