やり直し聖女シアは、悪役令嬢を幸せにします:con Natsuhara Shion
幼い頃、私は自分の見た目が嫌いだった。
色素の薄い、不気味な銀色の髪。人間のものとは思えない、真っ赤な瞳。
それは、伝説上の忌むべき「魔女」の容姿そっくりだった。
両親は、私にシア・マグリット、という平凡な名前をくれた。
なのに、私はぜんぜん、平凡じゃない。
もっと普通でいたかった。
両親は茶色の髪に、茶色の目という標準的な王国人の容姿をしていた。
父は王都のそれなりに裕福な商人で、母は父の仕事の手伝いをしていた。
一人娘の私のことを、二人は大事にしてくれていた。
でも……
銀髪紅眼という見た目のせいで、世間では、私は敬遠されていた。
平民の幼年学校のときも、私には一人も友達がいなかった。みんなわたしのことを怖がっていた。勉強だけは得意で、他にすることもなかったから頑張った。
たった一人、私のことを嫌わなかったのは、近所に住んでいたおじいさんだった。
彼は80歳は超えていそうで、顔は白ひげだらけで、みんなから「魔術師」みたいだと呼ばれていた。
ホラ吹きだとか、詐欺師だとか、良くない評判もあったけれど、なぜか両親は彼と親しかった。
だから、私も彼の家をたびたび訪れ、彼も私のことをかわいがってくれた。
私は彼の家で、多くの不思議な本を与えられ、そしてたくさん読んだ。学校では習わないような、不思議なことを学んだ。
ある日、彼は言った。
「この大陸からは魔法は失われた」
「おじいさんも魔法を使えたりはしない?」
「もちろん」
「残念」
私は心の底からがっかりした。
もし魔法が使えたりすれば。みんなが私のことを認めてくれたりするかもしれないのに。
「じゃがのう、いくつかの奇跡をとおして魔法の存在を知ることはできる。その一つが『聖ソフィアの預言』じゃ」
その『預言』は、かつて聖人が王家に託したという。この大陸の未来の歴史を記した書物だった。
まだ魔法が存在した時代に、魔法を使って書かれた書物なのだという。もっとも、そんなものが本当に存在するかはわからん、とおじいさんは笑っていた。
他にも、おじいさんは私にいろいろな魔法の伝承を教えてくれた。けど、一番心に残ったのは、預言の存在だった。
そこには私の未来はどんなふうに書かれているんだろう? 私はこのまま孤独なままなのか、それとも……。
やがて15歳の冬に、私は流行り病で両親を失った。「魔術師」のおじいさんも、同じように死んでしまった。
私は絶望して、途方に暮れて、そして考えた。
これも預言に書かれていたことなんだろうか?
もしそうなら、最初から知っていることができたなら、きっと避けることもできたのに。
本当に一人ぼっちになった私のもとに、一人の男の人がやってきた。
彼は王政府の役人だと名乗り、一枚の書類を渡した。
そこには王立学園高等部への入学を許する、と書かれていた。
信じられなかった。王立学園は貴族のみしか入学できない。けど、私はただの平民だ。彼は不思議な灰色の瞳で私を見ると、「あなたには不思議な力がありますから」と言って、薄く笑った。
私はなかば強制的に学園に入学させられ……そしてひどい目にあった。周りは貴族様ばっかりだから見下されるし、貴族の作法もわからないから、孤立した。
孤立しただけなら前と同じだけど、今度はいじめも加わって、本当に辛かった。
そんな私に手を差し伸べたのは、クレア様だった。
ある日、私は寮の部屋を荒らされ、教科書をぐちゃぐちゃにされた。自分の部屋に戻りたくなくて、学園の屋上でひざを抱えて泣いていた。
そのとき、私に声をかけた人がいた。
「……大丈夫? なんだか、とっても辛そうな顔をしているけど?」
顔を上げると、そこには美しい少女がいた。
深い茶色の髪は長くて、とても綺麗だった。同じ茶色の瞳はきらきらと輝き、私を見つめている。
学園の制服を着ているのに、お姫様って言葉がぴったりくる見た目だった。
この人のことを、私は知っている。
同学年の有名人だ。
名門公爵の令嬢で、王太子の婚約者クレア・ロス・リアレス。
貴族のなかの貴族。
そんな人が私に何の用事だろう?
私は思わず震え上がりそうなった。また、ひどいことをされるかも……。
相手が公爵令嬢では歯向かうこともできない。
けれど、彼女は身をかがめて、そして、私に微笑みかけた。
「辛いことがあったなら、話してみない? もしかしたら、わたしはあなたの力になれるかもしれない」
その表情はとても優しく、そして可愛らしかった。
私はその言葉に、せきを切ったように、これまでのことを話し始めた。
見た目のこと、学園になじめないこと、一人ぼっちなこと。
クレア様は、私の言葉を最後まで聞いてくれた。
いつのまにか、私はまた泣きじゃくっていて、でも、クレア様は私のことをそっと抱きしめてくれた。
「そう。……辛かったのね。でも、わたしが味方になってあげる」
「どうして……ですか?」
「困っている人を助けるのに、理由が必要? それにこんなに頭が良くて、美人で、優しい子が一人ぼっちなんて、そんなのおかしいと思うし」
クレア様はそう言って、誰もが見惚れるような綺麗な笑顔を浮かべた。
私のことを、クレア様は肯定してくれた。
見た目のことも不気味だなんて言わないし、私が勉強が得意なことを素直に称賛してくれて、そして、私の話を聞きたがった。
いつしか、私たちは放課後に、図書室でいつも一緒にいるようになった。
クレア様は、婚約者の王太子のこととか、死んでしまった仲の良いメイドのことを、生き生きとした表情で、時には沈んだ表情で、話してくれた。
逆に、私が、読んだ本の中身や、おじいさんから聞いたことを話すと、クレア様はとても喜んでくれた。
聖ソフィアの預言のことを話したとき、クレア様は首をかしげた。
「王家にそんな本が伝えられているというのは聞いたことがないけれど……」
「あっ……その……本当にそんなものがあるかどうかはわかりません。おじいさんの家で聞いた、ただの言い伝えです」
「ふうん。でも……そんな預言があったとしたら読んでみたいな」
「私は読みたくないです」
「どうして?」
「だって……怖いじゃないですか。そこに自分が不幸になるって書いてあったら……」
クレア様は目を丸くして、そしてくすっと笑い、首を横に振った。
「大丈夫。きっとそんな預言があったら、あなたは幸せになるって書いてあるわ」
「そうでしょうか……」
「ええ!」
「えっと……その……クレア様もきっと、幸せになるって書いてあると思います」
「ありがとう。シアがそう言ってくれて、すごく嬉しい」
クレア様はそう言って、わたしのことを抱きしめた。
ちょっと恥ずかしいけれど……わたしも嬉しかった。
クレア様と出会ってから、すべてがうまくいき始めた。
いじめられることもなくなったし、友達も増えた。
まるで本当に不思議な力が身に宿ったように、私には感じられた。
はじめて男子生徒たちから交際を申し込まれたときはびっくりしたけれど、そういうことが増えていって。
クレア様は冗談めかして、「わたしのシアをとっていっちゃダメなんだから」と言っていた。
やがて私はクレア様をとおして、王太子殿下とも知り合った。噂通りのカッコいい金髪碧眼の美しい少年だった。
クレア様と王太子殿下が並ぶと、とても絵になった。二人は婚約者同士で、とても幸せそうだった。
クレア様は王太子殿下のことが大好きみたいで、彼と話すとき、クレア様の表情はきらきらと輝いていた。
私も、そんなクレア様のことを見ていて、幸せだった。
私を救ってくれた大事な存在。それがクレア様だった。
まさか、私がクレア様を不幸にするなんて、そんなこと思いもしなかった。
あるとき、私は王太子殿下に呼び止められた。
二人きりで話がある、と言われて、私は首をかしげてついていった。
なんだろう?
誰もいない教室の隅で、彼はいきなり私の手を握った。そして、私のことを好きだという。
私は頭が真っ白になった。
王太子殿下の婚約者はクレア様だ。なのに、どうして……?
クレア様より私のほうが魅力的だと彼は言う。王太子殿下だけじゃない。
気がついたら、そういう人がどんどん増えていって。
そして、私は教会の聖女に選ばれた。冗談だろう、と思ったけれど、教会の人たちは本気だった。
あなたには不思議な力がある、と彼ら彼女らは言った。
「たとえば、この怪我人をあなたは奇跡で癒やすことができる」
教会の人たちの言うとおりに、私は大怪我を負った人に手をかざした。
すると本当に奇跡のように、その人の傷は癒えていった。
大陸から失われた魔法。ごくわずかな奇跡のみが、魔法の存在を伝えている。
そして、私はその奇跡の一つとなり、「暁の聖女」と呼ばれることになった。
学園で、私のことを平民だから見下していた生徒たちも、手のひらを返したように私のことをちやほやするようになった。
教師ですら、私のことを畏怖するような目で見つめた。
私は困った。
こんなの、私は望んでいない。
普通に学園の生徒として楽しく過ごせて、そしてクレア様がいてくれれば、それで良かったのに。
王太子殿下は、私が聖女になったことを喜んだ。これでクレア様との婚約を破棄して、私と結婚できると思ったらしい。
でも、クレア様は王太子殿下のことが好きなのに。ずっと王太子殿下の婚約者としてふさわしい存在になろうと努力してきたのに。
なのに、殿下はどうしてそんな残酷なことを言えるんだろう?
クレア様の弟のフィル様が、私に告白してきたとき、これはチャンスだと思った。
フィル様と私が付き合えば、王太子殿下も私のことを諦めてくれるはず。それに……フィル様と私が結婚すれば、私はクレア様の義妹として、これからも彼女と一緒にいられる。
そう思って、私はクレア様の部屋へ行って、フィル様から告白されたことを話し……そしてクレア様に平手打ちされた。
その茶色の瞳は、私に対する憎悪に満ちていた。
「シアは……わたしからすべてを奪うつもりなんだ」
「ち、違います……私、そんなつもりじゃ……なくて……」
「でも、王太子殿下はわたしよりあなたのほうが好きだと言った。ううん、みんな、そう言うの。あなたがいれば、わたしはいらないんだって」
「そんなこと……ない……」
でも、最近のクレア様の周りには、たしかに華やかさがなかった。以前だったら、クレア様の周りにはいつも人だかりができていたけど、今はそんなこともなくて。
学園で最も有名で、美しくて、高貴な少女。かつてのクレア様はそうだった。
でも、今は……その立場を私が奪ってしまっている。
クレア様は茶色の瞳に涙を浮かべていた。
「出ていって。シアの顔なんて見たくもない。シアのことなんて……大嫌いなんだから!」
その次の日から、私はクレア様とその仲間から、いろいろな嫌がらせを受けた。
でも、以前、いじめを受けていたときと違って、私にはたくさんの味方がいた。
だから、私は嫌がらせ自体はぜんぜん辛くなかった。
でも……クレア様にそこまで嫌われてしまった、というのは、どんなことよりも辛かった。
私はクレア様が犯人だということを黙っていた。いつかクレア様と仲直りできる日が来ると信じて。
けれど、破滅の日はすぐにやってきた。クレア様が男たちに私を殺させようとして、そのことがバレてしまったのだ。
クレア様は聖女暗殺未遂の罪人として講堂に引き出された。
王太子殿下はクレア様との婚約を破棄すると言い、怒りに燃えた瞳でクレア様を断罪した。
たしかにクレア様が私を殺そうとしたのは衝撃だったけれど……でも、もとはといえば、私のせいだ。
クレア様の綺麗だった瞳は、深い絶望で曇っていた。
どうしよう……?
どうすればクレア様を助けられるだろう?
みんながクレア様に暴力を振るっていて、私はそれを止められなかった。
そして、命乞いするクレア様に、フィル様が短剣を突き刺した。
気づいたとき、私は走り出して、クレア様のもとに駆け寄っていた。
「クレア様……いま助けますから」
私の奇跡の力があれば、重傷を負ったクレア様を助けられるはず。
でも……ダメだった。
クレア様から流れ出る血は止まらなくて、どうしようもなくて。
クレア様は不思議そうに私を見つめた。
「どうして……わたしはあなたに……ひどいことをしたのに」
「クレア様は私の大切な友達です。たとえ、クレア様が私のことを憎んでいたとしても。……ごめんなさい、クレア様」
そう言うと、クレア様は弱々しく微笑んだ。
その表情は、わたしの知っている、優しいクレア様のものだった。
クレア様はそっと私の手を握った。
「シア……最後にお願い。わたしのことを……許してくれる?」
私は涙をぽろぽろとこぼし、うなずいた。
クレア様は何か言おうと口を動かし……でも、その言葉は声にならなかった。
私の手を握っていたはずのクレア様の手が、ふっと力を失った。
クレア様の宝石みたいな茶色の瞳には、もう光が宿っていなかった。肌からも血の気が失われていって、そして、その体が一度、びくっと痙攣し、そして二度と動かなくなった。
ああ……
死んじゃったんだ。
クレア様は、私の大事な人は、もうこの世にいない。
みんなクレア様の死を気にしていない様子だった。ただ、フィル様だけは黙って、なにかに耐えるようにうつむいていた。
私は彼ら彼女らをにらみつける。
「こんな結末……私は望んでない!」
私が叫ぶと、ぐにゃりと周りの風景が歪んだ。
気がつくと……私は12歳の自分に戻っていた。
王都にある私の家。両親が笑い合って、そろそろ夕飯の時間だと言っている。
暖炉には温かな火が灯っていた。
信じられない。でも……
私は自分の小さな手を見つめた。
奇跡。
そう。これは聖女の力で起こせた奇跡だ。
同時に、ある記憶が蘇ってくる。
夏原紫音。
それが平凡な女子高生だった私の、前世での名前だった。そして、ここは乙女ゲーム『夜の欠片』の世界だ。
私は『夜の欠片』の主人公の「暁の聖女」シア。その宿敵となる悪役令嬢が「夜の魔女」クレア。
そう。
ゲームでは、クレア様は、どんなルートをたどっても必ず死亡する。
あの場で殺されなかったとしても……
やがて大きな内戦が起きて、外国の侵略を受けて、みんな死んでしまって、すべてが無茶苦茶になって……。
その後に、闇落ちしたクレア様が「夜の魔女」となり、この国を恐怖のうちに支配する。そして、私と王太子殿下たちが、クレア様を倒し、ハッピーエンドを迎えるというのが、TRUEエンドの筋書きだ。
でも……そんなのがTRUEエンドだなんて、おかしい。
戦争のせいでみんな不幸になって、クレア様も死んでしまって、なのに私だけが幸せで。
そんなの本当のハッピーエンドじゃない。
私は自分の小さな手をもう一度、まじまじと見つめた。
魔法の失われた世界で、私だけが奇跡を起こせる。
私だけが特別な力を与えられている。
なら、私のすべきことは一つだ。
すべての破滅の運命を回避する。戦争も起こさせないし……クレア様のことも死なせたりしない。
それが私の、主人公であるシアの責務だ。
今度はクレア様を私の手で幸せにしてみせる。そして、王太子よりもフィル様よりも、他の誰よりもクレア様のことが大事だって伝えるんだ。
私は決意を胸に、窓の外の青空を見上げた。まだ、空には雲ひとつ無い。
「待っていてくださいね、クレア様。私があなたを必ず救ってみせますから!」
まだ展開を考え中ですが、次話から2章です!
月間異世界(恋愛)ランキング5位でした! ランキングに残って多くの方にお読みいただけるよう、更新頑張ります。
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