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Ⅱ やり直し

「……お嬢様……クレアお嬢様!」


 わたしの名前を呼ぶのは誰だろう?


 友人の聖女を殺そうとして、王太子から婚約を破棄され、弟に殺された。

 そんなわたしが来たのは……きっと地獄だ。


 けれど、目を開けると、わたしはベッドの上にいた。

 暖炉には暖かな火が灯り、窓の外は穏やかに雪が舞っている。


 そして、わたしの目を不思議そうにのぞき込んでいたのは、メイドの少女だった。


 髪の毛はくすんだ灰色で、ぶかぶかのお下がりの真っ黒なメイド服を着ている。

 でも、そんな姿でも、彼女はけっこう可愛くて。


 見覚えがある。幼い頃のわたしのお気に入りだったメイドのアリスだ。

 でも、彼女がわたしの前にいるはずがない。


 だって、アリスは……五年前に事故で死んだはずだった。

 アリスはくすくす笑う。


「お嬢様が朝寝坊なんて珍しいですねー。明日は雪でも降るかもしれません」


「いやいや、今も降ってるでしょ!」


 と、思わず窓の外を指差しながら、わたしはツッコんでしまう。

 自分の声の甲高さに驚く。

 

 なんだか、自分が自分じゃないみたいだ。

 と思って、自分の手を見ると、やけに小さい。


 わたしは慌てて起き上がり、姿見の鏡を探した。

 部屋の片隅に、豪華で巨大な金縁の鏡がある。


 ここって……公爵家の屋敷の……わたしの部屋だ。

 そして、わたしは自分の姿をしげしげと見つめた。


 焦げ茶色の、少しくせのあるロングの髪。

 やや目つきがきついけれど、それなりに整った顔立ち。

 まあ、いちおう美少女と言えなくもないが、華やかさはまったくない。

 華奢な体に、ピンクのネグリジェを着ている。

 髪と同じ焦げ茶色の瞳は、あどけなくわたしを見つめていた。


 これ……子どもの頃のわたし?


 アリスが、いったいどうしたのか、とでもいうように変な顔をしている。

 

「ねえ、アリス。今は教会暦の何年?」


「……? ええと、1689年ですよ?」


「あなたは何歳?」


「あたしは14歳です」


「つまり……わたしは12歳、か」


「本当にお嬢様、どうされちゃったんですか? なんだか今日のお嬢様、とっても変です」


「いいの。気にしないで。自分の年齢を確認したくなるときも、たまにはあるでしょう?」

 

「あたしはないです」


 アリスの言葉を気にせず、わたしは考えた。

 今は教会暦1689年。わたしが弟に殺されたのは、教会暦1694年だ。


 ここは五年前の世界。信じられないけれど……わたしは12歳の自分に戻ったらしい。

 

 わたしは生きている。


 ほっとすると同時に、直前までの17歳だったときの記憶が蘇る。

 胸に突き刺された短剣の感触は、生々しく残っていた。

 

 わたしはその場に崩れ落ちた。

 慌てて、アリスがわたしに駆け寄る。


 大丈夫、と言おうとして、でも、言葉は声にならなかった。

 代わりに、わたしの目から涙がこぼれ、声は嗚咽にしかならなかった。


 こんなふうに泣きじゃくったのは、初めてかもしれない。

 わたしは友達を裏切り、罪を犯し、そして殺された。それは恐ろしくて、悲しい記憶だった。


 アリスはきっとわけがわからなかっただろうけれど、それでもわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。


「可哀想なお嬢様。きっと……とても怖い夢を見たんですね」


 わたしはこくりとうなずくと、アリスにしがみついたまま、泣き続けた。

 わたしより二つしか年上じゃないけれど、アリスの腕は暖かくて、とても安心できた。


「アリスは……優しいね」


「わたしはいつもお嬢様の味方ですよ。たとえどんなことがあっても」


 そう言って、アリスは柔らかく微笑んだ。


 17歳のわたしとは違って、今のわたしには居場所がある。

 

 だから、きっとやり直せる。

 今度は死んだりしない。きっと……正しい道を歩けるはずだ。

次回から弟、登場です。ブクマと評価、よろしければお願いいたします。

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