XⅧ クレアお姉ちゃんは世界で一番のお姉ちゃんだから
叔父様は、わたしとフィルと一緒に、洞窟の奥へと進んだ。
そして、歩きながら、ぽつりぽつりと昔のことを話し始めた。
「そこの碑文に俺の名前があったのは見たな?」
「はい。あれって、つまり、叔父様もこの儀式をしたってことですよね」
「ああ。17歳のときだったかな。天青石なんていうつまらない石をとってきたわけだ。だが、俺は公爵家の後継者にはならなかった……」
「それは……その……」
「リカルド・ロス・リアレス。俺の父親で、おまえの爺さんには一人の妾がいた。リカルドじいさんは、ずいぶんとその妾に入れ込んでいたんだな。生ませたガキを後継者としようとした」
わたしは叔父様の言葉を、しばらく考えて、そしてはっとした。フィルも驚いたような顔をしている。
叔父様はにやりと笑った。
「その妾の子が俺ってわけだ」
「知りませんでした……。てっきり、お父様も叔父様もお祖母様の子どもだとばかり思っていて……」
「今となっては触れてはいけない話だからな。だが、ともかく、当時のリカルド爺さんは兄貴の次の公爵は、俺にするつもりだったらしいぜ。で、俺は公爵家の後継者になれると信じて頑張った。儀式だけじゃない。それにふさわしい教育も受けさせられた」
「なら、どうして……?」
「妾が……俺の母親が……病気で亡くなったのさ。そうしたら、リカルド爺さんは俺のことなんざどうでも良くなったらしい。で、おまえの婆さんと、カルルの兄貴が爺さんを説得して、俺を後継者とするという話はご破算となったわけだ。『妾の子』なんざ、後継者にすべきじゃないって言ってな」
それは前回の人生でも今回の人生でも、わたしは何一つ知らない話だった。
わたしが言葉に詰まっていると、叔父様は肩をすくめた。
「まあ、同情されたくてこんな話をしてるんじゃない。言いたいのは、仮に今回の儀式がうまくいっても、フィルも後継者でいられるかは怪しいってことだ。兄貴の気がいつ変わるかわからんからな。それでも……儀式を続けるのか?」
わたしはこくりとうなずいた。
たとえ、この先にも同じような問題が起こるとしても。
いま、目の前の儀式を達成しなければ、わたしはフィルと一緒にいられない。
叔父様は、返事の代わりに、目の前を指差した。
洞窟奥のその場所は水辺になっていた。
洞窟内の地下水が溜まっているのか、池みたいになっている。
水はかなり透明に澄んでいた。
「覗いてみろ」
言われるままに、池を覗き……わたしはびっくりした。
池の奥底に、びっしりと大量の青い宝石が輝いている。
「あれが……天青石……なんだね」
フィルがぽつりとつぶやく。
つまり……天青石を取ってくるには、あの池に潜らないといけないみたいだ。
叔父様が言う。
「俺がこの儀式を行ったときはな……俺の介添人があの池に潜って天青石を取ってきた」
「へえ、その人、どんな人だったんですか?」
「俺の従者の女だったよ。俺より一つ年上だったから、18だったか。彼女は『未来の公爵様に危ないことはさせられないもの』と言って笑ってたな。今でも、俺は自分で天青石を取りに行かなかったことを後悔してる」
「え?」
「天青石の欠片は浮かび上がってきた。だが、彼女は二度と戻ってこなかった。そういうことさ」
「……亡くなられたんですか?」
「ああ。……この儀式はな、俺が思うに、自分のために命を捨てる人間がいることを証明する儀式なんじゃないかと思ってる。それだけの価値を持った人間のみが公爵にふさわしいってことさ」
「もしそうだとすれば……残酷な儀式ですね」
「彼女を犠牲にしたのに、俺は公爵になれなかった。俺はあの世で彼女になんて言えばいい? 時間を巻き戻せるなら……やり直したいよ」
わたしたちが後悔することになる、と叔父様は言っていた。それはきっと、叔父様自身が後悔しているからなんだろう。
フィルがわたしの服の裾を引っ張った。
宝石みたいな瞳が、わたしをじっと見つめている。
「クレアお姉ちゃん……帰ろう」
「でも……あと一歩で天青石が手に入るのに」
「だけど、クレアお姉ちゃんが……死んじゃったら……嫌だよ」
「たとえわたしが死んでも、フィルは公爵様になれる。居場所が手に入るわ」
「ぼくは公爵様になりたいんじゃない! ……クレアお姉ちゃんと一緒にいたいんだよ」
フィルは泣き出しそうな顔をしていた。
わたしは身をかがめ、微笑み、そしてフィルの髪をそっと撫でた。
「大丈夫。きっとわたしは成功するから」
「もしお姉ちゃんが帰るつもりがないなら、ぼくが……自分で天青石を取ってくる」
わたしは首を横に振った。フィルを危ない目に合わせるわけにいかないし、わたしがやったほうが成功する確率が高いはずだ。
叔父様の従者は不幸な事故にあった。
もしかしたら、前回の人生でアリスが死んだのも、この池で溺れたからかもしれない。
でも……わたしが二人と同じように失敗するとは限らない。
少なくとも、見た目では、池はそんなに深くない。
小さなころの話だけど、わたしは川で泳ぐのも得意だったし。
怖くないと言えば、嘘になる。
でも、一度は失った命だ。
前回の人生では、わたしはフィルに何一つ姉らしいことをしなかった。
今回は違う。
フィルの代理人として天青石を取ってきて、必ずフィルを次の公爵様にしてみせる。
フィルと一緒にいたい。
だから、危険なことでも挑戦できる。
叔父様はわたしを止めず、ここまで危険な動物がやって来ないように見張りに行ってくれた。
さて、と。
わたしは服を脱ぎ始めた。
服を着たまま、池に潜るわけにもいかないし。
下着姿になったわたしを、フィルはびっくりしたように見つめていた。
「お、お姉ちゃん!?」
「女の子の下着姿をじっと見つめたりしたら、ダメだよ?」
わたしがからかうように言うと、フィルは白い頬を真っ赤にした。
そして、「ご、ごめんなさい」と言うと、慌てて後ろを振り向こうとした。
もし……わたしが死んだら、二度とフィルに会えなくなっちゃうんだ。
そう思うと、わたしは思わずフィルを抱きしめていた。
フィルの小さな体が、びくっと震える。
「あ、あの……お姉ちゃん。恥ずかしいよ……」
「ごめんね、フィル。わたし、まだ何もお姉ちゃんらしいこと、できてない」
「……そんなことないよ。クレアお姉ちゃんは世界で一番の……お姉ちゃんだから」
「フィルがそう言ってくれて、すごく嬉しい。お屋敷に戻ったら、いっぱい可愛がってあげるから」
「うん……約束だよ?」
「ええ」
わたしはフィルの白い頬をそっと撫で、そして、立ち上がった。
さあ、さっさと天青石をとって来なくちゃ。
フィルと一緒にお屋敷に戻るために!
池の中で待つものとは……?
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