XⅦ 儀式の意味
ダミアン・ロス・リアレス……?
どうして叔父様の名前が、石碑に刻まれているんだろう?
石碑にある名前は、他はすべて歴代公爵家の当主だった。
天青石を洞窟で手に入れるというのは、次期公爵にふさわしいことを示す儀式だ。
そして、その儀式を行うことができるのは、次の公爵候補だけだった。
つまり……ダミアン叔父様は次期当主候補だったことがあるらしい。
でも、現実には、現当主は、わたしの父、カルル・ロス・リアレスで、その後継者候補はフィルだった。
そしてダミアン叔父様は酒浸り。
フィルが、わたしを見上げた。
何かが変だ。
この儀式は、いったい……?
「クレアお姉ちゃん……これ……」
フィルがわたしを見上げ、何かを言おうとする。
けど、その続きを聞く前に、後ろからコツコツ、という足音がした。
動物の足音じゃなくて、人間の足音だった。
振り返ると、そこには、疲れたような顔をした青年が立っていた。
金髪碧眼の貴族然とした男性で、軍服を着て、腰には剣をさげている。
「ダミアン叔父様……」
「よう、ガキども。奇遇だな」
ダミアン叔父様は、乾いた笑みを浮かべた。いつもみたいに酒に酔ったりはしていない。
奇遇……なんてわけない。
叔父様は、わたしたちの跡をつけてきたのだ。
何のために……?
たとえば、叔父様がここでフィルを殺して、自分が後継者になろうと思っていたら?
そこまでしなくても、儀式の邪魔をすれば、フィルは後継者でいられなくなる。
わたしはとっさに短剣を引き抜いた。
もし、叔父様がフィルを傷つけようとするなら、わたしの敵だ。
けど、フィルがわたしの服の裾を引っ張った。
振り返ると、フィルがふるふると首を横に振った。
そして、言う。
「あのね……ダミアンさんは……ぼくたちのことを心配して、来てくれたんじゃないかな」
驚いて、わたしがダミアン叔父様をまじまじと見つめた。
叔父様は苦笑いして、肩をすくめる。
「おいおい、俺みたいなロクでなしが、ガキどもの心配なんてすると思うか?」
「本当に……悪い人は……自分のことを『ロクでなし』だなんて言ったりしないよ。自分が悪いって認めることができる人は、たぶん、本当の意味では悪くないんだと思う」
フィルは小さな声で、でも、はっきりと言った。
わたしはちょっと驚いた。フィルの意外な一面を見た気がする。
叔父様はフィルのことをすごく悪く言っていた。なのに、フィルはそんなふうに冷静に叔父様のことを見ていたんだ。
フィルの言うとおりなら……わたしたちが飛空艇に乗る前に、倉庫に叔父様が来たのは、忠告をするためだったということになる。
危ない目に合う前に諦めろ、という言葉は、たしかに心配していたからだととれなくもない。
わたしは、まだ叔父様のことを信じることはできなかった。
普段の叔父様は、酒浸りで、女にだらしなくて、借金だらけのダメ人間だった
でも……叔父様は悪い評判だらけだけど、誰かに暴力を振るったり、傷つけたりしたという話はぜんぜん聞かなかった。
叔父様は、大きくため息をついた。
「まあ、俺が悪人でも悪人でなくても、どっちでもいいことさ。俺がここに来たのは、おまえたちを助けに来たわけでも、邪魔をしに来たわけでもない。つまらない昔話をするために来たわけだ」
「……昔話?」
「そうさ。この儀式の本当の意味をおまえらに教えてやる。そうすれば、この儀式がどれほど残酷なものかわかるはずだ」
叔父様はにやりと口の端を上げて笑ったが、その青い瞳はとても寂しそうな色をしていた。