XⅥ ダミアン・ロス・リアレス
わたしは身がすくむのを感じた。
洞窟の背後から、いつのまにか獣が近づいていた。
犬みたいな真っ黒な動物で、でも、わたしの体よりだいぶ大きい。
目がらんらんと光って、怖い。
フィルもわたしの手をぎゅっと握り、震えていた。
わたしも、フィルを安心させるように、その手を強く握り返す。
その動物は、大きく口を開けると、わたしに飛びかかってきた。
とっさにわたしは短剣を引き抜いた。
リアレス公爵家は、武門の家柄だ。初代公爵は隣国との戦争での英雄だった。
だから、公爵家の娘のわたしも、たしなみ程度には剣術を習っている。
でも、実戦経験はまったくない。
短剣を振るって戦おうとした瞬間、獣がわたしの右腕を噛んだ。
……痛い!
短剣を落としてしまう。
鋭い痛みと、腕から流れる血を見て、思わず、前世の殺されたときのことを思い出した。
恐怖で動けなくなったわたしに、獣の大きな口がふたたび開かれ……。
「クレアお姉ちゃん!」
そのとき、フィルが獣に体当たりした。
フィルの体はとても小さいけれど、それでも、一瞬だけ獣はひるんだ。
わたしがここで動かないと、フィルも獣に襲われちゃう……!
短剣を拾うと、わたしはそれをまっすぐに獣へと突き刺した。
運良く、短剣は綺麗に獣の胸のあたりの急所に入り、獣は苦しげな声をあげると、ばたんと倒れ、動かなくなった。
ほっとしたわたしは、その場に崩れ落ちた。
こ、怖かった……。
思わず泣きそうになるけど、ぐっと我慢だ。
フィルの目の前で泣くなんて、そんなことしたくない。
フィルを心配させたくないし、フィルにとってはいつでも頼れる姉でいたいから。
「く、クレアお姉ちゃん……怪我……」
フィルが心配そうに、宝石みたいな黒い瞳に涙をためていた。
わたしは片目をつぶって、フィルに微笑んだ。
「平気。このぐらいなんてことないわ。それより、フィルが無事で……本当に良かった」
わたしはフィルを抱きしめようとして、でも腕が血まみれなことに気づいた。
抱きしめたら、フィルの服が汚れちゃうなあ、と思っていると、フィルが意外な行動に出た。
フィルは膝をつくと、わたしをじっと見つめた。
そして、その小さな白い手を、わたしの背中に回した。
ぎゅっと抱きしめられ、心臓が跳ねるようにどきりとする
、
「お姉ちゃん……ありがとう」
フィルがわたしのことを……抱きしめてくれている。
そのことが嬉しくて、ちょっと恥ずかしくて、そしてどきどきする。
鏡があれば、自分の頬が真っ赤なのが見えたと思う。
わたしも、そっとフィルの体を抱きしめ返した。
「お礼を言うのは、わたし。フィルがわたしを助けようとしてくれて、すっごく嬉しかった。ありがとう、フィル」
「ぼくは……何の力もないけど、でも、クレアお姉ちゃんを守れたら、いいなって思う」
「わたしもフィルのことを必ず助けて、守るから」
この先もずっと、とは言わない。
でも、わたしがフィルの姉でいられるあいだは、フィルがわたしのことを必要とするあいだは、フィルを守るのがわたしの役割で、わたしの望みだ。
わたしもフィルも、今はちっぽけな力しかないけれど。
でも、互いを守りたいという想いは本物だと思うから。
フィルは、わたしの怪我に包帯を巻くのを手伝ってくれた。
傷は痛むけど、ここで立ち止まるわけにはいかない。
フィルとこの先も一緒にいるために。
わたしとフィルは一緒に、洞窟の奥へと歩き出した。
天青石のある場所は、もうあとほんのちょっとだ。
と思っていたら、大きな石碑があることに気づいた。
なんだろう?
わたしとフィルは顔を見合わせると、その碑文を読んだ。
レイ・ロス・リアレス、リカルド・ロス・リアレス……そして、カルル・ロス・リアレス。
たくさんの人名が書かれていた。それは公爵家の後継者であることを示す儀式として、天青石を取ることに成功した人たちの名前みたいだった。
その最後に、わたしは意外な名前を見つけた。
ダミアン・ロス・リアレス。わたしの叔父だ。
天青石まであと一歩。
総合週間ランキングで2位でした。あと一歩で1位です。ありがとうございます!
また、日間もジャンル別では5位以内に残っています。
なるべく長く5位以内に残って、多くの方にお読みいただけるよう更新頑張ります!
フィルやクレアが可愛い! と思っていただけましたら
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