XⅤ 手を握ってくれる?
わたしとフィルの乗った飛空艇は、屋敷の倉庫を出て、そして一面の銀世界へと飛び立った。
動力源の飛空石が赤く激しく輝いている。
操縦桿を握って、なるべく低空を飛行するように調整する。
でないと、危ないからだ。万一、フィルが飛空艇から落っこちて大怪我をしたりしたら、わたしは自分を許せなくなってしまう。
真下を見下ろすと、どこまでも真っ白な雪景色が広がっていた。
身を切るような冷たい風が、わたしたちを襲う。
わたしの後ろの席にフィルは座っていて、わたしの背中にしがみついていた。
操縦中に振り返ることはできないから、わたしはそのままの姿勢でフィルに尋ねる。
「フィル、寒くない?」
「大丈夫。暖かい服をいっぱい着せてもらったし……それに……あのね……お姉ちゃんが温かいから」
フィルはそう言って、わたしにぎゅっと抱きついた。
温かいのは、わたしも同じだった。フィルの体温が伝わってきて、寒さを和らげてくれる。
こんなに寒い世界でも、フィルがいれば、わたしは平気だ。
やがて丘陵地帯にたどり着き、その上の方を目指していく。
傾斜がきつかったけど、なんとか、わたしたちは目的の洞窟の前にたどり着いた。
少しずつ飛空艇の動力機関の出力を落としていく。飛空石の輝きも少しずつ消えていって、飛空艇を雪原に着陸させた。
わたしは飛空艇を降りる。振り返ると、フィルが飛空艇から降りるのをためらっているみたいだった。
どうしたんだろう?
あっ……飛空艇と地面との段差が怖いんだ。
わたしは微笑ましくなって、フィルの脇腹を両手でつかんだ。
「お、お姉ちゃん……?」
「安心して、下ろしてあげる」
といって、フィルを持ち上げようとしたが、びくともしない。
そうだった……。
今のわたしは17歳じゃなくて12歳だから、フィルが小柄でも、さすがに抱き上げたりはできない。
わたしはただ、フィルを両手でつかんでいるだけ、という状態になっていた。
恥ずかしい……。
でも、フィルは微笑んでいた。
「ありがとう、お姉ちゃん。自分で降りられるから平気。でも……手だけ握ってくれる?」
「ええ」
わたしがフィルの手を握ると、フィルは深呼吸して、それから飛空艇からぴょんと降りた。
「飛空艇、すごかったね。……これって、もっと速く、高く飛べるの?」
「飛ぼうと思えばね。でも、危ないし」
「そうなんだ……」
フィルはしげしげと飛空艇を見つめていた。
どうやら、フィルは飛空艇に興味を持ったみたいだ。
「帰ったら、使い方を教えてあげる」
「……ほんとに? ぼくが動かしてもいいの?」
「もちろん」
そう言うと、フィルはぱっと顔を輝かせた。
フィルは引っ込み思案だけど、喜ぶときは素直に表情を出してくれる。
フィルのこういうところもわたしは好きだ。
さあ、ゴドイの洞窟で天青石をとってこないといけない。
フィルが公爵様になれるようにするために
わたしはかばんの中から灯油ランプを取り出し、油を注いで点火した。
そして、フィルの手を握ったまま、わたしたちは洞窟のなかへと入った。
「さあ、行きましょう」
「……うん!」
洞窟は薄暗くて、不気味な雰囲気だった。ランプがなくても、わずかな明かりが灯っているみたいで、それはリアレス産鉱物のなかに自然に発光するものがあるかららしい。
どっちにしても、ランプがあったほうが、探索はスムーズだ。
当たり前だけど、他に人はだれもいない。とっくの昔に貴重な資源の鉱脈は枯れているから、鉱山にもならないみたいだ。
天青石だって欠片が入手できるだけの量しか産出していない。
しばらくわたしたちは歩き続ける。
フィルはわたしの手を握ったままでいてくれて、それがちょっと嬉しい。
洞窟はまっすぐな道でまったく迷わなかった
野生生物と出くわすことともあると聞いていたけど、今のところ何も出現していない。
奥まで行けば天青石が回収できる。
これ……楽勝なんじゃない?
そう思っていたら、どこかから変な音が聞こえた。
……足音? わたしたち以外の?
気になって振り返ると……そこには、大きく黒い獣がいた。





