Ⅺ フィルが公爵様にふさわしいって証明します!
わたしははっきりと、次の公爵にふさわしいのはフィルだと宣言した。
フィルも驚いていたし、あの冷徹なお父様すら意外そうに眉を上げた。
ダミアン叔父様も例外じゃない。
わたしの剣幕にダミアン叔父様は気圧されたようだった。一瞬、真顔になり、「しかし……」となにかつぶやこうとしていた。
だけど、すぐに叔父様はにやけ顔に戻った、
「クレアはこのフィルとかいうガキを気に入っているみたいだがな。他の連中は納得しないぜ」
「なぜ?」
「毛並みのいい王族だから、重臣連中はこのガキを後継者とすることに同意したんだ。それが娼婦の子だなんて知れれば、どうなるか、考えてもみろよ」
わたしは黙った。
もちろん、わたしはフィルが娼婦の子であってもなくても、フィルを後継者とすることに賛成だ。フィルはもう、わたしの弟なんだから。
でも、娼婦の子であると知れれば、たしかに重臣や他の親族は、フィルを後継者とすることに反対するかもしれない。
名門のリアレス公爵家次期当主が娼婦の子というのは、権威に傷がつく。領内の統治に支障をきたす可能性もある。
だから、フィルではなく、別の王族なり貴族なりの子弟を養子に迎えようという話が出てもおかしくないのだ。
……困った。
このままじゃ、フィルがこの家からいなくなっちゃう。
わたしの弟ではなくなってしまう。
それだけは……絶対に嫌だ!
解決策を考えなければいけない。
前回の人生では、こんな問題は発生せず、フィルは公爵家の後継者のままだった。
いや……わたしの知らないところで、誰かが問題を解決していたのかもしれない。
ダミアン叔父様以外にも、フィルの血筋のことを聞きつけて、難癖をつける人間はいくらでもいそうだ。
もし……前回も、こんな問題が発生して、解決したのなら、どうやったんだろう?
わたしは考えて……ひらめいた。
「つまり、フィルが公爵にふさわしいことを証明すれば良いのですよね?」
「あん? まあ、そうだろうが、そんな方法あるか?」
叔父様が怪訝そうな顔をする。
わたしはにっこりと微笑んだ。
「方法ならあります。リアレス公爵家には当主の座にふさわしいことを示す、古い儀式があるでしょう?」
「ああ……んなものもあったなあ。しかし、あれはガキができるもんじゃねえぞ」
叔父様は声を低めた。
儀式の内容は、公爵領にある洞窟から、天青石と呼ばれる美しい宝石をとってくること。
初代リアレス公爵は、隣国のアレマニア専制公国と戦った英雄だったらしい。だけど、歴史に名前を残したのは、もっと別の事業だった。
それは、領内の洞窟から、多くの希少な鉱物を生産できるようにしたことだ。
現在も、美しい宝玉や資源となる鉱石は、リアレス公爵領の特産品となっている。リアレス産の鉱物はカロリスタ王国中に流通していた。
だから、リアレス公爵家の当主にふさわしいことを示すための伝統的な儀式は、自力で洞窟から宝玉をとってくることとなっていた。
採掘してくる宝玉は天青石。これは、最高級の宝石で、同時に危険な洞窟にしか存在していない。
儀式にはぴったりというわけだ。
時代を経て、この儀式は形式的なものとなっていて、すべての次期当主が行うものではなくなっていた。
でも、伝統は生き続けている。すべての当主が行えたわけではないからこそ、フィルが達成すれば、みんなフィルのことを認めてくれると思う。
「いかがでしょうか、お父様」
わたしは緊張しながら、父の意向を尋ねた。
父はまだ、ほとんど発言していない。
父は威厳のある顔に、かすかな笑みを浮かべた。
鋭く青い目を見開き、そしてゆっくりと言う。
「実のところ、フィル君を当主であると皆に認めさせるには、何かしらの対応が必要だと私も思っていた」
「なら……」
「儀式に成功すれば、フィル君は後継者のままとしよう。もし失敗すれば、そのときは……」
父は先を言わなかった。
廃嫡および養子縁組の取りやめもありうるということだろう。そうなれば、フィルはこの屋敷にいられなくなる。
「だが、このガキがたった一人で儀式を成功させることはできないぜ」
ダミアン叔父様は浮かない顔で言う。
たしかに、10歳のフィルだけで、天青石をとってくるのは難しいかもしれない。
だけど。
「たしか、儀式には介添人が一人だけ参加を認められていましたよね?」
「ああ」
「では、フィルの介添人はわたしが務めさせていただきます」
叔父様はぎょっとした様子で、父は無表情だった。
「いいだろう」
と父は言う。
「ダミアン、もしフィル君とクレアが儀式に成功すれば、もう文句は言わないかね?」
「ああ……。なんなら、他の親族や重臣連中の前で、フィルを後継者として認めてやってもいい。まあ、無理だろうけどな」
吐き捨てるように、叔父様は言った。
これで儀式に成功すれば、フィルは後継者として認められる。わたしの弟でいてくれる。
だけど……儀式には危険が伴う。
怪我をしたり、命を落としたりした例だってあったはずだ。
わたしはフィルを振り返り、そして身をかがめて、目線を合わせた。
フィルは宝石みたいな黒い瞳で、わたしを不安そうに見つめ返した。
「フィルは……儀式なんてしないこともできるの。公爵家の後継者にならずに、王家に帰ることも、できると思う」
「クレアお姉ちゃんは……どうしたらいいと思う?」
「わたしはフィルにいてほしい。フィルみたいな弟がほしいって思ってたんだもの。だけど、最後は……フィルが決めることだと思うから」
フィルはじっとわたしを見つめ、そして、首をふるふると横に振った。
「ぼくは……あの家に帰りたくない。あそこではぼくは『いらない子』だったから。だけど……クレアお姉ちゃんは……」
フィルはそこで、ためらうように言葉を切った。
わたしはフィルに微笑んだ
「わたしはフィルのことを必要としてる」
「ぼくも……クレアお姉ちゃんと一緒にいたい。だから、儀式に挑戦してみる。そうすれば……ぼくは……お姉ちゃんの弟でいられるんだよね?」
「ええ。そして、次の公爵様にもなれる。きっと、あなたはみんなから必要とされる存在になれるから」
フィルは嬉しそうに微笑み、そして瞳からポロポロと涙をこぼして、「ありがとう」とつぶやいた。
わたしはフィルの涙を指先でぬぐい、くすっと笑った。
「泣くのはまだ早いわ、フィル。儀式に成功した後にしましょう?」
フィルはこくこくとうなずき、そして、ぎゅっとわたしにしがみついた。
儀式が成功して、フィルが次の公爵様に決まって、わたしの弟でい続けることができれば……いくらでも泣いていい。
わたしがフィルを抱きしめてあげるから。
フィルのために、そしてわたし自身のために、儀式は成功させないといけない。
お父様は、静かにわたしたちに告げる。
「この真冬の時期に、天青石が採掘できる洞窟はたった一つだ。ゴドイの洞窟だよ」
それは、この屋敷の近くにある鍾乳洞だった。
……ゴドイの洞窟?
どこかで聞いたことがあるような……。
思い出した瞬間、さあっと顔が青ざめていくのを感じた。
ゴドイの洞窟は、前回のわたしの人生で、フィルとメイドのアリスが一緒に出かけて……アリスが事故死した場所だった。
シリアス編が続いてしまいましたが、次話はクレアがフィルを溺愛するフェーズ(になるはず)です。
ちょっとでも、面白い、フィルやクレアが可愛い! と思っていただけましたら
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