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勇者が斃した魔王を復活させた勇者の息子の物語  作者: 若年寄
第一部 神に『魔人』と畏れられし教皇
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第参章 『魔人』教皇ミーケ

 逃げなくては!

 俺は枢機卿の杖で餓鬼共を薙払うと一目散に駆けだした。

 何故こんなことになった? 自分は選ばれし者のはずだ!!

 思い出したぞ。俺の人生はどん底だった。だが俺は生まれ変わったのだ、文字通りに!!

 俺の苦しみを理解してくれず、恥知らずとしか云わないクソのような両親、俺の嗜好を悪とした地獄のような世間の莫迦ども!!

 クソが!! 子供が好きで何が悪い!! あれはちょっとした悪戯、いや、ほんのお遊びなんだ。ああ、あれは只の事故だったんだ。

 それなのに警察は俺の云い分を聞かずに容疑をかけやがって!! 会社もそうだ、一方的に俺をクビにしやがった!!

 親に逃走資金を頼めば、罪を償え、私達に出来ることは一緒に被害者とその家族に償いをする事だけと云って通報なんてマネをしでかした。

 目の前が真っ赤になり気が付けば親の財布を持って駆けていた。背後で何かが燃えているような気がしたがどうでもよかった。

 どれだけ逃げただろう。何年? 何ヶ月? いや、案外たったの数日だったのかも知れない。

 気が付けば俺は警察に囲まれていた。連中が何か云っているが理解できない。

 ふと手を見る。愛用の千枚通しだ。これで子供達と遊んでやると皆嬌声を上げたものだ。

 俺は何かを喚くことしか出来ない無様な警察に微笑んでやると、自分の耳に突っ込んで一気に貫いた。


 次の瞬間、俺は何も無い真っ白な空間にいた。

 俺は天国とは随分と殺風景なのだなという感想しかなかった。


『貴方は神に選ばれました』


 あの脳内に直接響くような声は今でも忘れられない。

 相手は姿を見せる事は無かったが、声からして若い女のようだった。

 その声が云うのだ。俺の魂こそが世界を救う英雄となる資質があるのだと。

 信じがたいことだったが、自分達が住む世界とは異なるもう一つの世界があるらしい。


『今まさに世界は『魔人』と呼ぶべき一人の男に蹂躙されようとしています。貴方には是非『魔人』の魔の手から世界を救って欲しいのです』


 今まで勇者と呼ばれる異世界の英雄達を『魔人』討伐に差し向けてきたが、その悉くを斃されてしまったという。

 どうも勇者召喚の情報が筒抜けで、『魔人』にいつも先手を打たれてしまうのだそうだ。


『そこで我らは考えました。まず勇者の資質を持つ魂を見つけ出し、その持ち主が死した後、勇者としての転生を提案しようと』


 初めから異世界で誕生させてから秘やかに育成する事で『魔人』の目も誤魔化せるのではと考えたらしい。

 面白そうな話だと思った。元々普通の日常が嫌で刺激を求めていた俺にとって魅力的な誘いだった。


『勿論、こちらの事情を押し付けるワケですからある程度の特典は用意してあります』


 これもまた素敵な提案だった。

 その一つが『魔人』に匹敵する魔力を備えた肉体である。風どころか嵐すら操り、巨大なドラゴンを使役すると云われる『魔人』に対抗するには必須だろう。

 二つ目は善き師となる人達と出会う機会に恵まれる縁だという。『魔人』は才能だけで勝てるような甘い相手ではなく、才能を生かすスキルの修得は必要とのことだ。

 そして三つ目が仲間を集めるのに必要な魅力の底上げだ。これについては俺から頼んだ。親を初めとした前世の狂った連中がトラウマになっていた俺は来世で人を信じる事ができるか不安だった。

 だが神の力で得た魅力で引き入れた仲間なら信用できる気がする。そう提案すると声の主は快諾してくれた。


『最後に、『魔人』は用心深く執念深い。貴方が転生した事を『魔人』に悟られぬ為にも前世の記憶は封印しておきます。しかし必要に迫られれば記憶が甦るでしょう』


 その言葉の後に俺の意識は薄らいでいった。


『お願いします。必ずや『魔人』、慈母豊穣会・教皇ミーケ、またの名を直参・三池組・組長・三池月弥を斃して下さい』


 最後にそんな言葉を聞いたような気がした。









 その記憶が今まさに蘇ったのである。

 どこをどう逃げたのか分からない。一本道だと思っていた通路は途中からいくつも枝別れをし始め、辻や小部屋までも現れたのだ。

 体力の限界を感じたトロイは追っ手がいない事を確認すると小部屋の一つに逃げ込んだ。

 そこに積まれていた段ボール箱に前世で見かけたメーカーのスポーツドリンクのロゴが描かれている事に気付いたトロイは箱を破いて十数年ぶりに見るペットボトルを手に取った。

 酷く喉が乾いている。キャップを開けると一気に中身を呷った。


「何、勝手に人のモン飲んでンだ? あ?」


 しかし後ろからの声に驚いて噴き出してしまう。


「あーあ、勿体ねぇなぁ、おい。つーか、また珍妙な恰好した泥棒だな、えぇ?」 


 振り返ると入口に背中を預けて腕を組む小さな子供がいた。

 白い法衣を纏うその姿は小柄ながら威厳に満ちており、ただの子供とも思えない。

 その肌は白磁のように白く、キメ細やかで透明感があり、事実血管がうっすらと透けて見えた。

 目鼻立ちもまた美しく、ルージュを引いているかの如く唇は赤く濡れており、潤んだ闇色の瞳と相俟って幼いながらも妖艶さすら備わっている。

 よく手入れの行き届いている艶やかな黒髪は腰まで伸びて、首の後ろと先端で束ねて右肩から前に垂らしていた。

 ただ惜しむらくは、隻眼なのかファッションなのか、右目に着けている黒いアイパッチがその美貌を台無しにしていた。

 そうだ。普通の子供がこんな所にいるわけがない。きっとクシモの一味に決まっている。

 トロイはしかし、何を思ったのか子供に向かって微笑みかける。


「君、どこの子かな? ここは危ないよ? さあ、お兄ちゃんと一緒に出口に行こう?」


 ボンテージ姿であり、それこそ自分が不審者そのものであるのだがトロイは場違いにも優しい笑みを浮かべていた。

 子供はトロイの言葉に頷くとトコトコと無警戒に近づいてくる。


「良い子だ。ご褒美に面白い遊びを教えてあげるよ。さあ、恥ずかしがる事は無い。ゆっくりで良いから服を脱ぐんだ」


 トロイの瞳は紫色に妖しく光り、子供を誘いかける。

 子供はトロイの妖しい瞳に魅了されたのか法衣の装飾を外していく。トロイは情欲を隠すことなくその様を食い入るように見ている。

 そして貫頭衣を脱いだ瞬間、トロイは目を見開いた。貫頭衣の下から現れたのは白い道着と黒い袴だった。

 しかも股立を取り、脚絆に安全靴と戦闘体勢は万全である。


「き、君は?」


「泥棒に名乗る名は無ェよ。おっと変態の間違いか」


 いつの間にか少年の右手には刀が握られていた。

 異変はすぐに起きた。体を締めつけていたボンテージが弾けるように裂けてトロイはブーツを除いて裸になってしまう。


「変態の割りにしょうもねぇドリル(隠語)ぶら下げてんなァ。俺だってもうちょっと見られるモン持ってるぜ?」


「み、見えなかった……枢機卿さまの剣も速かったけどそれ以上?!」


「枢機卿? お前、トラの事を云ってんのか? だったら参考にならねぇぞ。アレは俺の弟子だ。アイツの剣を速いと云ってるようじゃ俺の剣は見切れねぇよ」


 枢機卿の師と聞いてトロイはある推測を立てるが、まさかとソレを捨てる。

 何故なら目の前の子供はどう見ても八、九歳にしか見えないからだ。


「テメェが何を考えてるか大体想像がつくぜ? けどな、これでも俺は八十五歳だ。トラより十三も上なんだよ」


「八十五……」


「分かったらちったぁ敬えや。え? 福澤遼太郎君よぉ」


 トロイは肛門から魂が飛び出さんばかりに仰天する。

 だがそれは無理もない。何故なら、その名は前世における自分の名前だったからだ。


「な、何故その名前を?」


「つれねぇなぁ、おい。俺はテメェの命の恩人だぜ」


 思い出した。あの時、自分は自害に失敗したのだ。

 遊んであげても反応を示さなくなり、生かしておくのにも飽きた子供にそうしてきたように、自分の頭を貫こうとしたその手を止めたのが……


「あ、あの時の?!」


「思い出したか?」


 トロイもとい福澤遼太郎は耳から千枚通しを引き抜かれるや、その小さな拳からは想像出来ないプロボクサーにも引けを取らぬ重いパンチを頬に受けて吹っ飛ばされたのだ。

 意識が朦朧とする中、お前はきっちり裁きを受けるべきだ。自分の罪をきちんと認識した上で吊されろ、と云う言葉を聞いた後、脳天に踵落としを喰らって意識を失った。


「テメェはこの世にいちゃいけねぇよ。覚悟しやがれ。今度は星神教の神にも介入させず、きっちり地獄へ送ってやるぜ」


「お、俺は見習いとはいえ慈母豊穣会の神官だ。き、教皇ともあろう者が部下を殺すのか?!」


「寝言は寝てから云え。そもそもテメェは俺を殺す為に送り込まれた転生勇者だろうが? トロイとは巧い名前を付けたモンだぜ。なぁ? この木馬野郎」


 トロイは全てが筒抜けになっている事に恐怖を覚えた。

 やはりこの子供、否、この男は『魔人』だ。自分が敵う相手ではなかったのだ。


「お、お慈悲を!! 金輪際教皇さまには逆らいません! 永遠の忠誠を誓います! 何なら二度と目の前には現れません! ですから命ばかりはお助けを!!」


 最早、トロイに出来る事は土下座をして教皇に許しを乞うしかなかった。

 瘧のように震えるトロイの肩にポンと手が乗せられる。


「良いぜ。俺はお前を殺さねぇよ」


「本当ですか?!」


「ああ、本当だとも。俺は生まれて此の方嘘と坊主は結ったことがねぇ」


 トロイはバッと顔を上げて教皇の顔を見る。

 確かに教皇の目には自分への殺意はおろか悪意すら見て取れなかった。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」


「ま、お前さんを裁く権利は俺には無ェってこった」


 苦笑する教皇にトロイは呆れるほどにしつこく礼を述べる。


「お前を裁くのはお前に殺された子供達だからな」


「えっ?」


 突然、山積みされた段ボール箱が崩れる。

 その音に驚いて見ればペットボトルが散乱していた。

 ペットボトルの群れが独りでに転がってトロイの周囲を取り囲む。


「教皇さま?! これは一体?!」


「あーあ、子供達はお前を許さねぇってよ。当然だわな。魅了の呪いをかけられてついて行ったら、そこで待ってたのは拷問と陵辱の日々だ。暗闇の中でお前に殺された子供らはどんな気持ちで死んでいったのかねぇ」


 一斉にペットボトルのキャップが回転して弾かれるように飛んでいくと、中から大量の血と肉片が噴水のように溢れ出した。


「教皇さま! 教皇さま?! 貴方は俺を騙したのか?!」


「人聞きの悪いことを云うンじゃねぇよ。お前を殺すのは俺じゃないってだけさね。その血肉はテメェに殺された子供達の怨念を具象化したものだ。どうするよ? みんな怒ってるぜぇ? 試しに謝ってみるか?」


「い、嫌だ。許してくれ!! 俺は二度も死にたくねぇ!! し、死にたぐぼえっ?!」


 トロイの口から、否、口と云わず鼻と云わず、顔中どころか全身の穴という穴から血肉が噴き出す。


「そういやお前、ペットボトルを一本飲んでたっけなぁ。つまり、もう既に子供達の怨念はお前の腹ン中に入り込ンでたってワケだ」


 それを皮切りに周囲の血肉達も津波のようにトロイに襲いかかった。

 彼らはトロイの体を外側から、内側からと蝕んでいく。


「そうそう、福澤君よぉ。お前、気付いてるか? この部屋、テメェが遊びと称して子供達を拷問して殺していた部屋なんだぜ。この部屋に限らず、この緊急脱出路は誰にも見つからねぇよう巧妙にカムフラージュされてたはずなんだがどうやって知った? どこの入口から入ってきたんだ?」


 答えらンねぇか――失敗したなぁと教皇ミーケは頭をバリバリと掻いたのだった。

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