次頁の向こう『次頁の代理人』
人物紹介と次頁の向こうをかけ合わせた本作最後のお話になります。
ここまでお付き合いしてくださり、本当にありがとうございました。
ずっとずっと続く、自動軌道に乗った物語の、ほんの少し先のお話。
『タナト』
彼がタナトスという死神の名前をペンネームにしたのは、それそのものを怖がったからだ。
だから死後を認知した時点で彼の一番の恐怖であった所の死は払拭されたと言っても過言では無い。
だからこそ戦いに赴けた、だからこそ無理難題を目の前にして真っ直ぐに考え続けた。
つまりは、彼の救済はシェオンという世界に出会った時点で完了していたのだ。
リア・ミューゼスはシェオンに来る前から彼をずっと見ていた。それはもしかすると恋慕の情に近かったかもしれない。
だが彼はリア・ミューゼスを見ずとも、その救済だけで何もかもを犠牲に出来るくらいの感情、恋慕を越えた想いをリアに抱いた。
それをどういった言葉で表せばいいのか分からない事を彼は少しだけ気に病んでいる。
単純に好きだと言うには少々、彼は気取りすぎたのかもしれない。
忘れられない執筆者としての記憶は、酒と一緒に飲み干した。
恐怖が死ならば、執筆は呪いだ。
けれどその呪いはネメがあっさりと解いて見せたのだ。
他人からの羨望や熱望、それらは時に評価される事よりも酷く肯定感のある行為に変わる。
それ以前に、凶行に走る前の彼女との関係性が彼の心を既に癒やしていた。
ネメは物語を書けないと言ったが、人生が物語だとするなら、間違いなくネメはタナトにとっての重要人物だったのだ。
彼女は、彼女であるからこそタナトの心を癒やしていた。
だから結局、タナトはウンウン唸りながらも、しょぼくれる彼女を見てそれ以上責める事をやめた。
単純に嫌いだと言うには少々、彼女は憎みきれない女性だったのだ。
・ライター
いつぞやの罠でチェーンが切れ、中身のオイルももう無くなっている。
少しくすんだのは、中に炎がいないからかもしれない。
けれど今も部屋の片隅に置いてある。
「タバコはやらなかったんですよね」
「憧れはあったんだけど、タバコじゃ酔えないからな……」
「あぁ……」
タナトのリアルな解答にリアは遠い目をする。
「此処にもあるなら、吸ってみるかな」
「似合わないし臭いから嫌です!」
「あぁ……」
何処ぞで見て覚えたらしいアルに辛辣な否定をもらい、タナトも遠い目をしていた。
アイツは愉快だなんて笑うんだろうなと思って、彼は一人ククッと笑った。
・ネメのコート
少し裾が燃えていた事に気づいたのはしばらくしてからだった。
それでも相変わらず司書の仕事をする時には羽織る。
最初はリアにムッとされるが、内側に括り付けられたデリンジャーを見せると目を丸くしてから、笑っていた。
コートの内側に括り付けられた大量の浪漫は、未だに申し訳無さげに接してくるネメに「浪漫なんだろ?」と言うと中身は順次補充されるようになった。
タナトはその時、久々にネメが笑う顔を見た。
◆所持能力◆
・炎がいつか傍らに
指を鳴らせば火花が散る。
指をこすれば紫煙があがる。
掌の中には黒い蛇が燃える。
契約という名前が、彼ららしかった。
けれどその実、お互いの中にきっと契約という言葉以上の何かが存在したのだろう。
最初の力がカークの炎だったから、タナトは炎を選んだ。
その炎は今も尚、彼の中で燃え続けている。
・展開を切り開く
彼の中に最初からあった、物語を諦めないという能力。
予想は常人の範疇でしか無かったのかもしれない。
それでも考えて、考えて、その先を創ろうとする、物語を創る力。
『リア・ミューゼス』
「あの子の名前は、アレクサンドリアと神様から取ったの」
あれからどれだけ経った日の事だったか、書き終わらない物語の進捗を聞きに行った時に、ネメが思い出した様に口を開いた。
「専門分野からだと楽よね。
そうね……、うん。我ながら、名前だけは良い」
それきり、ネメは何も言わずに電子機器のカタカタという音だけが鳴り響いた。
ネメという神に作られた少女は何も知らず、力だけ与えられ、思い通りに殺され、シェオンにやってきた。
そのまま何も知らずに、ネメの戯れだとも知らずに司書になる。
そして彼女は、とある作家に出会うのだ。
その作家の書く物語は決して面白くは無かったが、何も知らないリアは目を輝かせて読んだ。
彼女は物語に育てられたのだ。それから沢山の本を読んだ。
その作家が決して面白い話を書かない事を知っていても、新作は必ず読んだ。
それで最後に、いつも満足そうに「あはは……」と小さく笑った。
それから何年かして、そのとある作家の命が潰えるのを知った彼女は少しも迷わず司書権利を使った。
リア・ミューゼスにとって、そのタナトという作家は自分の心を作ってくれた人だったのだから、何だって良いから救いたかった。
けれど、どうにも自堕落に死んだ事には、ちょっと怒っていたりもした。
◆所持品◆
・幻想衣服
少し不思議な物語に入った時に、バッサバッサと斬り伏せた透明忍者達から強引に貰い受けた一品。
長ったらしく難しい名前があったはずだが、もう覚えていない。
この名前はリアがタナトのセンスを身に受けて付け直した名前。
ファッションセンスがあるかどうかは関係無いのだ。
とにかく、タナト大先生の本に良く書かれていた白いワンピースを着ていたら良いなんて事を思っていた。
本当はどんなオシャレも出来るはずなのに、意外と適当に着流される可哀想な服。
・退魔剣アディス
リアが暗器を使わなくなるというのは、過去との決別という意味もあった。
それと同時に、暗器と向き合うのは過去と向き合う事とも同義だった。
当初はその身体力と技術で物語の敵を殺し回っていたが、正々堂々と戦う物語を好きになった彼女は、その剣のみを武器として、暗器の使用を控えるようになった。
そのせいか、物語の続きを書けずに終わる事もあったが、その度に彼女は鍛錬をしてまた続きを書こうとしていた。
それは、自分の好きな作家が物語を諦めない作家だったからだ。
まるで刷り込みのようだが、事実刷り込みとも言える。
それくらいにネメは彼女の中に心を埋め込まなかったのだから。
◆所持能力◆
・ドアーズ
いつのまにか、ネメはドアノブが回る度に椅子から少し飛び上がるようになった。
ドアとドアを繋ぐこの魔法は、心と心と無理やり繋げる事も可能だったのかもしれない。
事あるごとにネメの部屋へと突撃するリアとアルに、ネメはタジタジである。
二人はネメの歪んだ心、魔に魅入られた心を治しにやってくる。
ネメはリアにお母さんと呼ばれると、一瞬怒ろうとする。
いつか怒られた時に、彼女たちの関係性はスタートするのかもしれない。
・ミューゼス式戦闘術
要は、ネメが作り出した対人最強の戦闘術。
ではあるが、物語の記述に詳しい内容の記載が無かった為に粗が生まれていた。
元々ネメの物語の中では『最強』という補正がかかっていたものの、物語の外ではその曖昧な設定のせいで最強という程の力は発揮出来なかった。
暗器の使用はあまり好まなくなったが、必要に応じて使う事もあるのは勿論の事。
剣の技術はネメの物語にいた頃よりもずっと磨かれた。
「最強を越えてましたね……」という言葉遊びをネメに言うと彼女は「ぐぬぬ……」と唸り声をあげていた。
『アル・アーテ』
一宿一飯の恩義、どころか命を救ってくれた恩を返すにはどうしたらいいだろう?
そんな事を考えながらリアの後ろに付いていく日々、そのうちに美味しいご飯が出てくる。
美味しいご飯を食べさせてもらった恩を返すにはどうしたらいいだろう?
そんな事を考えながら剣を振るうリアの後ろから遠くの敵に矢を放つ日々、そうして彼女は褒められる。
私はそんな凄い事してないのにな、と自己肯定が薄い彼女は考えている。
けれどそれを拭いさるくらいに、アルにとっての二人の兄と姉は優しかった。
時々、愉快だとよく笑っていた友達の事を思い出す、偉そうな人だったけれどまた会いたいと彼女は思っているし、必ずまた会えると思っている。
そんな事を考えているうちに、美味しいご飯が出てくる。
なんと、近々自分でもご飯を買えるようになるらしい。
どんな美味しい料理を二人にご馳走しようか、そんな事ばかり考えている。
少し前、許せない事があった。
けれどそんな事を考えながらご飯を食べるのは悲しかったから、リアの言う通りに、考えない事にした。
そんな彼女は、きっと美味しいご飯を食べる為じゃなく、ご飯を美味しく食べる為に生きている。
◆所持品◆
・リボンコレクション
いつの間にかコレクションと呼べる程貰ってしまった。
断る度にリアはアルの頭を撫でて笑う。
私には何も返せないのにと思いながら、彼女は幾度となくリアやタナトの命を救っていた事にピンと来ていないようだった。
・自変弓
「そろそろ俺にも活かした名前があっても良いのではないか?
そんな事を思っても話す事が出来ないから仕方がないよな」
そんな事を思う弓、けれどチャンスは突然に、とある少し不思議な物語でマイクが彼に当たった時の事。
マイクに対応して変化すると共に「わああああああ?!」と叫んでしまい、「ぎゃあああ?!?」とアルにぶん投げられる事件が発生。
以後、気まずそうな監査官によって事情を聞き出され、無事アルとの意思疎通が可能になった。
ちなみに気まずそうな監査官はこの件で少しだけアルとの関係を縮めた。
最初、その監査官にモヤモヤを感じていた頃、リアやタナトに散々謝っていた事の内容をアルは理解出来ていなかったが、その後のしょぼくれ具合を見ると何だか可哀想になってきてしまったようだった。
ちなみに射撃の腕も、その監査官よりアルの方が上だったことは言うまでも無い。
『炎魔カーク』
人生の読み手。
彼は物語を読まない、人生を読む。
それなのにいつのまにか物語の一人になってしまった。
それもこれもアイツの……なんて事は思っていない。
ただ、ただ彼らとの毎日は愉快だったと思っている。
炎魔は、かつての契約者とよく似ていた。
格好つけたがりだったのだ。
だから彼はネメの物語が書き終わるまでの均衡を保つ為、物語に残ったのだ。
それは良いものの、もう既に帰りたくなっている。
イライラしながら国盗りを燃やし、世界の均衡を保ち続けている。
「遅い!」と叫ぶ炎魔の声に周囲の善良な人々は怯えながら暮らしているのだが、どうしてか彼の周りには面倒な苦難が降り注ぐ。
まさか自分を物語の主人公として書いているのではないだろうか、と気づいた時にはもう遅かった。
とにかく彼は燃やし尽くす。
「タイトル詐欺もいいところだな。なぁミューゼス?」と言う彼の隣にはいつの間にか黒衣を纏った男性が立ち並んでいた。
炎魔と家族を奪われた暗殺者が世界を救う物語。
ほんの少しの読者に見守られながら、作者は一生懸命次の展開を考えている。
いつか再会した時に黒焦げにされないか、気が気でなかった。
◆所持品◆
・思い出
彼にとってそれはかけがえのない物だった。
本音を語らないからこそ誰も気づかなかったが、彼もまた、アルがリアにそうされたように、タナトによってつまらない世界から連れ出されたのである。
それがどれだけ愉快な事だったか、想像もつかなかった。
明日何があるのか、この次何が起こるのか。
不遜な態度を取りながら、我儘を言いながら、ずっとワクワクしていた。
唯一言い残した事があるとすればと考えて、そんな事は無いと首を振る。
思い残した事も、無い。
ただただ、愉快な日々だった。
しかし、なんだかんだ言って現状もそこそこに愉快ではあった。
物語の主人公というのも悪くないなんて思ってはいるが、実は主人公は隣に並ぶ暗殺者である事には気づいていない。
◆所持能力◆
・炎はいつも傍らに
立ち居振る舞いも様になってきた。
彼もまた演者であったという事なのだ。
というよりかは、演じるのが常になっていたのかもしれない。
だから良い演者になったというのが正解かもしれない。
もっと言えば、良い炎魔になったのだ。
傍若無人が形だけになりつつある、それは良いことか悪いことか。
ともあれ、その炎は焼き尽くす為のものではなく、誰かの為に振るわれるものになった。
『ネメ』
・わたしのおもうこと、すこし
私、間違ってたかなあって今も思う事があるんだ。
でも多分、間違ってたんだろうなあって、とりあえずは分かる。
分かる、分かるけど、書けない事っていけないこと?
書けないのに書かなきゃいけないって辛く無い?
でも、でも、でも、でもさ! それなのに書きたいのって、凄く辛いんだよね。
だからさ、楽が出来るかもしれないって思ったら楽しちゃうじゃんか。
愛されるのって素敵な事じゃない? 私だって愛されたい。
だから皆の気を引いたり、色々してみたり、でも上手くいかないのにさ。
それなのにリアちゃんは楽しそうにやってるんだもん。
嫉妬、嫉妬しちゃった。タナくんも取られちゃったしさあ。
うん、だからあんな事をした。
あんな事をした、だから私が悪い。
何が正しいかは、今も分からない。
タナくんとリアちゃんが私の書きかけの話達を終わらせてくれてるのが、有り難い。
リアちゃんを産んだお話を終わらせる約束をしたから、今の私はそこまで手が回らない。
適当な設定の中途半端なお話を、バシバシ終わらせてくれているのを見ていると、やっぱり羨ましい。
でも、私は書く。
ちゃんと終わらせる。
それが贖罪だって事にしてくれたから、どうにかして、いっぱい考えて、頑張って、このお話を終わらせようと思う。
そうしたらきっと、私もみんなみたいになれたら良い。
演技じゃなく、嘘じゃなく、ちゃんと笑えたら良い。
心から、何の曇りも無しに、笑えたら良い。
私は電子機器を立ち上げ、書きかけのテキストデータを開く。
ペンを取るのは、あの時の自分を思い出して少しだけ怖いから、データとして文章を打ち込む事にした。
「さあ、続き、どうしよっかな」
言いながら、私の口元が少しだけ笑みを浮かべている事に気づいて、目が潤んだ。
大丈夫、私の物語は、きっと此処からだ。




