最終筆「オープンセサミ」
物語は生きている。
そんな事を掲げて生きた物書きが、結局死んでいくなんて皮肉な話。
そんな事で良いのかって思ったんだ。
人生は物語だ。
だから、時々ドラマティックな展開が起きなきゃ嘘だ。
一つや、二つくらい無きゃ嘘だ。
ちゃんと、書き続けている。
前に、進もうとしている限り、必ず報われなきゃ、嘘なんだ。
それが悲哀に満ちていようが、物語は淡々とは進まない。
白い部屋に、白い服の女性が横たわっていた。
床は随分と冷たいだろうに、未だに目を覚ます様子は無い。
思えば俺の時はどうだっただろうと考える。
そんな事本当はどうでも良いのに、頭がグルグルと色んな事を考えさせる。
隣には、俺と同じく落ち着きの無い少女がいた。
これはただのお返しだ。
『司書権利』を使って俺をシェオンに呼び出した彼女を、同じく俺が『司書権利』を使って呼び出すという簡単な事。
リアがあの物語で殺された瞬間にそれがよぎっていたあたり、俺も小狡い性格をしていると思った。
だが、愛する女性を殺された怒りについては殺した本人を問い詰めるしか無い。
、俺からは、ネメが唯一終わらせたその物語をきちんと形にさせる事でカタをつけた。
リアの為に、リアの故郷をちゃんとした物へと変えろという事だ。
ついでに、最高の酒でも飲ませろと伝えて置いた。
きっと俺以外からは手酷い事を言われるだろうから、この程度で済ませた。
ただし、会話の最中もこちらの感情を色んな方法で窺うネメに対しては少しも笑い返さなかった。
しょげかえっている神を見るのは何とも言えない気持ちだったが、そのしょげかえりっぷりを見ると毒も抜かれた。
筆が乗るとは怖い話だ。
ネメ自身の感情を越えた悪意がそこに生まれたという話だったが、そもそもそこに悪意があった時点で俺はあまり良い気はしない。
だから推敲は重ねるべきだと誰かが言っていた。
と言っても、誰が言っていたかもわからないくらい誰もが言っていた話ではあったが。
とはいえ、あそこまで滅茶苦茶になった物語であっても、あのカークが残ったくらいだ。
面白おかしくでも多少は都合良く何とかしてくれることを祈っていた。
「ん……」
リアの指がピクリと動く。
それに反応して隣に座っているアルが飛び上がってリアへと駆け寄る。
「リアさん! リアさん!」
ガクガクとリアを揺らすその手を止めてあげると、リアがゆっくりと目を開ける。
そしてパチパチと数回瞬きをしてから、ハッと息を呑んだ。
「良かった! よかったぁ!」
はしゃいだ声を出しながら起き上がろうとしたリアを抱きしめようとするアルだったが、それよりも先に、どうしてか俺がリアに抱きつかれていた。
「主人公……だ」
リアはそう呟いた後、その目からはポロポロと涙が溢れていく。
それを見て、アルは一瞬俺の顔をふくれっ面で軽く睨んでから、そっとリアの肩に手を添えた。
「ああ、何とか、してきた」
「うん……、うん」
この状況を理解したであろうリアが、より強く俺を抱きしめる。
「あーっと……、そろそろ怒られそうだから……」
俺が目を逸らして言うと、リアは「それもそうですね」と笑って、アルの体を抱きしめに行った。
それからは、二人でしばらく泣いていた。
嬉し泣きを見るのは、悪くない。
きっとカークも悪くないって言うだろう。
また会った暁には、このシーンくらいは見せてやってもいいかなと思った。
「結局、ネメさんは……?」
最初に言葉に出すのがネメの事なあたり、リアも相当お人好しのようだ。
「会いに行けば良いさ、しょぼくれた神様を一発でも二発でもぶん殴ってやればいい。
俺はもう手厳しく物語の修復を頼んだから、もういい。それに」
そう言いながら俺は思い切ってリアの手を取る。
「帰ってきたしな」
そう言うとリアがボッと顔を真っ赤にしたので俺もつられて思わず手を離し顔をそむける。
「そういうのは……、えっと……」
「あーーー!! もう! そういうのでいいんです!
こっちもある程度見てみぬ振りしてあげてるんですからね!」
アルに無理やり手を繋がされた俺達は、お互いの顔を見て笑った。
そう、そうなのだ。
やっと、今更、ここにきて、とうとう、それでも良い。
そういうのが育まれるのは、まだまだ後でも、ゆっくりでも良い。
「じゃ、とりあえず、ネメの次頁がどうなったか見に行ってやろうか」
俺の言葉に、リアとアルは頷く。
そして俺とリアは同時にドアノブを掴んで笑った。
「「オープンセサミ」」
ドアが開く。
その光の向こうには、物語が広がっている。
物語の向こうには、人生が広がっている。
人生の向こうには、光が広がっている。
次の頁が空白で無い限り。
物語は生きていく。




