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次頁【ネクストページ】の代理人  作者: けものさん
第四冊『暗殺者の才能を生かして悪者を倒してたら私が暗殺される側になったので返り討ちにする事にしました』
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第五十五筆『ヒロインになりたかったな』

 廊下遠くから放たれた矢はネメの左腕を貫き、白いローブに赤い染みを浮かばせた。

「んー、リアちゃん以外のスペックはあんまり分かんないからなぁ。

 とは言ってもシェオンに来てからはめんどっちかったよ、いくらあそこが私の城だって言ってもねー……」

 ネメは不機嫌そうに左腕の矢を抜き取りながらアルの射線外の部屋へと戻ると、俺の炎を見もせずにブツブツと一人で話し始める。

その飄々とした表情とは裏腹にその左手はローブの血に塗れた部分を引きちぎれるくらいに握りしめていた。

「わかんない、わかんないのは面倒なんだよなあ。

 だから殺しちゃおっか? 殺しちゃう? ねぇあの子いる?」

 

―――これが、あのネメなのか。


 本当のネメはシェオンにいると言っていた。

この物語の作者がネメであって、現時点で内容に加筆しているとするなら、このネメが彼女の感情の具現化だとでも言うのだろうか。

「それで、全部か」

 ネメは色々な顔を持っている。

というよりも、色々な、沢山の自分を演じ分けているように見えた。

楽しそうな顔を見た。

優しく振る舞うのを見た。

辛そうな顔を見た。

だが、そのどれもが今の顔に当てはまらない。

「全部が、これだよ」

 ネメはニヤりと、口を歪ませるように嗤った。

「アルちゃん!」

 身動きの取れないリアが叫ぶ。

ネメのその右手に持った杖の持ち手側の先端が酷く鋭い事に気が付いたのは、駆け付けたアルが部屋に入ろうとした瞬間だった。

ネメがそれを深く握り直して振りかぶったのは、前に振る為では無く。


――後ろに、突き刺す為。


 骨が貫かれ、肉が裂けていく音というのは、思ったよりも大きいんだなと思っていた。

ただ、それは自分の身体の中を通って聞こえる音だからなのかもしれない。 

「だからさ、そういうのわかんなくなるからやめてよ」

ネメの一層不機嫌そうな声に、俺は痛みから出た呻き声で返す事しか出来なかった。

 知らなかった痛みに心臓が脈打っている。

焼けるような、燃えるような痛みは、目の前で立ち竦む少女の顔を見た時に怒りへと変わった。

「簡単に、殺させるかって……」

 その杖をそのまま燃やしつくそうと力を込めるが、絞り出した俺の言葉と、滴る血を面倒くさそうな顔で眺めたまま、ネメは俺とアルの前で不敵に笑って、俺が握っている杖の先端を引き抜く。

「タナくんやその子がいるから面倒だけどさ。

 でも、難しくもないんだよね」

 そう言って、俺の手から杖を引き抜くのと同時に、ネメはその杖を俺達とは逆の方向へ放り投げた。

「知らない話の子は、何をするのかよくわかんないんだもん。

 でもほら、この話は私の物だからね。

 適当に投げた杖も"この物語の登場人物"には当たっちゃったり?」


 その言葉の恐ろしさに気づいた時には、もう遅かった


「つまり『身動きの取れないリアは叫ぶ間も無く、ネメの杖に胸を貫かれた』りするわけ」


 身動きの取れないリアは叫ぶ間も無く、ネメの杖に胸を貫かれた。

血飛沫があがり、リアは言葉も無いまま、口から血を吐き出した。

その懐から、ベータ王にもらったペンダントが零れ落ちる。

最期にリアはそのペンダントを見つめながら、指を小さく動かした。

どうしてか俺達を見ることも無く、俯いたままリアは動かなくなった。


 俺も、アルも、カークでさえ、その光景に言葉が出なかった。

実感が無かったのだ。敵を殺す覚悟はあっても、仲間が死ぬ姿を見る覚悟はなかった。

胸を射抜かれ、鉄の杭にもたれかかったリアの姿。

「はい、リアちゃんお疲れ様~。

 これ形見ね! こういうのって大事だと思わない?」

 ネメはステップを踏むようにリアの足元からペンダントを拾い上げて、俺の方へと軽く投げる。

それはチリンと小さな音を立てて俺の足元でクルクルと回り、そのうち止まった。

俺はそれを呆然としたまま拾い上げ、左手で握りしめた。

ネメからはもう、敵意が感じられない。

これは既に戦いではなかった。

もうこんなものは、俺達のしている事は救いや、その為の戦いという物では無い。

展開など、読めるものか。

掌の上、白紙の上で踊らされている。


「でも、物語の中で死んでも確か……!」

 アルが思い出したようにサライブのルールを言うが、ネメは首を振る。

「ダメなんだなー、だってリアちゃん……もうリアでいっか。

 リアは私が死ぬ間際に引っ張り出したんだもん。

 だからあの子は物語で死んでないんだよ、キミとおんなじで」

 だとすれば、アルの場合は物語での死をギリギリで救ったという事実と照らし合わせるとするなら。

「バカだよねぇ、わざわざ自分の物語に戻ってきて、ちゃんと死んじゃった。

 まぁ私がやったんだけどさー。いっぱい働いてくれて満足満足!」

 悲しみで頭が狂いそうだった。

だが、ネメが何を言っているかは分かる。

理解も、出来ると思う。


――だから、多分、少しだけ待っていて欲しい。


「きっと、伝わらないんだろうな……」

「ん? 何がー? 面白かったでしょ? クローンといっぱい遊べて」

 もう、話し合いでも無いのだろうと思った。

理不尽で利己的なその行動に、納得できる答えを求める事は出来ない。

戦いでも、話し合いでも無い。

言ってしまえばそれはもう悪意ですら無いのだ。

「リアが死ぬ必要は、あったか?」

 隣で膝をつくアルの目から大粒の涙が溢れている。

俺は、かろうじてその涙を堪えていた。

「どうだろうなー、私だけのタナトくんが欲しかったしなー。

 言う事聞かなさそうじゃない? あの子。

 私が物語から出して自由軌道に乗った途端人が変わったように本の虫になったのは面白かったけど、だから、苛ついたんだよね」

 ネメの口調が言いながら強くなっていくのが分かる。

「うん、うん、死ぬ必要あったよ。

 私あの子嫌いだった、適当な雑用でもやらせようと思っただけなのに、何でキミと出会うんだろう。

 楽しそうに笑うんだろうって、だから要らない。

 私の物になるキミを持ってきた事だけは褒めてあげてもいいけど」


 ネメもまた、物書きだったなら、リアが理想だったのかもしれない。

そんな子が自分ならば幸せだっただろうという理想。

この物語に於けるリアが、タイトルの様に誰よりも強かったなら、それは尚更。

自身の強さを投影して作られたリアが、人としての強さを持ったのだ。

それが気に入らないというネメは、要は嫉妬だったのだ。


「俺が欲しいなんて、どうかしてる」

「あははー、何だか思い上がっちゃってるね?? 欲しいのは、私の話を続きを書いてくれる人。

 キミが便利そうだから、キミにしただーけ!」


 俺は両手を握りしめる、血で染まった俺のその手が守った少女は、膝を付いて戦意を喪失していた。

その視線は、リアから少しも動かない。

ただ、リアの視線の先にあった物、最期にどうしてリアがペンダントを見たのか、その理由が、左手から聞こえた。


「ほら、その子とか。

 凄い早く来たのもさ、面倒だったんだよねえ。

 でもキミが私が放り投げた本の次頁を代理で書いてくれたら、ちゃんとしてくれるでしょ?

 数時間やそこらじゃたどり着けない国の距離の描写も、ちゃんとした国の名前も。

 嫌がらせの方法はイケてたと思わない? 国盗りなんて素敵だと思うんだよね、第三者が全部持ってっちゃう感じとかさ!」


 アルの到着が早かった理由が粗だなんて、頭が痛くなりそうな話を聞く振りをしながら、俺はペンダントを握りしめた左手を耳元へ添える。

すると、リアの魔法が、世界を、俺を包み込み始めた。

まだ、ネメも気付かない。

「あー、あー、てすとてすと……。

 せんせは……、うん、おやすみ中です。

 何だかもう、私の生まれ故郷はおかしくなっちゃってるみたいです。

 って、こんな状況ですもん分かってますよね……」

 それは俺が眠っている間にペンダントに込められたリアの言葉だった。

少し緊張したような声で、一言ずつ込められていく。


「正直言うとですね、もっと良くないことも起こると思うんです。

 せんせは黙ってついてきてくれましたけど、私はもうそれだけで充分嬉しかった。

 だから、だからね、もし何かあったら、せんせーが主人公になってアルちゃんを守って欲しいんです。バトンタッチ、バトンタッチです」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の身体に違和感が走る。

それはきっと、彼女の力。


「私はこのペンダントを絶対に手放しません、この言葉も何も無ければ直接話せたらいいな。

 私ね、主人公になんてならなくても良かったんです。

 出来たら、出来たらですね。

 ヒロインになりたかったな、なんて」


――あぁ、ちゃんと言えば良かったよな。


 人生は物語だ。

けれど、大体の物語程上手くはいかない。

今のこの窮地と比べて尚そう思った。

俺は、見てみぬ振りをして、リアにこんな事を言わせてしまった。

何故なら、あまりにも理想的だった。

「だって、せんせの書くお話のヒロインって」

 俺が思う理想のヒロインは、俺の想像の中にしかいないと思っていた。

「なんだか幸せそうで、羨ましいなあって思っていたから」


――でも、今そんな事を言うそっちも悪いよな。


 ペンダントをポケットにしまって、俺はアルの頭を撫でた。

「カーク、いるか?」

 その声に呼応したように右手の痛みが熱に変わる。

アルはポケットからライターを取り出して、こちらに渡してくれた。

「面白いだとか、面白くないだとか。

 もう、そういうのじゃないんだけど、いいよな?」

「ああ、構わん」

 座り込んだままのアルに、俺はこの物語の本を手渡した。

「アル、走れるか?」

 心配そうな目をしながらアルは頷く。

目にはまだ、涙が溜まっている。

「タナト……さん」

「大丈夫、アイツは俺が何とかする。

 だから、向こうで待っててくれるか?」

 彼女はその涙を拭って立ち上がる。

「んーーー? 私の話聞いてたかな? 執筆者の要望はちゃんと聞いてくれなきゃ!」

 なんだかんだと言い続けていたネメの声を遮るようにして俺はアルに「廊下の扉まで走れ!」と促す。

「もう! 行かせるわけないじゃん!」

「やらせるわけ、ねえだろ!」

 いつの間にかネメの手に握られていた杖を俺の炎が受け止める。

それと同時にアルと一緒に廊下へ飛び出した俺は、ドアノブを握って始まりの小屋を思い描く。

そして光と共にドアが開いた先には始まりの小屋が見えた。

「タナトさん……、それって……!」

「行け! アル! 本を頼む!」

 俺の不慣れな魔法にアルが飛び込んだのを確認して俺はドアを閉じた。

「何、何それ、何やってるのさ」

 ネメの声が震えている。

「柄じゃない、柄じゃないのは分かってるよ」

 俺は杖を振りかざすネメを炎で振り払って、リアの目の前まで歩き、落ちた剣を拾い上げた。 そして何も言わなくなったリアに話しかける。

「でもリアが良いって言ってくれたから、約束も守るよ」

 俺はリアの剣を手に、ネメと向き合う。

その剣の振り方も、魔法の込め方も、手に取るように分かる。

「物語を、終わらせよう」

 この物語に於いて、作者の次に力を持つ主人公から物語を受け継いだのなら、その力で作者の想像を越えてやれば良い。


――物語は生きている、時に作者の思いのままには、動かない。


 アルが本を机に戻せば、この物語は一旦閉じられる。

いくら原本に手が加えられたとしても、コピー本であるこの世界に影響が出ないとしたら、勝機はある。

実際にリアはこの物語の加筆や改変を知らなかった。

目を通していたにも関わらず、この世界に入るまでは知らずにいたのだ。

ならば、この世界に入って初めて原本の影響を受けるのだとしたら、此処から先は、力のぶつかり合いでしかない。


 記憶を司る神は口元を歪める。

「あれ、なにそれ、なんかやな感じだな。

 あれれ? ……お前、なんかしたな」

 ネメの声色が変わると同時に、その姿が黒く染まる。

その姿はリアが着ていたような黒い服装と、黒剣が握られていた。

「物語を書くのは面倒な癖にこういうのは得意なんだな」

「そっちこそ、さっきまで随分と弱腰だった癖に」

 お互いに睨み合う。

やっと俺は、戦いのステージに上がった。

不甲斐なく、後押しされて、やっと俺は、剣を手にとった。

「俺にはリアが遺してくれたコイツしか無いけど、ペンは剣よりも強しなんて言うじゃないか。

 お前はペンで戦わないのか?」

 その挑発に、ネメは笑ってしまいそうになる程激昂して、俺にその黒剣を奮った。

「偉そうにしても、お前がアタシの物になるのは変わらないんだ! 殺す寸前まで傷めつけて、最期に一つずつ記憶を塗り替えてあげるよ!!」

その黒剣は、おそらくネメの計算であれば俺の腕の一本でも弾き飛ばすはずだったのだろう。

だが、その剣先は見えていた。

剣先を弾き飛ばし、困惑した表情のネメへと俺は剣を振り落とす。

即座に俺の剣を受け止める金属音が鳴り響き、俺とネメは一定の距離を取り直した。

あまり慣れないが、カークの力を身に宿した時よりはまだ楽な気がする。

「何……でっ! ロクに剣も振れないはずでしょうが!」

 ネメが忌々しいと言わんばかりに叫ぶ。

「悪いが、補正がかかった。

 お前が記憶だけを塗り替えた木偶とは訳が違うぞ」


 主人公は、振り向かない。

「こっちにはさっさと帰りたい理由もある。

 さあ、やろう。剣もペンも、折ってやるよ」

 今はただ目の前の敵を、討てば良い。

それだけを考えて、その剣に力を込めた。

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