第五十四筆『俺が今一番欲しかったのは、この力だ』
リアと俺が先にドアを開いた事が功を奏したのかもしれない。
というよりも、俺達の最悪な未来をギリギリ回避したというのが正解だろうか。
俺とリアが部屋に入ると同時に、後ろからガシャンという音が響く。
その音に振り向くと、ドアを通ってこちらに来ようとしていたアルの上に、金属の杭が迫っていた。
「アルちゃん、下がって!」
咄嗟に叫ぶリアと、それに応じて素早く元の部屋に戻るアル。
だがその刹那、俺達は完全に分断された。
天井から降り注いだ鉄の杭は一本では無く無数にあり、ドアを破壊しながら床へと食い込んだ複数の鉄の杭は、もう格子と呼べる代物へと変わっている。
――してやられた。
そのドアの向こうを疑問に思えば良かったのだ。
俺もリアも、この世界にはうんざりしていた。
特にリアはもう、何が起きても仕方ないとすら思っていたかもしれない。
だからこそ、天井の四隅から部屋を囲むように降りて来た杭を一瞬見逃した。
おそらくリアにとって、思い描いたドアの向こうとの違和感はあっただろう、だが判断が一瞬遅れた事を責める事など出来ようも無い。
降りてくる杭のような格子を見て、俺ですら『あぁ、またか』なんて事を一瞬思ってしまったくらいだ。
格子に斬りかかるリアだが、その格子は甲高い音を立てるだけでびくともせず、徐々に俺達が通り抜けた空間が閉じ始めている。
「カーク! 全力で頼む!」
言うや否や俺の両手が格子を赤く染めるが、その格子がどうにかなる様子が無い。
その赤く熱された部分にリアの剣が叩きつけられて尚、不思議な程にその格子は壊れる様子も、曲がる気配すら見えなかった。
つまり完全にしてやられたというわけだ。
「リアさん……、タナトさん……」
少し不安気にこちらを見るアルの姿が少し小さく見えた。
それもそのはず、俺達が入ってきた空間が少しずつ小さくなっていた。
ドアは破壊されているのだから当たり前と言えば当たり前だった。
リアの魔法はドアとドアを繋ぐ、であれば格子の落下と共に破壊されたドアは通行止めになってもおかしくない。
「待って……! まだ……!」
振りかぶり格子に剣を叩きつけるリア、だが俺達とアルを繋ぐ空間はどんどんと小さくなっていく。
「カーク、悪い……」
ライターを取り出すのを見て、リアの剣が止まる。
「死んでくれるなよ」
カークも分かっていたのだろう、だから俺はそのライターをカークの了承も得ずに、アルの方へと放り投げた。
「アルを頼む」
俺のその言葉と共に、ライターのチェーンが空間に分断されてジャラリと太腿に当たった。
ライターを受け取ったアルを見届けると同時に空間は閉じ、本来ドアがあったであろう場所からは格子越しに荒廃した廊下が見えた。
人の気配は無い、ただこの部屋から出られそうな気もしない。
力ずくというわけにはいかないのは一連の攻撃が効かなかった事で理解はしたが、それでも力を込めると手のひらに熱を感じる事だけが、今は希望のようにも思える。
「一応、何か無いかだけ見て回ろうか」
俺がリアの方を振り返ると、リアはペタンとその場に座り込んでいた。
「なんで……、そもそも私のこの力を知っている人なんてこの世界には……」
おそらくは、その言葉こそが油断の原因だったのだ。
彼女はこの世界に入ってからあえてドアからドアへの移動の魔法を使わずにいた。
それは魔法が存在するこの世界で何らかの反則的移動手段があるという事を隠す為だったのだろう。
本から転送された場所がベータに近いのもあって、強く気に留める気も無かったが、もし一度だけあの魔法を使うとするならアルファへ乗り込む時だろうと俺も思う。
だがそれはもうアルファ側へ筒抜けだったという事だ。
「俺達、シェオンで嫌われ者だったか?」
明らかな外部工作、これはもう物語の外からの妨害だとしか考えられなかった。
しかも酷く手の込んだ嫌がらせ。
この物語の、主人公であるリアを妨害しようとする勢力が司書側にいるとしか考えられない。
「いえ……、確かに物語の存続と終了の派閥はありますが、こんな話は聞いた事がありません。
というよりもこんな事が明るみに出た時点で司書なんてやっていられない……」
リアが座り込んだまま小さく溢す。
「とにかく、人々にリアの家族の記憶を埋め込んだ元凶が目標とする敵で間違いは無さそうだけれど……」
「でも、そんな事が出来るとして、この物語自体に此処まで強く干渉出来るなんて事……」
そう言われると確かにそうだ。
外部からの力で人々の記憶を塗り替える事が出来たとしても、このびくともしない格子を用意するなんて事は相当な手間のはずだ。
「とにかく、向こうが何かしてくるのを待つしか無いな……。
まんまと誘き寄せられたんだ、どうせそう遠くないうちに接触してくるはず……」
リアは悲痛な顔をなるべくこちらに見せないように、コクリと頷いた。
沈黙が支配した部屋の様子を確認するにはそう時間はかからなかった。
俺はリアの近くに座り、無言の時間が続く。
思った以上に、何者も近寄る気配が無かった。
何時間か経つ間に、お互い疲れていたのか、いつの間にか俺は少し眠っていたらしい。
そのくらいにこの部屋の周りには人の気配が無かった。
俺が眠っている間はリアが周りを警戒してくれていたようで、俺はリアに感謝の言葉を述べてから、少しだけ身繕いをした後に今度はリアに仮眠を勧めた。
そうしてまた数時間経った後、お互いに休息を取った俺達は沈黙に支配される。
だが俺はその沈黙を破ろうと今後の話を進める事にした。
「それにしても、記憶を塗り替えただけであそこまで強くなるものなのか?」
その言葉にリアは少しだけ考える素振りをした後に、口を開いた。
「おそらく身体はついていかないとしても、頭の中に経験が詰め込まれた結果、ああいう事になるんでしょうね……。
あの人達は自分の身体が破損する事すら厭わないようでした。
そして捨て駒だという理解もある、正直厄介な相手です」
「国取りを始めたのも何か裏にいそうだ」
「そもそも、私達はあそこで命を落としていますしね……。
戦うべきではあったとしても家族ですから、随分と嫌われたもんです」
リアが自嘲気味に笑う。
そんな顔は見たくない、見たくないが掛ける言葉も見つからなかった。
「最強、だったはずなのにな」
リアがボソリと呟く。
「でも、後からタイトルを見て驚いたくらいなんですよ。
確かに大体の敵は返り討ちにしてきました。
だけれどだったら、どうして私は死んだんでしょうね……」
確かにその通りだ。
それに、状況が明らかに複雑化している。
「何らかの手が加えられている。
けれど本は俺らの所にあるよな?」
リアは頷くが「ただ、原本は作者の所にあるまま……」と頭を垂れる。
作者が加筆したとして、どうしてリアが不在のまま物語を進めたのだろうか。
リアは確かにこの物語の主人公のはずなのに。
――まるで、主人公が物語に戻ってくる事を知っていたような
とすると、作者にとってリアは主人公だというのに疎ましい存在という事になってしまう。
「ただ、真っ直ぐに頑張ってただけじゃないか……」
それなのに、こんな仕打ちがあっていいものか。
救う為にこの場所に来たはずなのに、彼女の物語を救う事で、少しでも彼女の力になりたかったのに、結局はこのザマだ。
俺達は何かを間違えただろうか。
それぞれの想いを胸に、真っ直ぐにやって来たじゃないか。
乗り越えるべき物はまだあるとしても、それはいつか乗り越えると心に決めているじゃないか。
なのに、どうしてこうなってしまったのだ。
格子は語らない、けれど、聞き覚えのある声が、俺とリアの目を格子の向こうに走らせた。
「あえて言うとね、キミ達は間違えなかったから、間違わせようと思ったのさ」
その姿は、ローブに包まれていて印象は違うけれど、チラリと見えたその顔も、その声も、俺は知っている。
「や、お二人さん。
あんまり楽しそうなもんだから、作者自ら邪魔しに来てあげたよ」
俺達は、記憶を司る神を知っている。
そして、その神は文章をロクに書けず、立場が悪かったという事も。
アルファとベータなんていう安直な国家間の小競り合いと、最強の暗殺者がただ人を殺す話。
おそらく、もうアルファとベータの戦争理由も、期待をすべきでは無いだろう。
「ネメ……か」
ローブの女性が頭に被っていたフードを払うと、少しニヤついた顔のネメが立っていた。
重火器の類こそ見当たらないものの、その手には杖を持ち、俺達を見下ろしている。
「ネメさん! どうして……!」
リアが立ち上がって抗議するが、ネメはクスクスと笑う。
「だーーーってさぁ。私が書いたにしたってリアちゃん強すぎるしね?
つまんなくなっちゃったからさぁ、殺しちゃうって展開にしてシェオンに引っ張ってきてみたの。
そしたらびっくり! 今の状況は面白いよ。
でもあまりに楽しそうにやるもんだから、お姉さん嫉妬しちゃった」
その言葉からはもはや、狂気に近い物を感じる。
彼女にとって、自分以外の存在は道具か何かのように思っている。
「特にタナくんね! 面白い子を連れてきてくれたからさぁ」
言いながらネメは格子を杖で叩くと一瞬で格子は溶けて消え去った。
そして俺達のいる部屋に踏み込みながら、歪な笑顔をこちらに向けた。
「ねぇリアちゃん、その子。ちょうだい?」
ネメが俺に向かって杖を振るうと同時に、リアは鞘から剣を抜き、ネメの首元へとその刃を向けた。
「あははー、私は言わばお母さんなのになー。神様に刃を向けるなんて、いけない子だ。
でもま、私の本体はシェオンでカリカリとこの本に加筆してるからこの肉体がどうなろうと知ったこっちゃ無いんだけどもー、生意気なのはダメダメだよ?」
ネメが言うやいなや、リアの周りの床から杭が現れる。
「『リアの周りの床から杭が現れる』
『そしてリアは、身動きが取れなくなった』」
そしてリアは、身動きが取れなくなった。
「それが、自分の作品にする事かよ……!」
俺の怒号もおそらくは、原本に書き込まれているのだろう。
だが、リアの事は自由に出来たとしても、この物語に於けるイレギュラーの制御は難しいはず。
「そう、これが私の作品にする事だよ。
だって、面白いんだもん。
言う事効かない子も、メチャクチャやる子も、面白いんだ。
あーあ、私が創るより余程面白いの、頭来ちゃうんだよなあ」
その言葉は内容とは裏腹に、抑揚の無い無感情な声だった。
「だから、全部頂戴? 私の欲しい物全部、頂戴?」
――仮面を全部取った先には、無表情の化け物がいた。
「キミは私の物語を創るの、いっぱい押し付けてあげる。
それを、ぜーんぶ綺麗で素敵な物語にしてね?」
彼女の、その境遇を思った。
その悲しみを思った。
その傲慢を呪った。
けれど、それでもその毎日を、想ってしまった。
だからこそ、首を縦に振るなんて事は、出来なかった。
彼女ですら救われるべきであるならば、少なくとも俺には、やるべき事がある。
「ネメ、まだ間に合う」
「何の話? 間に合わないよ。だってもうキミ達は私の物語のキャラクター……」
言い終わる前に、俺の両手に炎が宿った。
「それ、あんま強くないよ? 私が欲しいのはそういうのじゃないんだけどな」
「でも、俺が今一番欲しかったのはこの力だ」
俺は思い切り炎を床に叩きつける。
ネメが一瞬廊下側へ下がるのと同時に、俺は少女の名前を叫ぶ。
そして、廊下の遠くからこちらを狙っていた少女がそれに応じるように、矢を放った。




