第五十筆『じゃないと誰も守れない』
血飛沫は雑草が受け止める。
リアの刃に斬り伏せられた、アルの矢に撃ち抜かれたその黒衣は血の赤を吸いその色を濃くするだけで、まるでその場に血の雨が降り注いだかのような獣道がいくつも出来上がる。
だが尚、その死体を我関せずかのように踏みつけて赤い獣道を進み襲いかかる影。
分が悪いとは言い難い、何故ならリアのその刃の太刀筋には躊躇が無く、時々刃が止まったかと思えば風を切るように暗器が飛ぶ。
アルはあくまで援護の役割ではあったが、接近する敵には確実にその矢を当てて行く。
二人の戦闘スタイルも使う武器も全く別ではあったが、その根本は似ているように感じた。
武器であれ、戦闘スタイルであれ、ただ近づくかどうかの違い。
どちらも本来は相手に気取られずに、もしくは相手が戦闘行動を始める前に倒すという理念を感じていた。
「あと、どのくらいですか……ねっ!」
近距離にいる敵を掃討したと判断したのだろう、アルは自変弓をボウガンの形から通常の弓の形に切り替え、矢を遠くの草むらへと撃ち込む。
俺からは見えなかったが、アルには草むらの動きが見えたのだろう。
やや遠くで血飛沫が上がるのが見えた。
あの黒衣から溢れる程の血飛沫ならば、一撃で仕留めているのだろう。
「ん、もう少しかな。
アルちゃんの方に七人程度、私の方に五人から十人」
そう告げてリアは草むらの中へ姿を消す。
その一瞬前に、リアが俺に向かって目配せをした。
その笑みに頷き、俺はリアを背にして、アルへと呟く。
「アル、俺が撃ち漏らしたヤツを頼む」
「へっ?! え、はい!」
俺は、リアやアルよりも余程基礎戦闘能力が無い。
だがそれでも、搦手と悪知恵だけで言えば、ほんの少しだけ勝っている。
――蛇が呪いを運ぶとして、それが炎であるならどうだろう。
俺の手から二色の炎が零れ落ちる。
黒く、そして紅い炎が地を這って行く。
そして、少し遠くの草むらで次々と火柱が上がった。
「考えたな」
カークの笑い声は、称賛と捉えてもいいだろう。
「殴り合いは苦手なもんだからさ」
しかし、こうまで上手く行くとは思わなかった。
常々出来る事は考えていても、黒炎を正しく自分の力として受け入れられるようになったのは、ネメとの経験のおかげかもしれない。
克服とはいかないが、呪いもまた自分自身なのだと理解出来たなら、それはもう自分の力そのものだ。
五本の火柱の後、二本の鏃が血飛沫を上げて、こちら側の殲滅は終了した。
広がっていく残り火を吸い取るように地面に手を這わせる。
全焼というのは心持ちが悪い、その炎が俺から放たれた蛇であるならば、戻る場所もまた俺の手の中だ。
「それ、カークさんの力ですか?」
隣にいるアルがおずおずと俺に問いかける。
それに俺が否定する前に、カークが少し誇らしげに笑う。
「いいや、これは此奴の悪知恵そのものよ。
我はその黒い蛇には関わらん。
此奴が使うには何も言わんが、我の矜持には反するからな」
称賛なのだろう、カークにとっての称賛なのだろうという事はその声色から分かる。
だが、痛いところをズバリと言ってくれる物だと思った。
アルが少しだけ怯えているのが分かる。
「俺が戦う為に、産み出した力だよ」
そう言うと、なるたけ優しい顔をするように心がけたのだろう、アルの微笑みが向けられた。
胸が傷んだというのは、甘えだ。
それでいて、彼女がまだ俺やリアよりも幼いとは言え、俺が殺しを受け入れた事への怯えを見せるのもまた、甘えなのだと思った。
「じゃないと誰も守れない」
そう言って、アルの顔から目を逸らした。
小さく「はい……」という言葉が聞こえる。
キミだって殺していただろ、とは言えなかった。
変わったのは俺だ。
けれど、俺は変わらなければいけない事に、まだこの子は気付いていない。
不甲斐ないままじゃいられない事に、まだこの子は気付いてくれない。
それが少しだけ悲しかった。
「考えるだけじゃダメだった。けれどがむしゃらに進むだけでもダメだったんだよ」
誰にも聞こえないその言葉、もしかしたらカークには聞こえていたかもしれない。
シェオンに来る前の俺をアルは知らない。
考えるだけ考えた後に、がむしゃらに食らいついて失敗し続けた俺を彼女は知らない。
「二度目の生も不自由だな」
やはり聞こえていたのだろう。
カークが至極真面目な声で俺へと呟く。
「でも、一度目よりはマシだろ? 例えお前の矜持にそぐわないとしても。
それなりに愉快には、してやるさ」
そう言うとカークはフンと鼻で笑った。
「リアは、終わったか」
十数人程の死体と、肉の焦げる臭い。
草むらからアディスを鞘にしまい、黒衣の切れ端で暗器を包みながらリアが現れる。
何か言おうとしたアルに人差し指を立てて「しー……」と一言言って数十秒経った後、もう周りに誰もいない事を確認したリアが、大きく頭を下げた。
「ごめんなさい……!。
厄介事にしては、想像以上でした……」
その仕草は先程までアディスを振るい何人者黒衣の集団を斬り伏せていた女性とは思えない程の変貌っぷりだった。
「いいえ、私も……、私達も気付いてはいましたから」
俺の目を見たアルに、俺は小さく頷く。
「流石に緊張はした。
でも二人がいたしな」
そう言うとリアは頭を上げて、少しホッとした表情でこちらに向き直った。
「ありがとう……ございます。
気配自体は、私が死体を運んでいた時からあったんです。
教えたかったけれど、私が言い出せば絶対に来なかったから……」
その気配を読み取れるという彼女の力もさる事ながら、言い出せば来ないと断言するあたり、やはり彼女には暗殺者としての才覚があるのだろう。
「でもその御蔭で、目的地が分かりました」
彼女は自分の暗器についた血液を敵から剥ぎ取ったのであろう黒衣の切れ端で拭いながら、アルにいくつかの暗器を手渡す。
「これ、使い慣れないとは思いますけど、近寄られた時に便利だから……」
アルはそう言われて投擲用だと思われる銀色の暗器をいくつか受け取っていた。
「投げなくても、ナイフとして使えるから、ね?」
なるべく優しく接しているように見えたのが、少しだけ悲しかった。
「は、はい……」と小さく呟いてそのナイフを手に持って持て余すアル。
その肩に綺麗な外套がかけられた。
「ん、コレの内側に仕込んで置くと良いよ。私ので我慢してね。
出来れば顔は見られないように、二重にフード被っておいてほしいな」
淡々と行われるその暗器の手渡しと注文に、アルは戸惑いながらも従っている。
その顔は決して明るい物では無かったが、リアが黒衣の集団が纏っていた外套の中から比較的血の染みが少なそうな外套を選び剥ぎ取って羽織るのを見て、無理にでも笑っていた。
「センセは……、私達が守ります。
けれど期待しているのも本当です。
センセーにしか出来ない事が、絶対にありますから」
その言葉に、アルは一瞬ハッとした表情をしてから、真っ直ぐとこちらを見た。
「タナトさんが正しいと思う事なら、私ももう、怖がりません」
そう言うアルの頭をリアが優しく撫でる。
俺の出来る事、それが殺生の許しのように思えて、少し怖かった。
それでも、それを認めてくれる仲間が、ありがたかった。
「二人には及ばないけれど、俺なりに、やってみる」
「今更、お主らにつまらん等と言うつもりはない、精々上手くやれ」
カークもまた、不思議な程に優しかった。
「この人達は皆、私の同僚でした。
だから襲ってきたのは私の元属国だったわけですが……」
淡々と告げるには、衝撃的な事実だったが、リアの表情に後悔の念は見えなかった。
「とは言え、私はどちらの国とも敵対関係にあるはずです。
私達を襲わずに見るだけで逃げた人がいたはずなので私が生きているという事も直に知れ渡るでしょうし……、どちらかの味方にはなりたいものですが……」
「リア達の死体を保存していたのは?」
「それも私の元属国ですね、ですから私の気持ちとしてはそちらを叩きたいわけです」
言い分は分かる。
だがあの戦争状態の二国に挟まれるわけにはいかない。
死体を保存していたのは気になるところだが、それ以前に俺たちがどっちつかずのままにふらついてしまうのだけは避けたい。
「どちらの国が劣勢だろうな?」
そう言うと、リアは少しの思案の後口を開いた。
「本来此処は私の元属国アルファの領地ではありませんでした。
限りなくベータ側に近い領地です。
けれど此処にアルファの部隊がうようよいた事を考えると、おそらく劣勢なのはベータの方かと」
――アルファ、ベータ?
急に現れたその安易な名前の国名に、疑問が募る。
言わばaとb、それだけとあまりに粗末だからαとβとされたのだろうが、国名にそんな安易な名前がつけられるだろうか。
だがあまりにも当たり前のように国名を告げるリアを前に、俺はその疑問については黙した。
「なら、ベータに行くべきだろうな。
リアの強さは向こうも知っている。
してきたことの恨み辛みは向こうさんにもあるだろうが、情報収集も含めてまずは一旦ベータに行くべきだと思う」
リアは少し考えた後に、少しだけ柔らかい笑みを作って俺の言葉に賛同した。
「ならこっちですね。
また広場を通るのは少し嫌ですが、そう遠くないうちにベータに着くはずです」
赤く染まった草原を後にして、俺達はベータへと歩を向ける。
だが、この物語は一体何を以てクリアとなるのか、それが未だに分からない事が気がかりだった。




