用語・人物紹介その3
【用語紹介】
『物語の暴走』
作者の手を離れて長い時間が経った物語はその内に自意識を持つ、そして動かない事に業を煮やした物語は自ら終焉へと頁を作り始める。
執筆者の間で囁かれる"キャラクターが勝手に動く"という物語の紡がれ方、その亜種にして悲しき末路でもある。
物語にとって結末を得るという事は何よりも優先すべき事項である為、それがハッピーエンドかバッドエンドなのかという事は物語とっては些細な事、時にハッピーエンドに導く異分子の介入があったとしても、その暴走は止まらない。
登場人物の死が一番手っ取り早いのだとすれば、それを行う事以外に物語は方法を考えない。
それは登場人物や司書達にとっては悪意に見えても、死の自由を求める憐れな行為なのだ。
『デバイス』
司書に与えられる携帯型の端末。
使い方は簡単で、手で触る事による直感的な操作や声による操作も的確に行える。
必要な情報を手にするにはやや情報量が多めではあるが、使い慣れた者にとってはシェオンでの生活の心強い友になってくれる事だろう。
司書同士のデバイスに互換性は無いが、紛失した場合の替えは効く。
シェオンでは常に情報が更新され続けている、それは司書についても同じ事。
それをデバイスに送信して所有者の設定をするだけならば、いくら失くされたところで困る事等無いのだ。
ちなみに高性能のAIや、暇を潰す為のゲームも使える。
ケアと言うには度が越えている気がするが、パートナー、あるいは恋人がAIという司書も少なくは無い。
勿論AIを人型の素体に移し替える技術も存在する……決して安くはないが。
『執筆者』
シェオンの司書達の中でも物語存続を主とする司書をこう呼ぶ。
執筆者はその理念上、損な役回りを強いられる事が多い。
司書が物語で死んでも自らの肉体を失う事は無いが、それでも物語の中での死亡回数は執筆者としての立場の司書が多い。
物語での死亡は自身の評判を落とす事にもなり、シェオンのケアがあっても生活水準は下がっていく。
それでも執筆者は物語と現実を限りなく同一視し、愛すべき物語の為に奔走する。
『断筆者』
シェオンの司書達の中でも物語終焉を主とする司書をこう呼ぶ。
断筆者は精神的な苦痛を抱える事が多い。暴走しはじめた物語が尚進めようとする筆すらも折るという行為は時として登場人物の殺害や、物語の鍵を破壊する事も厭わない。
執筆者としての理念を持つ司書とは相反する理念を持つが、どちらが正しいという事をお互いに主張し合う事は少なく、お互いがお互いの理念によって動き続けるという関係が生まれている。
不干渉の関係が上手く成立している理由の一つに、執筆者と断筆者の担当する物語の暴走の具合が違うという事がある。
執筆者は基本的に救える物語にしか赴かないのに反して、断筆者は自分の能力が物語を組み伏せられると感じたならばどんな物語も終わらせに行くのだ。
だが、お互いの心根が相反する限り、いつかそれを解決しなければいけない事は自明の理である。
【登場人物紹介】
『タナト』
執筆者として、炎を操る悪魔の友として、小さな勇気の担い手として司書となる。
物語の中での彼はその記憶や経験を元にメタファーを意識しながら状況の推測を行う。
それは時に無謀でもあり、大胆でもあり、彼自身の性格とはかけ離れたような言動や行為に及ぶ事もまま見られる。
時には人間の常識を越えた残虐性に目覚めかけるその姿は、ある種のストーリーハイに陥っていると言っても良いくらいに、彼にとっての物語は特別な者のように見える。
だが物語から出た彼にとっての現実は決して簡単に予想出来る物では無く、シェオンに訪れる前に付き重ねてしまった人間への恐怖心や不信感を綺麗に拭い去っているとは言い難い。
それでも、彼は自分をこの不思議で、まるで夢のような、状況に連れ出してくれた一人の女性の事をありがたく思っている。
司書になる際に出会った、神を名乗る掴みどころの無い女性との多くの会話は彼にとって現実の自分と物語での自分を融合させる為の大きな一歩となった。
だからこそ彼は、小さな勇気を手に現実を動かすようになれたのかもしれない。
◆所持品◆
・ライター
彼にとって、それはもう煙草をつける為に存在する道具だ。
カークにとっては住処という意味で強い意味を持つが、タナトはもうライターを触媒に炎を起こす必要が無くなっている。
けれど彼は物持ちが良く、良い思い出は胸に強く刻みつける。
どうあれ、もし無人島に一つだけ持っていくとするなら、勿論これだと彼は笑うのだろう。
・ネメのコート
ネメから譲り受けたベージュのロングコート、内地に幾つもの留め具があり、銃に限らず色んな物を固定出来るように出来ている。
だが譲り受けた時に感じた重みの原因は全て『フレームアウト』にて撃ち尽くした為、随分と軽くなった。
勿論ネメと着丈が同じわけでは無く彼女の場合は膝下までコートの裾が来ており、少し大きめのコートに見えたが、タナトの場合は膝上少しくらいの丁度良い着丈になっている。
まるで彼の着丈に合わせて作られたかと思うくらいに、着心地は良い。
気に入っている素振りを見せると、少しだけ隣で歩く女性からジトっとした視線を感じる。
◆所持能力◆
・炎魔の契約
それは時折、一心同体にすらなれる悪魔の契約。
自身に炎を纏わせる事により、カークの依り代にする事で炎魔カークの力をその身に下ろす事が出来る。
身体力や殲滅力は目に見えて上がらないが、カークの戦闘技術に身を任せるという事はすなわち戦闘力の向上に他ならない。
通常時でも耐炎の力を持つタナトの肉体だが、カークとの融合時には炎そのものとなり熱による負傷が一切無くなる、それと同時に物理を弾く程の炎の壁を纏い、対単体に於いての防御力はかなりの物となる。
行動の所有権はお互いに譲り合う事が出来るが、基本的に戦闘に於いてはカークに任せた方が良い為、カークが主導権を握るべきだとタナトも理解している。
だが、あくまで身体自体はタナトの物であるために、タナトが強制的に行動の所有権を奪う事も可能。
尤も、それを炎魔が良しとするかはその時の炎魔の機嫌に寄るのだが。
・紅炎
その炎には指の先にも掌の上にも現れる。
カークの力を強く身に受けたタナトの炎の力は時と共に少しずつ強まっていく。
その代償が精神性がカークに似通っていく事をタナトはまだ自覚していないが、その力は思う通りに弱める事が出来ない。
だからこそタナト自身が精神を強く持つ事が必要なのだが、果たしてその精神性が似る事が悪しき事なのかは未だ誰にも分からない。
・黒炎
その炎に熱は無く、ただひたすらに気力を奪い取る。
どす黒く、粘りつくような炎は見るだけで精神を汚染するかのように見える。
実際に黒炎球として掌から敵対する相手にぶつける事も可能だが、蛇のように地面を這わせて踏みつけさせるという使い方が多い。
・紫煙
その煙に匂いは無く、ただ目の前を白く染める煙。
煙玉として放り投げる事も可能。
単純に紫の煙と呼ぶには色が違う。
そして煙草に火を付けたわけでもない、それでもタナトはこの力を紫煙と呼ぶ。
いつか見た煙草の煙が、妙に愛おしかったから、理由はそれだけで充分だった。
・炎核操作
タナトの炎によりライターに身を置くカークを顕現させる力。
自分を依り代にする場合よりもお互いが単独行動出来る為使いやすいが、時間制限がある。
カークから貰い受けた炎を使う場合は一時的にカークの力を借りる事が出来なくなるが、タナト自身に炎の力が移り始めている為にその力がどれだけ減るかは場合による。
黒炎を使う場合や、紫煙を使う場合で状況が変化する。
紅炎を使った顕現に於けるカークは本来の力を発揮する、だがタナトの紅炎の力は弱まる。
黒炎を使った顕現に於けるカークは本来の力の半分程度の力を発揮し、時間制限が早まる
紫煙を使った顕現に於けるカークは本来の力の半分程度の力を発揮し、回避性能が高まる。
『リア・ミューゼス』
人の喜びが自分の喜びに直結する彼女は、自分の喜びについての欲求が浅い。
その欲求の浅さについて彼女自身が不思議に思っているくらいに、自身より他者を想う。
自己否定に苛まれているのか、自己肯定を阻んでいるのか、それは彼女にしか分からないし、もしかすると彼女にも分からないのかもしれない。
だが、自分が救いたいと思った一人の執筆者の言葉は少なくとも彼女の心に響いた。
誰かが自分の為に勇気を出した時に、心中の氷が溶けたとするなら、もしかすると彼女も新しい何かを手に入れる事が出来るのかもしれない。
◆所持品◆
・幻想衣服
その身を誤魔化すという魔法がかかった服を愛着する彼女は、いつもその服に袖を通す度に心を撫で下ろしていた。
決して意図して何かを隠しているわけでは無い、けれど何か大事な事を隠しているような自分でも理解出来ない気持ちが彼女の頭を離れる事はなかった。
幻想衣服の本来の姿は真っ白なワンピース、どんな見た目にでも出来る彼女が人と合う時にその状態を愛用しているのは、胸を悩ませる妙な罪悪感の裏返しなのかもしれない。
それでも幻想衣服はいつでもその身を誤魔化せる、そんな安心感を抱きながら彼女はその服を愛おしそうに畳んで眠りに付く。
・退魔剣アディス
彼女に出来る事は何だろうと考えた時に、この剣の呼び名は魔剣から退魔剣へと変わった。
それは、退けるのは魔でありたいという彼女の本心から決められた一つの制約。
いつかそれを破ってしまうのかもしれない。
それでも彼女はそうありたいと思いながら、退魔剣に光を見る。
◆所持能力◆
・ドアーズ
不法侵入とセーフティロック
想像力は鍵を破る、精神力で鍵をかける。
自由自在とは言わないが、彼女をドアのスペシャリストと呼ぶ為に必要な要素は、もう幾つも無いだろう。
・ミューゼス式戦闘術
この戦闘術は傷つかずに勝つという事を第一に考える、だが第二に考える事は傷つけずに勝つという事だ。
無意味な戦闘に於いての制圧術の方法もまたこの戦闘術には組み込まれている。
倒すべき相手は一撃で倒し、一撃も喰らわない。
戦う必要の無い相手も一撃で制圧し、一撃も喰らわない
共通している事は、手を汚すにしろ汚さないにしろ、血の一滴を重んじる戦闘術だという事だ。
それは戦闘術を越えた、ある種の宗教や理念のような物でもある。
ミューゼス式戦闘術は、時にその攻撃の手を止めるという事すら戦術の一つとする。
『アル・アーテ』
不幸せを痛い程知っている彼女は今、大体いつも幸せだ。
話す事、出会う事、食べる事、眠る事、その全てが彼女にとっての幸福である。
まだ彼女が幸せを当たり前と感じるまでは時間がかかるだろう。
もしかすると、ずっと幸せなまま生きていけるのかもしれない。
彼女はいつも笑っている、天使のような笑顔が崩れる時は、唯一戦う時だ。
幸せを全身で受け止めて、何にでも興味を示して、大好きな人の後を子犬のようについていく彼女でも、幸せである為の条件は分かっている。
幸せでいるためには戦う事が必要なのだと、ちゃんと彼女は分かっている。
戦いながらも不幸せであったからこそ、その不条理を身に受けてきたからこそ、彼女は自分が戦う事が幸せに繋がるという現実が幸せでたまらないのだ。
◆所持品◆
・薄緑のリボン
彼女はつい最近"お洒落"という言葉を知った。
タナトが留守の間、彼女は大好きな姉のような存在に、いくらかの新しい宝物プレゼントしてもらった。
少し足元がスースーする服、どうすればこんな風に縫えるのか分からないような、複雑で綺麗な刺繍が手元に入った服。
彼女にとっては知らない言葉ばかりのその色んな服に囲まれながら、最初に与えられたこの一本の綺麗な布の事の名前の名前だけは覚えている。
リアに褒めちぎられた可愛い女の子の姿は、まだお兄さんには内緒のまま。
リボンは決して服ではないみたいだけれど、今はとりあえずこのリボンだけをさり気なく髪にでも付けておこうと彼女は思った。
理由は分からないが、なんだか少し恥ずかしかった。
・自変弓
「もしかしたら、そのうち俺の声も届くんじゃないのか?って思ってるんだけど、そう上手くも行かないみたいだね。
アイツらは魔法を使えるみたいだけど、俺の事は物扱いでてんで話しかけようとすらしない。
不服かと言われたら確かにそうなんだが、まぁ確かに俺は道具だから強くは言えないよな。
本来はこんなに持ち手の事を考える事も無いんだけど、あんなに丁寧に扱われちゃな。
戦闘に使ってもいないのにあんなに毎日のようにメンテナンスをするヤツなんてそうそういないんだ。
あれは生来の性格なんだろうね、武器を愛する人は武器に愛されるのも当然さ。
だけどまだまだ子供だから、上手い使い方くらい教えられたらいいんだがなぁ」
なんて声が聞こえるわけもないが、毎日メンテナンスを欠かさないというアルの武器への愛情は確かに伝わっているらしい。
『炎魔カーク』
元は随分と偉そうだった。
そもそも、悪魔の中でもその突出した力故にはみ出し者になっていた彼は尊厳を持たなければいけなかったのだ。
"我"なんて言葉はその為に覚えた、要は見せかけだ。
それが和らいでいくのは契約主の影響か、それとも仲間の影響か。
どちらにせよ彼はまだそれに気付いていない。
本能的に話し、興味の無い事には黙り、楽しい事には首を突っ込み、つまらない事は放棄する。
強さこその"我"が侭、だが"我"でなくなりつつ彼は強さを少しだけ失っている。
けれど、まるで子供が育っていくような彼の変化を、仲間達は少し嬉しく思いながら眺めている。
◆所持品◆
・仲間
まだそれを手に入れた事に彼は気付かない。
それを持っていると気付いた時、彼はそれらを所持品と呼ばなくなるのかもしれない。
少なくとも、タナトという男を我が物のように思う事はいつのまにか無くなっている。
◆所持能力◆
・燃えろ
紅い炎が宙を舞う。
だが、その炎は青には至らない。
彼にはそれで充分だったし、彼は紅い炎が好きだった。
火を付けた藁が青く燃える事は無い、ぼんやりとそれを一人で眺める日が彼の人生の殆どだった。
・見せろ
禁じられた力、だが、見ないからこそ面白いのだと、彼は心から理解した。
黙っていても彼は聞いている。案外空気を読んで黙っているだけの事も多い彼は、周りの話をよく聞いて考えている。
この力を禁じられる前、彼は神になりえる存在だった。
もしこのまま何もかもを見通せる悪魔であったなら、手のつけられない、本当の意味での炎神と呼ばれる日もあっただろう。
決してそれが幸せな未来だったとは彼も思わないだろうが。
・失せろ
戦いに明け暮れた日々は、徐々に退屈になっていった。
炎を持たずとも、彼は強い悪魔になっていく。
だからか、いつのまにかその格闘技術だけを以てしても叶う存在がいなくなっていた。
その拳を突き出し、右足を引くだけで、大抵の雑魚は目の前から消え失せる。
・手加減してやる
彼が殺すな、壊すなというのなら、付き合おうと決心した。
だが、もしそれが必要と言われた時が来たなら、その時が彼の生での最高の瞬間だと彼は密かに期待している。
それまでは手加減してやることを決めた、ある種の希望の元に約束された彼がタナトと契約して初めて覚えた力を出さないという能力。
『ネメ』
記憶を司るムネーメーという神は、自分自身の名前をまるでペンネームのようにネメと名乗った。
飄々として掴みどころが無いように見えるかもしれない、全て本当の事ばかりを吐き出しているように見えるかもしれない。
だがそのどれもに信憑性が無いと皆が言う。
嘘を言っているかも、本当の事を言っているのかも分からない。
シェオンで産まれた神の子は、物語を紡ぐべくしてその膨大な時間を創作に費やした。
だが、それはどれも上手く行かずに、彼女は物語を終わらせる為の断筆者として、一司書に身を落とした。
自らを最強と名乗るその力は計り知れないかもしれないが、それもまたブラフかもしれない。
規格外である彼女は、最強であっても、救われていない。
時折見せてしまうその悲しい表情すら嘘であるなら、一体彼女は何なのだろうか。
全てが演技かのように笑い、泣き、憂う彼女の真実は、彼女だけが知っている。
ひた隠しにしているのかもしれないし、見せびらかしているのかもしれない。
いつか、報われるのだろうか。
それとも、救われるのだろうか。
いつか、神が救われるだなんて笑い話を書いてみようか。
◆所持品◆
・わたしのすきなものぜんぶ
その趣味に使う物の名前を一々覚える程、好きなわけではない。
だがしかし、それぞれに浪漫のような物は感じるし愛情もある。
だから彼女は趣味で集めている武器を物語に持ち込む。
それは時々銃であり、剣であり、槍であり、素手である。
彼女にとっては、どれだって良いのだ。
彼女が最強と言うのなら、どれを使っても彼女は最強なのだ。
◆所持能力◆
・わたしのできることぜんぶ
大体はやってみた。やったことない事もあるけれど、多分大丈夫。
魔法も"使える" だって彼女は最強なんだから、それだけで良い。
何だって出来る、それだけで良い。
なのにどうしてだろうか、出来ることは全部出来るのに。
・わたしのおもうことぜんぶ
説明は大変だった、だから手を握れば良いという事にした。
本当の事だろうと、嘘だろうと、考える事はこの手を通して相手に伝えられる。
嘘を創作と呼べるだろうか、ならきっと彼女は物語を紡げるはずなのだ。
なのにどうしてか、その筆は上手に進まない。
人生に一度だけ最高の物語が書けるという噂は、神には当てはまらないのだろうか。
そんな悲しみを、ちゃんと誰かに伝える為には、どうしたらいいのだろう。




