次頁の向こう『フレームアウト』
その少女はその背丈も相まって、実年齢より子供に見られる事が多かった。
けれど"終わりの日"まではそれにうんざりとしながらも、彼女は確かに子供だったのだ。
だが、今の彼女を子供と呼ぶ人間はいない。
『ある日、終わりが来る』
そんな事を彼女は知っている。
それだけじゃない、背中に背負う銃器の重さも、肌を切り裂かれる痛みも、弾丸を撃ち出す度に体が軋み壊れてしまいそうになる怖さも、知っていた。
知るしか無かったのだ、もしくは死ぬしか無かった。
『いつか、終わりの終わりが来る』
そんな事を彼女は信じていた。
けれど終わりは、終わらなかった。
肉を裂き血を啜る化け物を当たり前に撃ち殺せるようになっても尚、終わらなかった。
何が原因だったかを知るには、まだ早い。
誰が原因だったかを知るには、もう遅い。
それでも、彼女にはそんな事を信じる理由があったのだ。
「ねぇ、戻ってみない?」
少女が、隣にいる背の高い男に声をかける。
「一年に一回くらい言うよな、それ」
男は少女の言葉を茶化すように笑う。
周りに人の気配は無い、老朽化した家屋と、獣の匂い。
その世界の中では、比較的平和的に見える風景。
一見すれば寂れて人がいなくなった農場と言っても良い。
植物が生い茂り、獣の足跡が散見される田舎道。
その足跡の数を見るに、獣は多そうだが、二人はそんな事を気にもせず道の原型をわずかに残した土の上を歩く。
「でも、また会いたいな……」
「死神にか?」
男が更に茶化すと、少女は頬を膨らませて反論する。
「似た名前だっただけでしょ! もっとお話したかった……な!」
少女は足を振り上げて地面の石ころを高く蹴飛ばす。
その石は草むらの中へと吸い込まれていくと、何かに当たる。
男がガサガサと音を立てる草むらに銃を向ける前に、銃声が鳴り響いた。
「まぁそりゃ、腹が減りゃイライラもするか……」
男は呟くと、少女は音がしなくなった草むらに入り、猪の足を引きずりながら顔を出す。
「気付いてたのか?」
「気付いてなかったの?」
少女がニヤっと笑うと男は溜息を付く。
「いつまでもお嬢ちゃんじゃいられない、か。
まぁ反抗期じゃないだけマシかもな」
あの日終わったのは、世界ではない。
食い合い、殺し合い、人が終わった世界は自然に溢れている。
少女一人と男が一人、アテのない旅に絶望感は無かった。
「血、飲む?」
「いや、コイツで良い」
男は酒のボトルを取り出すと、そのままボトルに口をつけて少し飲み込む。
「もうロクに酔えない癖に……」
少女は男が猪の血を見ている事を知っていたが、あえてそれを無視しながら手慣れた風に肉を切り分けていく。
「私は食べなきゃダメだけど、食べなくていい体でも娯楽としては楽しめると思うんだけどなぁ」
「だから、コイツがそうなんだよ」
男は酒のボトルを振りながらおどけて笑う。
「次は何処に行こうかね」
男は猪の解体を続ける少女の横に座り込んで、煙草を取り出す。
それを見て少女は少し眉を潜めてから、胸ポケットからそっとライターを取り出して、なるべくライターに血がつかないように男が口に咥えている煙草に火を付けた。
「だから、あのホテル戻ってみようよ。
アレから沢山の人に会ったけどさ、誰も知らないって言うし」
男は黙って、澄み切った青空へ雲を作るように紫煙を吐き出す。
男は知っている。
少女がそのライターをとある女性から貰い受けて数年、一度もオイル交換をしていないのだ。
煙草を吸うのは自分だから貸してくれと頼んでも少女は頑なにそれを渡そうとはしなかった。
金属製に見えてその中身が見える不思議な装飾から、一見すると何かの武器か兵器かのようにも見えたが、火をつける以外の事は出来ない。
だがその代わりに、一度少女を銃弾から守った。
中にあるオイルが見えるような構造になっているのにも関わらず、ライターには傷一つついていなかった。
だから男はそんな物を持っていた男女と出会った、あの奇跡の一日が本当の奇跡だということを知っていたのだ。
「いつか、いつかな」
男は少女の頭をポンと軽く叩いて立ち上がる。
いつのまにか少女も肉を上手に捌き、袋に詰め終わっていた。
「うん、いつか」
血に濡れた手を水筒の水で洗い流し、それよりも丁寧にライターに少しだけついた血を洗い流した。
「早めに食べなきゃね、これ」
少女は重そうな袋を男に手渡すと、男は煙草を足でもみ消し、その袋を背負った。
「重いな、こんなに食うのか?」
「そりゃ、生きる為だしね。
あと、成長期だし」
胸を張る少女を見て、男は「それもそうか」と笑った。
「次の街は何か面白い事あるかなー!」
一つ前に訪れた街も、その前に訪れた街も、銃声ばかりを響かせた。
時折生きている人間に会う事があっても、必ずしも友好的だとは限らなかった。
希望よりも絶望の方がずっと多い世界で、ステップを踏むように前を歩く少女の名前を、男が不意に真面目な口調で呼びかける。
その声に「大丈夫だよ」と少女が優しく男の名前を呼び返す。
「奇跡は普段、見えない所にいるんだよ。
だから大丈夫、きっとね」
優しく笑う少女の顔は、もういくらか大人びはじめていた。
少女は覚えている。
いつか会った二人の男女がもたらした奇跡の一日の終わりに、女性が自分の耳元で囁いた言葉。
「終わりの終わりに、また会おうね」と微笑んだ女性の顔を忘れた日は無かった。
そしてそっと渡されたライターはどれだけ使っても壊れる事はなかった。
だから少女もまた、男と同じように奇跡に気付いていた。
どうしてその女性が少女にそんな物を渡したかという事は、少女にはわかりようも無かったし、言われた言葉の意味も分からなかった。
それでも、少女はその言葉を気に入っていた。
『終わりの終わり』が来るとしたら、それはきっと幸せだと信じていた。
目の端から消えてしまった奇跡が「また会おう」と約束してくれた事を、少女はずっと覚えている。
だから、少女は『終わりの終わり』までずっと希望を抱いて生きていくのだ。
何故なら、その終わりにまた奇跡と出会えるのだから。




