第四十七筆『いつかまた一緒にお酒でも飲もう』
俺とネメが『フレームアウト』からシェオンに帰還した後の処理は楽な物だった。
「一応成功だしね、何もらってく?」と光に包まれる寸前のとてつもない独白を無かった事にしてさらりと言うネメに相変わらず妙な不信感を抱きながらも、俺は考える。
「あの世界、重火器以外に貰える物あったか?」
訓練をしていない都合上重火器をもらった所でどうしようもないのは目に見えていた。
俺はあの世界の中で触った全ての銃を、近距離用の爆弾かのように使っている。
「私は最強だからいらないし、もう貰える立場でも無いからなぁ」
あっけらかんとしながら、ネメはそそくさと本を手に取りパラパラと捲っている。
「んー、タナくんが一番心に残ってる事って何?」
そう言われてあの世界、というよりもあの彼らの事を思い出す。
「煙草の煙……」
思えば戦いの始めも、戦いの終わりも紫煙が揺れていた。
感情が込められたかのようなその行為の意味は、最初と最後でどちらも違ったが妙に印象的な光景だった。
「じゃあそれだ。目くらましにも丁度良いし、煙をもらえば良いよ」
「もらうって言っても、俺は煙草をやらないんだが……」
「あー、物はいらないよ。
最終的にあそこでは魔法が許されてたでしょ? まぁもう誰も使う人はいないけど……。
だからね、あの煙を燻らすという行為自体を貰っちゃえば良い」
そんな都合の良い事があるかと言われると、あるような気がするのがこのシェオンという世界だ。
「最終的には生き死にまで貰えるんだから、ある程度のワガママは許してくれるの。
だって、この世界こそが正しき世界、全ての物語の母体なんだから」
その言葉にはある種の信仰が見て取れた。
それはきっと、俺がこの世界の産まれでは無く、ネメがこの世界の産まれだからなのだろう。
勿論、俺自身が此処にいて、別の世界へ行って戻ってくるのが何よりの証明ではあるが、この世界すらも誰かの物語の中だと疑った事は無いのだろうか。
だが、そんな疑問をぶつけてもしょうがない。
俺はそんな疑いを心の隅にしまって煙を思った。
「じゃあ、最後にコツを教えてあげよう」
そう言って、ネメは俺の目をじっと見据えて、低い声で俺に語りかけた。
「キミの煙は、どうやって出来る?」
ネメの問いが、まるで催眠術のように頭に響く。
「指と、指から」
気がつくと俺はそんなことを答えていた。
昔そんな玩具を見たことがある気がする。
「キミは煙を貰った。それは指を擦れば現れる」
言われるがまま、俺は想像の通りに指と指を擦り合わせる。
すると薄っすらと煙が立ち込めた。
「でもそれだけじゃ目くらましにはならない。
だからその煙を手で包み込んで、深く、深く……」
煙はまるで質量を持つかのように、俺の手の中で圧縮されていく。
「離してごらん。
ピンを抜かずとも、煙草を燻らせずとも、もう紫煙はキミの物だ」
まるでこれは本当に催眠か、または強い自己暗示だ。
だが、どちらにしろこの手は確かに、煙っている。
そっとその煙を床に放ると、部屋全体が煙に包まれた。
「なーんも見えないね。でも煙くないのはキミの印象が良かったからかな。
ほーら! シャキっとする!」
彼女が俺の背中をパンと叩くと同時に、煙は消え失せた。
煙に匂いが無いのは、きっとジョンが吐く紫煙が不快な血の匂いをかき消していたからなのだろう。
「あぁ……やっぱり、未だに知らない事ばかりだな」
「そーりゃそうさ。これから沢山知ると良い。
キミが私くらい最強になったら、いつかまた一緒にお酒でも飲もう。
その時は私の事もちゃんと話したげるよ、これじゃなしにね」
そう言って手をヒラヒラと振った後に、文庫本くらいの大きさのデバイスを俺に渡すと、机から本を取り出し部屋を後にしようとする。
「ん、それじゃ後はそれ見ればいいから、おつかれ司書くん!。
それと、そのコートお気に入りだから大事に使う事!」
俺はネメからもらったコートの端を軽くつまみ上げてから、手を振った。
結局ネメという女性には振り回され続けた気がする。
本当を本当として、嘘を嘘として、本当を嘘として、嘘を本当として、ゴチャ混ぜにしているようだった。
最後にもらった記憶には、正負で言えば正の感情が詰まっているように思えた。
まるで悲しい事が全て嘘で、楽しい事が全て本当のような。
けれど、それを真正面に信用出来る程、俺は彼女の事を知らない。
だからこそ、きっとまた近いうちに会う事があるのだと思った。
少なくとも、お互いに悪いパートナーではないと思っている事くらいは本当のはずだ。
「変なヤツだったな」
しばらく黙りこくっていたカークが呟く。
この炎魔も妙に気まぐれなヤツらしく、興味の無い話は知らんぷりを決め込む。
感動や感傷のような物とは無縁らしい。
だが、聞いているのは間違い無いのだろう。
それが彼にとって面白いかは、分からないが。
「今まで変じゃないヤツがいたか?」
「それもそうか。だが、あれ程感情がグラついているヤツも珍しい」
カークは人間の感情に関して、決して疎く無い。
それどころか、興味がないだけで感情の機微を読む事には長けているとすら言っても良いだろう。
「何が嘘で、何が本当なんだろうな」
俺が言うと、カークは笑う。
「全部本当だろうよ。お前が最強とやらになれば、分かるらしいな?」
カークは笑いながら、それ以上の事は何も言わなかった。
『全部本当』という言葉だけが、彼女の色んな笑顔と共に胸に残っていた。
一人残された部屋でデバイスを触ってみると、それは至極簡単な操作でかつ何にでも使えそうな代物だった。
何処から集めてきたのか分からない自分の情報や、見取り図、所持金、自室までのナビゲート、その他諸々が表示されている。
それを見て初めて、どうやら俺にも自室というものが与えられていて、この場所で使える通貨が与えられている事を知った。
喋りたがりの癖に、面倒な事は一切言わないのがネメらしいなと少し笑った。
だが、不思議な事にリアがこのデバイスを使っていた記憶は一切無い。
俺だけが持てる物なわけでもないのに、どうしてだろうと思いながら、俺は昔使っていた電子機器によく似たデバイスを手慣れた動作で使う。
俺は転送用の部屋を出て、ナビゲートに従って自室を目指す。
「何処へ行くつもりだ?」
至極当然な疑問をポケットから投げかけられ、俺はデバイスを振って答える。
「どうやら俺の部屋があるらしい」
「その前に、アイツらに会ってやらなくていいのか?」
カークにしては珍しく気を使った言葉だった。
それを指摘するのも野暮だったから言わなかったが、思った以上に仲間意識は芽生えているらしい。いつの間にか言葉遣いも温和に聞こえる。
尤も偉そうなのは変わり無いのだが。
「とは言っても、リアの部屋を覚えてないんだよな……」
そう言いながらナビゲートに従い廊下を歩く。
すれ違う人は相変わらずいなかった。
これだけ広いっていうのに、何かおかしい。
不信感を抱くというには些細ではあるものの、これだけ続くドアの中に果たして人がいるのだろうか。
そんな事を思っていると、デバイスから音が鳴った。
「どうやら此処らしいな」
カークから少しだけ期待しているような声が聞こえる。
「開くのかね、まぁ入ってみようか」
そのドアノブを捻ろうとドアに近づいた時に、カークの声色が明るかった理由が分かった。
中から、コソコソと喋る聞き慣れた二人の女性の声が聞こえたからだ。
新居に先に入り込むとは、俺には随分と悪戯好きな仲間がいるらしい。
「……ただいま!!」
俺は少し大きな声を出しながらドアを思いっきり開ける。
するとその勢いに「っわああ!!」という声と「ぴっ!!」という小さい悲鳴が聞こえ、ポケットからは愉快そうな笑い声が聞こえる。
「住心地はどうだ? お二人さん」
少しだけ頬を膨らませているリアを見て思わず俺は吹き出す。
アルは驚いた物の、嬉しそうにこちらに駆け寄ってきて「お疲れ様です!」と笑いかけてくれた。
「先回りしてるって事は知ってるとは思うけれど。
まぁ、何とかなったよ」
そう言うと、リアも顔を綻ばせた。
「大丈夫でした? 厳しくなかったですか?」
その言葉に俺は肩をすくめながら笑う。
「話せば長い。
あぁ、確かに話せば長いんだ。
でも手を握るだけよりは、こっちの方が俺は好きかもしれないな」
その言葉にアルは不思議そうな顔をしていたが、リアは笑いながら頷いていた。
「ま、まずはその一張羅の説明からですかねー!」
コートを引っ張ってソファへと誘うリアの意地悪そうな笑みに一瞬たじろぐが、その雰囲気はやはり暖かく、悪くないなと笑った。
薄っすらと世界への不信感が、人の暖かさで溶けるのならば、いつかネメという女性の心を理解出来る日も来るのかもしれない。
俺は、嘘か真か分からない相棒の事を想いながら、ひとまずは仲間達と共に暫しの休息を楽しむ事にした。




