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次頁【ネクストページ】の代理人  作者: けものさん
第三冊『フレームアウト』
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第四十五筆『終わらせる人と続きを創る人』

 都合の良い展開ばかりじゃ、物語はつまらない。

けれど、都合が悪いばかりでも、物語は終わらない。


――だから、俺達は考える。


 何が現実かという問いは愚問だと思った。

見えているこの風景が現実だと思う事にした。

俺がシェオンに来る前にしていた事を思い出しても、やっていた事はつまり同じだ。

人生の続きを生きる為に、物語の続きを書くために、必要な物は同じ。

向き合って、考えて、前に進むしか、無い。

「トリガーは私一人でも引けるけど……?」

 ジェーンが持ってきたサブマシンガンをニュービーに撃ち続けながら、ネメは未だ彼女を邪魔するようにトリガーに手をかけている俺の顔を心配そうに覗き込む。

「そう、そうかもしれない。

 けど、これじゃアイツは倒れない、だろ?」

 俺はクク……と小さく笑う。

考えるのが面倒だと、戦いを投げ出した負けずの炎魔の癖がうつったのかもしれない。

「だから、こうする。

 反動も、半分に分けよう」

 俺は、ネメの指の下に自分の指を滑り込ませ、もう既に引かれているトリガーに触る。

そして、その弾丸の一発一発に、伝わるように熱を送り込んだ。

一瞬、銃身が揺れるが、ネメは慌ててそれを元に戻す。

「ちょっ……!」

 数秒で銃撃は止まる。

当たり前だが、その爆発力に銃が耐えられないのだ。


――だが今この時に於いて、そんな事は、無かったことに出来る。


 この銃はネメが手にしている。

だから、その手につけているシュシュによって無限に撃てる銃と化しているが、それでも尚ニュービーが倒れないということは何となく分かっていた。

ならその一撃の威力を高めればいいだけの話だ。

「時が戻るって言うなら、いくら壊れたって、関係無いよな?」

 無限に撃てるギミックはもう既に聞いた。

撃ち込んだ銃弾の時間軸を捻じ曲げ、銃痕だけを残して銃弾は銃の中へと戻す。

言わば、単純且つありえない魔法がその手の先で起きているというなら、壊れた銃の時間軸を戻す事だって、可能だ。

『発射されたという事象を巻き戻す』というのなら、その発射の際に起きた事象もまた、巻き戻っている。

これはネメの言葉を額面通り、都合よく受け取った俺の、博打でもある。

だが、彼女の顔と、すぐにまた鳴り響く銃声を聞いて、博打には勝った事を確信した。

「……あはは。キミ、思った以上にネジが飛んでる。

 流石に私もびっくりだ。勝つ為に私の力を使うなんてなぁ」

「一応、この物語では相棒だろ?」

 尤も、これ以上の不都合を物語が突きつけてくるなら、お手上げだ。

それでも、これが俺が考えうる限り、現時点での最大火力。

信じるしか、無い。

「あー……、そうだね。

 キミにとっては、これもまた物語だもんね」

 

 俺はその言葉を聞いて、ハっとする。

そしてネメもまた、バツの悪そうな顔をしていたのが見えた。

よく考えると、彼女はあくまで監査官であり、教官であり、俺はテストされる側なのだ。

実地でのテストとは言え、何十何百の物語の先にいるネメから見たこの物語、あの二人は、果たして救うべき存在なのだろうか。

俺が彼女に感じていた何処か演技的な振る舞いが、何か知られたくない感情を隠す為のものだとしたなら、俺は大きな勘違いをしていたという事になる。


 俺は救おうとしていた、少なくともあの二人の事を。

それを正解と言った彼女は、果たして俺がそれを選ばずともこの選択へ導いただろうか。

目の前でニュービーの肉片が弾けていくのを見ながら、聞くべきでは無いと思いながら、俺はその一言を口にする。

「まさかお前は、どうでも良かったのか?」

 後ろからの銃声に、ニュービーの腕に穴が開く。

ジェーンもまた、戦っている。

俺もまた、彼女の為に戦っている。

ジョンもまた、戦っていた。


――けれど、ネメはどうだった?


「あー、いや。……どうだろう。

 どう、なんだろうね」

 その顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。

彼女はただ寂しそうに笑う。

何百という銃撃に、ニュービーの命はもう、尽きる寸前のように見える。

原型が崩れて尚、俺達はトリガーを離さない。

「ネジが飛んでるのは、お互い様だったか」

 そう言うと、数秒の無言の後、ネメは大声で笑った。

銃撃の音にかき消されながらも、暫し笑った。

涙が目尻に溜まり、彼女は両目を空いた左手で拭う。


 そして、ネメは自然な笑顔で、ただ一言


「分かんないや」


 と呟いて、トリガーから手を離した。


 俺だけがトリガーを握ったままの銃はすぐに壊れ、銃声は聞こえなくなった。

物語は負けを認めたのだろうか、ニュービーはもう動かない。

ジェーンがジョンに駆け寄って、何かを必死に語りかけている。

そして、彼女の腕にジョンが弱々しく噛み付いたのを見て、俺達の役目はこれで終わったのだと感じた。

ここから先は、あの二人で解決していくのだろう。


 俺とネメは遠巻きに、ジョンがニュービーとして命を取り戻して行く様を眺めていた。

「沢山、見てきたけどさぁ」

 ネメが、小さく呟く。

見てきたとは、司書の事だろうか、それとも物語の事だろうか。

「私はこういうの、ダメなんだなって思った。

 それだけはきっと、確かなんだよなぁ」

 意図が分からずネメの顔を見ると、彼女は少し呆けた様に苦笑した。

「ふふ、キミは物語が好きなんだよ。

 で、も! 私はやっぱり違ったんだなぁって思って」

 そう言って笑ったネメの顔は、もう見慣れたアクトレスの演技だった。

それでも、彼女は一つも嘘を言っていない。

ただ笑っていた、戯けていただけだ。

その心の中を明かさなかっただけの事、それを誰が責められるだろう。

「シェオン育ちで、これを続けていたら、嫌にもなるんじゃないか?」

 慰めたつもりも、フォローを入れたつもりも無かった。

彼女は自分を神と名乗っていたのだから、おそらくはどの物語にいたわけでも無い。

サライブが神様の図書館と呼ばれ、その監査官が神を名乗る。

それは彼女の見た目や言動に関わりなく、そういう事なのだと思った。

「あーはは、分かってるね。やっぱキミの事は嫌いじゃないなぁ。

 でも、ちょっと妬く。私は終わらせる人で、キミは続きを創る人なんだ。

 私に続きは書けない。だから私は、キミが少し妬ましい」

「終わらせる人と続きを創る人……」

 ネメに続いて小さく呟くと、言葉の重みが乗しかかってくるようだった。

だが彼女はその重みを感じないかのように淡々と言葉を続ける。

「どちらが正しいってわけじゃ無いよ。

 けれど、私達のように終わらせる事を選んだ司書は多い。

 キミがもし続きを、物語に拒まれたとしても続きを書こうとするなら、覚悟しなきゃね」

 そう言って、ネメはこちらへゆっくり歩いてきたジョンとジェーンの方に歩みを進める。

彼女の言葉は淡々としていても、演技では隠せないその憂いを見て、俺は何も言えずにただ立ち竦んでいた。


「それでも!」

 ネメが張り上げた声に、その場の全員が少し驚く。

その表情は見えなかったが、大きく掲げた手の先には、彼女のお気に入りが握られていた。

「せっかくの続きを邪魔する奴は、なんでか私も腹が立つんだよね!!」

 彼女が思い切り放り投げた手榴弾を目で追うと、その先にはさっき倒したはずのニュービーの欠片が蠢いて、一つになろうとしているのが見えた。

破裂音と共に、こちらへ振り向いた時のネメの笑顔は、きっと演技では無かったと俺は信じたい。

 

 ネメ自身の物語もまた、終わらずに続いていくのだ。

いつか、彼女が演技せずとも良い展開が訪れる事を願ったのは、きっと俺もまた彼女の事が嫌いじゃなかったからだ。

人生と物語を同一視するなんてナンセンスだと笑われるかもしれない。

それでも俺は、誰かが少しだけ幸せになる物語を考えていたかった。

俺が笑顔のネメに軽く手を振ると、彼女は笑いながら俺にだけ見えるように小さくピースサインを作る。

そのピースと一緒に、彼女の右腕のシュシュが小さく揺れていた。

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