第四十三筆『呪われた者同士、殺し合おう』
俺が出し抜いたのは、何だったのだろう。
物語は生きている、生きているならそれは一体、どんな存在なのだろう。
そんな事を考える余裕なんて、今までは無い。
――ただ、撃ち尽くし、燃やそう。
今はただ、そんな事ばかりが頭の中に溢れていた。
左手に纏う紅い炎に一筋の黒色が混じるのを見ても、不思議だとは思わなかった。
黒炎もまた、目の前で渦巻く呪い達に反応するように疼いているのだろう。
「おい、大丈夫か?」
ポケットからカークの声がする。
その声を聞いて脳裏に浮かぶのは、彼の姿だ。
初めて会った時の、威圧的な彼の姿とその力を体現したような姿。
だが今はそれ以上に明確な、創作が自分の中で完成しつつあるのを感じる。
ある種の万能感に酔わされているのかもしれない。
頭のネジが緩んで、動くべきでは無い歯車が急速に回り始めたような感覚。
「あぁ、大丈夫だ。そのうちにきっと、お前も暴れられるさ」
そう言って俺は、肉塊共の中へと飛び込んだ。
ニュービーの数は思ったよりも多くは無い。
今視認出来る限りで、十数体。
そのうちでデカブツが二、三体いるくらいだ。
そのどれもの動きが俊敏ではなく、さっきのジョンの動きと比べればなんてことは無い。
だが、彼らの食い合う習性から考えれば、獣化に至らせると厄介だ。
「せっかくだ、俺達は燃やす役目を担おうじゃないか」
少し前にいたニュービーの足が吹き飛び、実に人間的な叫び声がホールに木霊する。
おそらくはジェーンの銃撃だろう。俺はすかさず倒れ込んだニュービーの頭を掴み、全力を以て炎の餌にする。
そこに残るのは灰だけだ。炎がその全身を食い尽くした後なら、あいつらはお互いを食い合えない。
「浮かれているな」
「あぁ、どうしてだろうな」
カークの言葉に肯定しながらも、俺は少しだけ苛立ちを覚えていた。
物語と戦うという皮肉が、物語を騙すという驕りが、物語の上に立つという傲慢さが、俺の心をひたすらに乱している。
たとえそれが正解だとしても、俺達は言葉の上に立つべきではない。
せめて、せめて対等であるべきなのに、それなのに。
――どうしてお前は、先に行くんだ。
お前が先に行って暴れるのなら、俺も追いついて止めなければいけない。
作者が投げ出しただけで、お前は腐って、暴れて、壊れて行くのか。
生きているのなら、神が、創造主が消えた世界でも、血反吐を吐いて生きるべきではないのか。
右手から零れ落ちた黒い炎は、蛇のように床を這い、何匹かのニュービーの足を捉える。
そしてそこから逆流してくるのは真っ白な呪い。
それは当たり前だ、コイツらはただの化け物でバックボーンなど一つも無い、殺される為の存在。
それでも、彼らが身に纏う吸血衝動と進化の呪いが、数式か何かをナイフで刻むような痛みと共に、心へと染み込んでいくのが分かる。
「ッ……! だからって仲間にはならねえよ……!」
その半身まで黒炎に包まれたニュービーに、俺はコートから取り出したデリンジャーを突き付ける。
藻掻く気力など、あるはずもない。
黒炎は俺がスレイヴガンドから受け継いだ呪いだ。
それがどれほどの怨嗟の塊なのかは、想像も付かない。
この炎には熱も無く、痛みも無い。
ただひたすらに、その闇で気を奪うのだ。
――だから、簡単に近づいて、殺せる。
初めて撃つデリンジャーのトリガーは酷く重かったが、そんな事も気にならないくらいに、俺の感情は昂ぶっていた。
頭に大きな穴を開け、仰け反り倒れ込むニュービーが、数十秒のうちに三体。
その死体はすぐに燃やし尽くされ、そして近くには銃口が壊れたデリンジャーが落ちていた。
自分がやった事なのに、何処か違和感があるのは、俺もまた呪いに囚われていたからなのかもしれない。
「撃つ必要があるか? 動けないのであれば燃やせばいいだろう」
カークが不思議そうな声で聞いてくる。
「あぁ、叫び声を聞くのが嫌なんだ」
ニュービー達がまるで人かのように、痛がるのが不快でならない。
だがそう思っていても、叫び声は止まらない。
ネメが、ジェーンが撃ち、銃声と共に叫び声は響き、ジョンがその爪でどこかしらを切り裂く度に叫び声は響く。
俺はその声を一つずつ潰すように、トドメを刺していった。
「なんか、手応えねえな」
その台詞が少し前にいたジョンから聞こえたのは、もうニュービーが残す所数体になった時だった。
「あぁ、そうだろうな」
きっと、言うと思った。
そして、それが合図だと気付いていた。
――だから苛ついていた。
まだ、物語は俺達の上を行こうとしている。
これは駆け引きなんて崇高な物じゃない。
まるで意地を張る子供を見ているような、酷い物語だ。
「下がれ、手強いのが来るぞ」
俺は存在自体の認知はしていなかったが、カークはおそらく存在自体に気付いていたのだろう。
彼は冷静な声で俺達に後退を促した。
「ジョン! 残りは俺がやる。ジェーンのとこまで走れ!」
俺が改めて大きな声で前にいるジョンに後退を促すと、彼はこちらの顔を一瞬見つめてから、頷いて後退していった。
「それでタナト、お前はどうする。
いくら我の力があろうと、その豆鉄砲程度でどうにかなるヤツではなさそうだが」
カークの問いの答えを考えながら、俺は残ったニュービー二体に近づき、デリンジャーを撃ち込む。
そして上を見上げると、黒く、大きな目がこちらを見ていた。
「さっき言ったろ? これじゃ、つまらないんだ」
俺は、右手の周りで揺らぐ黒炎を、全身へと纏わせていく。
熱も、痛みも無い。
そこにはただ、呪いだけがあった。
『これだけ書いたって誰も読まないなら、やめちゃえばいいんですよ』
『設定は少し良かったんだけどね』
『誰も気にしてないんじゃない? だって誰も読まないんだから』
――そう、そうかもしれない。
それでも俺は、物語を愛していたんだ。
けれど、これが主を失った物語の出す答えだと言うなら、俺もこの身を以て応えよう。
「お前は……、狂いでもしたか」
いつの間にか、この悪魔と同じ場所に立っていたのかもしれない。
「どこかしら狂ってないと、筆は走ってくれないもんなんだよ」
その言葉に、カークは初めて苦笑の声をあげた。
「面白い、という言葉を皮肉に使ったのは初めてだ。
しかし、愉快ではある」
俺とカークが話していると痺れを切らしたのか、大きく赤いニュービーが落下してくる。
ソレは瓦礫を押しつぶし、地面を揺らした。
両の手は血で染まり、俺を見つめる大きいたった一つの眼は真っ黒に淀んでいる。
そしてその黒い眼球の中に、文字通りに赤が血走っている。
黒をかき分ける程の赤が、その眼球から体全身へと行き渡り、その全身が血管のように脈打っていた。
これは獣化ニュービーとも違う、正しく人として壊れていった姿だ。
鋭い爪も、その口から覗く牙も、生きる為に、殺す為に、啜る為に。
それを醜いとは、言いたく無かった。
ただただ、悲しみと怒りを孕んだ目で、俺もニュービーの目を見つめた。
「これが、お前の限界か」
その言葉は、一体誰に向かって言った言葉だっただろう。
目の前のニュービーか。
物語か。
それとも……。
「ソウダヨ」と呪いが、代わりに返事をした。
それは随分と聞き慣れた声で、心が暗い闇へと沈んでいくのを感じる。
そろそろ、黒炎は俺の体の全てを包み込む。
目の前のニュービーはグググ……と唸りながら、こちらを見ている。
申し訳程度の殺意のような物を感じる、だがそれ以上に侮られているのだろう。
おそらく、このニュービーにとって俺は捕食対象、その程度の知能は進化して尚残っているのかもしれない。
ニュービーはネメやジョン達に背を向けている状態だが、銃声がしないあたり状況を伺っているようだ。
ネメは勿論、ジョンだって俺よりもずっと強いが、あの三人にこの不愉快な殺意が向かなかった事を少しだけ気分良く思った。
「じゃあ、呪われた者同士、殺し合おう」
ニュービーの体がこちら側へと揺れ動く。
きっと、届いたのだ。
よりにもよってこんな言葉ばかりが届く。
「カーク……、使え!」
そして俺は、この体に纏った黒炎を以て、自身を依り代にカークを顕現させた。
顕現と同時に起きた爆発に痛みは無かった。
こちらに攻撃をしかけようとした大型ニュービーが大きくよろけ、俺の体からは黒炎が吹き出していく。
向こうにこちらを見ているネメ達の姿が見えたが、その顔は決してこの状況を喜んでいるような顔では無かった。
それでも、構わない。
――今日はもう、主人公を立てなくてもいいのだから。
「じゃあ……、暴れようぜ」
言いながら俺は自分の姿をチラリと確認する。
コートからは小さく火花が散り、赤く揺れている。
両手の爪は鋭く伸び、銃は撃てそうも無い。
カークに委ねたはずの体だったが、どうやら俺にも動かす権限は残っているらしい。
「行けるか? カーク」
俺は俺に問いかけると、俺がクククと笑う。
「ああ、足を引っ張るなよ」
独り言のように俺達は言い合うと、俺の黒炎によって身動きが鈍っていたニュービーに一歩近寄った。
その黒炎が振るい落とされる事を、俺は展開として予想していたし、カークは感覚で理解していた。
だから、次の瞬間その腕が俺に飛んで来ることは、俺もカークも分かっていた。
「甘く見るなよ」
その言葉は、誰の言葉だっただろう。
そして、誰に言った言葉だっただろう。
俺達は両の爪でその腕を受け止める。
俺は右手を出し、カークは左手を出したらしい。
そして、力押しで、ニュービーを押し倒すと、カークは俺の声で叫ぶ。
「風穴を開けろ! 切り裂け! 終わりたくないならば抗え!」
それは、この物語への最終通告のようにも聞こえた。
それと同時に、この物語の主人公達への、希望の一声のようにも聞こえた。
黙り続けていた間、カークにも全ての話が聞こえていただろう。
だからこそ、その言葉には滾る程の彼の熱が込められていた。
もしかすると、彼は奥深くに義勇のような心を持ち合わせているのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺はカークが進むままに、その体の権限を彼に委ねた。




