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次頁【ネクストページ】の代理人  作者: けものさん
第三冊『フレームアウト』
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第四十一筆『そいつは、こっちの台詞だろうが』

 それを見たのは映画だろうか、それとも本で読んだのだろうか。

ともかく、いつか想像上、創作上の吸血鬼が言っていた言葉を覚えている。


『血を吸うなら直接が一番良い、酸化した血は飲めたもんじゃない』

それを言ったのがヒーローだったかヴィランだったかは記憶に無いが、それでも理に適った話ではあると思った。

酸化すると不味くなるのは、ワインであれ血であれ同じという訳だ。

もしかすると赤ワインが酸化して不味くなる事から、それを血に見立てて誰かが書いたのかもしれない。

それに吸うなら女の血だ、何故なら吸血鬼はいつも男が描かれているから、エロティックにサスペンス。

それが妙齢の女とまでは言っていたかは覚えていないが、襲うならネメだろうという予想は何となく感じていたものだった。

尤も、今この物語はエロティックでもサスペンスでも無く、アクションそのものだ。


 だから、ジョンがネメを真っ先に狙ったのは、強いて言うなら至極単純に目の前に彼女がいたからなのかも知れない。

「急所は外してあげるから、簡単には死なないでよね……ッ!」

 それは鋭利に伸びたジョンの右爪がネメの左肩を切り裂く寸前に、ネメが祈るように放った言葉だった。

破裂音が響き渡る数秒の間に、目の前にいたジョンとネメの二人は大きく距離を取っていた。


 ネメの肩を切り裂こうとしたジョンの右腕は思い切り後ろに引っ張られるかのように大きく弾け、その勢いと共にその身体も数メートル後ろへと後退し、ネメもまた発砲の衝撃を逃がすかのように右斜め後ろへとステップしていた。

唸り声を上げるジョンと、難しそうな顔をしているネメは睨み合ったまま動かない。

ネメが迷い無くトリガーを引いたであろうその右手の先には、さっきまで使っていた物とは違う銃が握られている。

銀色にギラつくソレは、見るからに重厚感を感じ、本来ならば片手で撃つ銃では無い事とおそらく六発装填であろうことだけは分かった。

「あー、コイツでも千切れないんだなぁ……」

 ただ、ネメのその言葉で威力が違う事くらいは分かる。

それに、彼女が発砲時に衝撃を逃がす動作をしたのを見たのも初めてだった。


 ジョンの右腕に開いた穴から血が吹き出るのが見える。

心配そうに見ているジェーンの目を見もせずに、ジョンはネメだけを見据えていた。


――こんなにも自分を心配している人間がすぐ隣にいると言うのに。

 戦闘の傍観者として思考を巡らせながら、苛立ちを覚えている自分がいた。

それでも、衝動とはそれほどまでに人間を狂わせるという事実が、自分の胸にも痛く響いた。


 飲む、飲む、飲む、書く。

 飲む、飲む、飲む、飲む。


 俺が現世――地球で死ぬまでのアレは衝動だっただろうか。

比べて良い事だとは思わない、だから一人で思案した。

それでも、もし俺の隣に誰か、救いをもたらす人間がいたとしたら……、そう考えると、武器も何も持たない右手は自然と握り拳へと変わっていた。

「何か、出来ないもんかな」

 二発目の銃声に紛れて呟いた声が震えている事が自分だけに分かった。

ネメは器用にジョンとの距離を取りつつ、そして俺にジョンを近寄らせないように立ち回っていた。


「出す手も無いだろうが、手を出してやるなよ。

、邪魔なだけだ」

 三発目、四発目の銃声を割って、頭にカークの声が響く。

ネメは宣言通り、あえて決定打を避けている。

撃つのは全てジョンの四肢、だがふと気付けばネメが最初に銃弾を撃ち込んだジョンの右腕の穴が消えている事に気づき、この戦闘に終わりが無いという事に気付く。

ジョンの勢いは止まらない、ネメとのすれ違いざまにそこら中に倒れ込んでいるニュービーの腕をもぎ取り食いちぎる。

殺すわけにはいかない、救うと決めた以上、噛みもせず飲み込む間ネメすらも傍観する他無い。

制約に縛られた俺達とは違って彼らがより強く生きるには、食い、啜るだけで良い。


 そのうちに上階が騒がしくなり初めた。

ドシン、ドシン天井が揺れている。

とうとう、おわらせに来たと言うわけだ。

ネメとジョンの戦いは終わらずとも、俺ら全員の終わりはそう遠くない。


 不条理極まりないと思った。

物語の手のひらの上で、遊ばれている。

クライマックスだと言うのなら、もう少し手加減をして欲しいところだ。

「まだ、こっちの話も済んでないってのに」

 ジェーンは救われなければいけない、ジョンもまた救われるべきだ。

ハッピーエンドこそ全てではない事は分かっている。

ネメが物語の悪の元凶ごと撃ち抜いた何かの物語の主人公は、バッドどころかデッドエンドだ。

けれど、この物語はまだ間に合う。

 安易に、苦しんでまでハッピーエンドを望む、都合良い考え方だと思った。

だが、この物語の作者はエンディングを放棄したのだ。

ならば、その先を書く権利を持っているのは、俺達だけだ。


 思考を巡らす、ジョンにとって、一番大事な事。

血を吸うよりも、生きるよりも、理性を飛び越えてまで、守るべきは、ただ一つ。

そんな事は分かっていた、巡らすべきはその方法。

「損な役回りは、戦えないヤツの特権なんだろうな」

 拾い上げるのは、さっき獣化ニュービーを撃ち殺すのに使って壊れた銃。

俺はその銃をそっと、不安そうにジョンを見つめる少女へと向ける。

ネメとジョンが丁度睨み合っている所だったのが幸いした。

ネメは一瞬こちらを見たが、ジョンに至ってはもはやネメしか見えていない。

俺は少し不安げなネメの視線を受けながら一歩ずつジェーンへと近づいていく。


「あ……あ……」

 俺に気付いたジェーンから漏れる小さな声。

「なぁ、お前は、俺に殺されてもいいか?」

 隣に立って、彼女に語りかける。

「い、嫌……」

 そして俺は、壊れた銃から数発の銃弾を取り出し、左手に持つ。

そして、右手でジェーンの頭に銃を突きつけた。

彼女は逃げる素振りは見せない、抗う素振りすら見せなかった。


――諦観は伝播する。

 

 彼女もまた、この風景に諦めを抱いてしまっていたのだろう。

それでも、その体は小さく震えている。

それはこの光景のせいか、俺の作り出した状況のせいかは分からないが、俺から彼女に言えることはたった一つだった。

俺と同じく、相棒が戦う所を見ている事しか出来ない彼女にも、出来る事はある。

「なぁ、ジェーン。

 こういう時にお前を助けるのは、誰だった?」

 そう言って、俺は左手に持った銃弾に思い切り熱を込める。

響く破裂音にジョンが振り向いたと思った瞬間にジェーンが叫ぶ。

「ジョン! 助けて……ッッ!」

左手が千切れるくらいの痛みをその熱で溶かしながら、俺はその手の中身を目の前へとばら撒く。

眼前に迫っていたジョンを怯ませるくらいには、その金属は煮えたぎっていた。


 顔を抑えるジョンにジェーンは一歩近づくと、ジョンは自分の後ろにジェーンを隠し、こちらを睨みつけた。

「テメエ……、何、しやがる」

 獣性を裏返すには、人間性を刺激するしか無い。

俺は、彼の中に残った唯一の人間性が庇護だということに賭けた。

「そいつは、こっちの台詞だろうが……!」

 俺は壊れた銃をジョンの目の前に放り投げる。

それをジョンが目で追い、床に落ちた瞬間から、ジョンの怒りが少しずつ消えていくのが目に見えて分かった。

「あ、あぁ……。そうか、そうだよな……」

 ボウっと立ったまま、ジョンは自分の手を見つめていた。

「……悪い」

 ジョンは俺に頭を下げる。

その顔は獣化ニュービーになりかけていた時の方がイキイキとしていたと思うくらいに、しょげ返った顔だった。

「……いいさ、でもジェーンの誤解を解いてほしいのと。

 アンタが直接やりあってたのはそっちだよ」

俺がネメの方を見ると、彼女は投げ捨てられた銃の横を歩きながら、俺の隣に歩み寄る。

「良い運動って言うには、ちょっとハードだったかな。

 ジョンもその子を守りたいなら、せめてお酒で我慢しとかなきゃね」

 ネメが笑いながら肩をすくめると、ジョンは頭を下げてから少し歩いて壁にもたれて座り込んだ。

ジェーンも静かにその隣に座る。ジョンの口から小さく、彼女への感謝の言葉が聞こえた事が少しだけ嬉しかった。

「でも、休む暇、あんまり無いみたいだよ?」

 ネメの言う通り、上階から聞こえる騒音は少しずつ近づいてくる。

おそらくバリケードはもう、とうに破られているだろう。

「あぁ……、迷惑かけた分は、働くさ。

 でもその前に一本だけ、いいか?」

 ジョンはボロボロになった服の胸ポケットから煙草を取り出す。

そしてガサゴソとポケットをまさぐってから、小さく舌打ちをした。

「取ってくる?」

 ジェーンが立ち上がろうとするのをジョンが制止し、彼が煙草を仕舞おうとする所に、俺はポケットからライターを取り出して近づく。

「何だ、気が利くな」

 俺はライターを押し込み、ジョンが咥えた煙草に火を付け、彼は煙を深く吸い込む。

「悪かったよ、兄ちゃんは間抜けでも何でも無かった」

 彼は長く、ゆっくりと紫煙を吐き出した後に、小さく呟いた。

「どうだろうな……」

 その煙草の煙を見ながら、俺も呟く。

正しい事をしているかどうかは、もう自分で決めるしか無かった。

きっとすぐに物語は非情な次の展開を持ってくる。

俺はただ、血に濡れたホールを少しだけ曇らす紫煙を眺めながら、自分に出来る事を探していた。

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[良い点] 既視感の感じる正気への戻し方がまたいい あと最高 [一言] 本当に最高
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