第三十五筆『生きてたらそこ、どいてね!』
光が消えるとそこは決して古風では無い俺が感じるところでいう現代的な部屋だった。
前回も前々回も転送先の部屋は木で作られていたり、はたまた牢屋だったりしたが、今回は違う。
「へー、ホテルっぽい感じかぁ……。もっとこう、施設って感じが好みだったんだけどなぁ」
ネメは周りをぐるりと見ながらベッドに腰掛ける。
シングルサイズのベッドが二つに、テレビが置かれた机、そして見たところ冷蔵庫まである。
「現代的というか……、見慣れた景色で……ッスね」
敬語が上手く抜けず、折衷案のフリをして敬語を崩しながら俺はあたりを見回す。
この部屋は俺が知る世界とよく似ている景色だった。
ネメの言う通りに、此処はよくあるホテルの一室だと疑いようもない。
ただ、違和感があるとすれば机の上に当たり前のように置いてある見慣れない箱。
見慣れないと言えば語弊があるのかもしれない、実際には見たことも無い。
だがゲームでは何度と無く見たその箱の中身を想像するに堅くなかった。
「ただ、俺が育った国では無さそうだ」
「んー、まぁそうだねぇ。でもこの物語にもキミの育った国はあるよ」
ネメが意味深な事を言いつつ、箱を開けという身振りをしたので俺はその箱を取り、中身を開けてから妙な後悔に襲われる。
「聞きたい事は山程あるけど……」
「だろうけど、今は後回しね。
とーりあえずポケットにその弾詰め込んでついといで。
9mmで良かったねぇ、まぁこの国の標準としては少し歪んでいるのかもしれないけど」
何が何やら分からないままに銃弾をザラザラとポケットに入れる、妙に熱を持った右ポケットには入れないでおいた。入れたらつい先程戦力外通告された炎魔様に何を言われるか分からない。
「とりあえずとは言うものの、状況確認くらいは済ませたいんでッスけど……」
「ああもう! それよりもその口調をどうにかして欲しいな?! 口調程度でしどろもどろになってちゃ話にならないの! この前は竜相手に肝座ってんなぁって思って見てたのになんでさ!」
明確な線引はまるで病のようにも思える。
年上には敬語、年下にはフランクに、敵対者には真っ直ぐに、そして仲間には……。
今まで仲間がいなかったから良くわからない。
特に、彼女についてはリアとは違い見た目から明らかに自分よりも大人びている。
カークがどうかと言われると、あれは一種の敵対からそのまま進んだに過ぎない。
違う言語では無くても、言葉の壁はあるのだ。
それは俺にとってとても乗り越えがたいものではあったのだが。
「そこらへんは……、察してくれると嬉しい。
けど努力はする。生意気だと感じたらいつでも言って……くれ」
「なら良し、これも課題のうちだね。
キミは少し胸を張るべきだ。強かろうと弱かろうとね」
そう言いながらネメは床に置いてあったバックパックの中を物色してから、俺に手渡した。
「食べ物にありつくにはさっさと物語を終わらせろって事みたいだね」
「あぁ……、これは物騒な……」
バックパックの中身は今から銀行強盗でも行くのかというような人殺しの道具が詰まっていた。
もっとも、フェイスマスクは流石に入っていなかったが、ナイフと拳銃、それにネメの腰にぶらさがっているパイナップルみたいな例のアレも入っていた。
「手榴弾は流石にネメが持っててもらえないか……、今の俺じゃ胸を張った瞬間にピンが取れかねない」
それを聞くとネメはケラケラと笑いながらバックパックからパイナップルを取り出す。
「ロマンだよね、こいつは。
旧式なのに私調べでは皆の心にある手榴弾はいつもこれだ。
使われなくなっても手榴弾はパイナップル、雑に大体をぶっ飛ばすのがたまらないんだよね」
ロマンと言われ、旧式と言われ気づく。
当たり前に手榴弾だと認識していたが、確かに何処か古臭さを感じる。
「時代背景がバグってるかもしれない。
そう、旧式なんだよコイツは。
現代であればまぁるいカワイコちゃんが主流だしね」
ネメは今俺達がいるこの物語の本を俺のバックパックに入れて返してくる。
その折に俺は本を取り出して開こうとするが、ネメに「読まない方が良い、もう大分支離滅裂だから」と釘を刺された。
「それは……、先の"セーフライン"や"五の五"の話と関係が?」
「そ、終わりが近い物語の特徴の一つとして、整合性が消えていくってのがあるの。
自分自身を狂った軌道に乗せ始める。
それは物語にとっての自治のように見えるけれど、物語は皆赤子のようなもの。
壊れていく物語の最後の足掻きの大体は、狂気と破壊だ。
私達司書はそれを思い切って燃やすのも良い。けれど物語は賢いからね、教えてあげるのも良いのさ」
ネメはそう言って、俺が持ったままのバックパックからベルトを取り出した。
「背負い込むよりはマシかもね。どら、私がサービスしてあげよう」
一旦渡されたバックパックを奪われ、ネメはベルトを俺の腰へと巻く。
「ちなみに聞くけど、今してるベルトはお気に入り?」
俺はその言葉に首を横振って、ネメの何とも言えない、というか近すぎると叫びたくなる距離感にただ困っていた。
ネメはライターのチェーンをベルトから外し、スーッとベルトを抜き去ると、バックパックの中の少しゴツメなベルトを俺のズボンに差し替える。
思ったよりもどっしりとしているのは、全体的に金属が多いからだろうか。
「そんで、ほい」
思えばなんでこんな子供でも出来る事を彼女がしているのだろうと疑問に思った時には、俺の腰にベルトから伸びたホルスターがつけられていた。
ベルト自体は変わらず普通のベルトに見えたが、どうやら戦闘向きの物のようだった。
「ナイフを二本サクサクっと、重い弾はどうせ撃てないからちょっと穴を余すけど、まぁこれでいっか!」
ネメは歌うように俺の腰回りを整備してから、少し距離を取って、立ち往生したままの俺を眺めていた。
俺は綺麗な女性が下半身周りにいたということにいまだに緊張していたが、彼女は二度程首を縦に降って、最後にバックパックの中身をこちらに見せてくる。
「これはキミが自分で手に取ろう、魔法の類が使えない以上、今回の相棒に他ならない。
これもまた炎の力を纏う現代兵器だ、キミはやっぱり炎に縁があるね」
ふふ、と笑いながら見せてきたバックパックの中には、拳銃が一丁残されていた。
炎の力を纏うというのは少し格好つけ過ぎな気もするが、その銃弾は火薬によって撃ち出されるのだからそれも間違いでは無いのかもしれない。
「意外と重い……」
俺がそれを手にとってまじまじと眺めていると、ネメが嬉しそうに銃口の射線から外れて近づく。
「中身入ってるから、間違えて撃たないように! それと、マガジンはそれ一個だから大事にね! 残り弾数は数えておくこと!」
少し強めに言われ、俺は恐る恐るその銃のマガジンをネメに教えられ抜き取る。
「確認してみて、九発入ってると思うよ。そもそもその型が此処にあるのが、やっぱりおかしいんだけどね……」
言われてマガジンから弾を取り出すと中身はちゃんと九発、入れ直しには少し時間がかかった。
つまりは驚異に対しての残弾数確認は必須という事だ。
「そもそも、撃った事なんて勿論無いわけだけど……」
「そこらへんは、私がいますし?」
ネメが胸を張って笑う。
成程、胸を張るのはこういう事か。と思いつつも、その張られた胸から少し目を逸し、拳銃を撫でた。
「好きなんですね、こういうの」
「私を守ってくれるのは、この子達だけだしね~」
ふにゃふにゃと笑いながらネメは自分の相棒達を愛おしそうに眺める。
それと同時に、遠くから破裂音が響いた。
そして、俺達の部屋のドアに到底ノックとは思えない重い音が響く。
「そう、この子達だけなんだ。
だって……」
そう小さく呟いた言葉の全てはドアから響く音で聞き取れなかった。
ただネメが寂しそうな顔をしていることだけは分かった。
俺が拳銃をホルスターに収めると、ネメはドアの方へ振り向く。
「ほら、行こう。
この子達が私を守る、そいで私はキミを守ってあげる。
だからキミはその子を適当に撃っちゃ駄目だよ。
撃つべき時はちゃんと必ず来るから」
そう言って部屋外の破裂音へとネメは近づいていく。
ドン、ドンと響くドアのその向こうにネメは「生きてたらそこ、どいてね!」と大きな声で忠告する。
それでも止まないドアの音に、ネメが少しだけ不敵に笑ったのが見えた。
「おいで新人くん! カーくんも、不貞腐れてないで状況は把握しとくんだよ!」
ドアを思い切り蹴破ったネメの顔は、不敵と言うよりも、子供が笑うかのような無邪気な笑みに包まれていた。




