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次頁【ネクストページ】の代理人  作者: けものさん
プロローグ『物語は生きている』
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第四筆『ついでに世界も救えますよ』

 図書館の隅にあった階段の先には、今まで歩いてきた一階と全く同じような空間が広がっていた。

不思議なのは、一階から見た時この図書館は吹き抜けだったはずなのに二階フロアから一階は見えず、床が敷き詰められていた事だ。

それでいて、二階の天井を見上げても、一階と同じように天井は吹き抜けで、ガラス張りのように見える天井からは太陽光に似た暖かく優しい光が差し込んでいた。


 リアは俺が不思議そうに天井を眺めているのに気付いたようで、俺と同じく天井を見る。

「何でもありってわけじゃないですけど、この図書館では何処にいても光が届くように作られているんです。いつだって、暖かい光に包まれていたいじゃないですか」

「俺からすれば、もう何でもありの範疇だよ。

 これは魔法と表現してもいいのか?」

 俺がそう言うと彼女はクスっと笑って両手を照らす天の光へ広げた。

「そう言っても差し支えないですけれど、光自体は普通の電灯ですよ。

 ただ、天を仰ぐ人には空が見えるんです。

 そんなトリックが天井に施されてるってだけ、って言うと少し興が乗りませんね」

 彼女は広げた手を下ろした後、後ろで手を組み直して、今登ってきた階段の方をクルリと振り返った。

するとそこにはいつの間にかドアが一枚、今まで無かったように思えるが、それは単純に俺が気付いていなかったのかもしれないし、俺がそこを見たから見えたのかもしれない。

 

「天井の光も確かに魔法のようなものですけど、今度は本当の魔法ですよ!」

 リアはそう言ってドアノブを掴み、俺の目覚めた部屋を出た時と同じように言葉を紡ぎ始める。

「向かうは終わらぬ物語、向こう岸への橋渡し」

 カチっと鍵が開くような音がすると共に、俺が持ったままの本のタイトルが光り輝く。

「絶えず火の粉を払い除け、生きる"常ノ魔"を終わらせに」

 彼女はドアノブをゆっくりと回して、その扉を開く。

「代筆は、リア・ミューゼス」

 光輝いた本の光がドアの向こうに吸い込まれていく。

「ちなみに、私の部屋から此処に来る時に言ったオープンセサミは言ってみたかっただけでした」

「あぁ……それが魔法だと思っていたのに」

 少し残念な気持ちになりながら彼女の開けたドアの向こうへと付いていく。


 リアが開いたドアの向こうは暗い小部屋で、灯りも少なく不気味な雰囲気を醸し出していた。

「わぁ……、意外と限界が近い……」

 リアが何とも言えないような顔をしながら、部屋中央にある丸机の椅子を引く。

その椅子に促されて座ると、彼女もその向かい側に座り、机に本を置く。

机の中央には、丁度彼女が持っている本がすっぽりと収まりそうな窪みがある。

思わずそこに触れると、彼女が少し焦り気味に俺を制した。

「っと、っと! そこは私たちの入り口出口なので、気を付けてくださいね、本を置いちゃうと物語の続きが始まっちゃいます」

 言われて思わず手を引くと、リアはホッとしたように手元に置かれている本、『常ノ魔』の表紙を撫でる。

「まだ全然説明が出来ていませんもんね。おっきな声出しちゃってすみません、触るくらいなら大丈夫です」

 彼女が言う程に大きい声は出ていなかったとは思ったが、そう言うリアの言葉に首を振り、俺はあえてその本をおさめるくぼみを優しく撫でた。

 彼女はそれを見て微笑むと、ペラペラとページをめくっていく。

「要は、私達が物語の中へ入って、滞っている状況を打破してあげれば良いんです」

 ページに目を落としながら彼女は話し続ける。

「でも決して主人公みたく活躍しちゃ駄目なんですよね……、あくまでサポーターとして物語を先に進めて上げるだけでいいんです。えーっと、この物語の停止点は、うわ! だいぶ終盤じゃないですか。

 悪魔の群れが街を襲っている……、主人公は傷を負ってピンチ……。

ならおそらく殲滅の協力が出来れば自動軌道に乗りそう、かな」


 少し難しい顔をしながら色々と呟いている彼女の言葉は未だに意味の分からない物が多い。

「その、何度も言っている自動軌道ってのは?」

「要するに、放っておいても物語が勝手に進み続ける状態です。

 本来は物語達は生まれた時点で結末を迎えるように出来ているんですよ。

 だけれど物語の状況的にまずいところで続きを放棄されて止まったままだとそれが出来ない」

「主人公が不利な状況や、打開策が見えない状態で止まった物語が危ない、と」

 リアは「ですです」と言いながら頷く。


「だから私達の出番ってわけです」

 彼女は左手で本を抑えながら、右手で彼女自身の胸をトンと叩く。

「この物語の場合は、悪魔達――この物語では"デモンズ"と呼ばれていますね。それらと戦い続ける人達のお話で、物語もおそらくは終盤、けれど主人公が傷を負ったまま話は止まっている。

 現状耐えているように見えますが、状況は深刻そう、悪魔に押し切られて主人公が殺された時点でこの物語は処分される事になります。

 つまりは、この物語の中で生きている人達は皆……」


―――死ぬ、というわけだ。 


 それ以上の言葉を制するように、俺は口ごもっている彼女に問いかける。

「これを、ずっと一人で?」

 聞くと彼女はそっと首を縦に振った。

「司書としての肩書を得てからは、ずっと一人です。

 この図書館に私と同じ業務をしている人は沢山たーくさんいますよ。

 複数人でチームを作る人は……あまりいませんね」

「ノウハウも知らない俺が加わって二人になったところで、効果はあるのか?」

 聞くと、彼女は声を出さず笑みを浮かべる。

「だって、せんせーは書きたかったんですよね? ……ついでに世界も救えますよ」

 彼女は本を閉じ、もう一度こちらに渡してくる。

「この部屋は始まりの部屋、今はこの物語……『常ノ魔』に合わせて暗いですが、この机に本を収めた瞬間から図書館とこの物語を繋ぐ為に、物語用に偽装された部屋に変わります。

 服装や道具もその物語の中での一般的な物が揃った部屋になるので、そこで準備を整えて、上手くいけばもう一度ここへ戻ってくる。

 駄目だった時の話は……、今はやめましょう」

 顔を伏せた彼女を見ていると、いつのまにか手を握りしめていたらしく、手のひらが少しだけ汗ばんでいるのが分かった。


 思った以上に状況は簡単では無さそうだ。

現象自体は幻想的と言ってもいいかもしれないが、やること自体はリアリティに塗れている。

剣だ魔法だと喜ぶような話では無いことはリアの表情や話しぶりで何となく理解出来た。

いつ出発なのだろうと緊張しながら本の表紙を見ていると、彼女は思い出したように顔を上げた。

「あ、そうだ! 持ち込みがあったんだ! 最近は失敗続きだったんで忘れてました……」

「失敗……」

 思わず呟いてしまったが、それがどういう結末を招いて、彼女がどういう状況になったかはあえて聞かなかった。

「だ、大丈夫ですよ。私達"だけ"はここに戻ってくるので……」

 リアが不安げな顔で取り繕うように言葉を濁す。


――つまりは、失敗する度に背負うというわけだ、世界の死を。


「分かった、これ以上は聞かない。

 持ち込みっていうのは?」

 リアはホッとしたように少しだけ表情を綻ばせて、またほんの少し声のトーンを上げる。

「前にいた物語から、一つだけ選んで持っていける、ボーナスみたいなものですね。

 天は二物を与えずなんて言いますけど、一つくらいは誰でも持って生まれているんです。

 その一つを自由に選べるって考えたらいいかもですね」

 その説明はどことなくふわっとしていたが、要は冒険の旅に出る前に王様から多少の銭金と棒切れと銅で作られた剣をもらえるようなものだと思う事にする。

「何でもいいのか? そうなるとだいぶ問題解決は早くなりそうなものだけれど……」

 そう言うとリアは苦笑しながら首を振る。

「残念ながら最初の一回目については何でもとはいきません……。

 もしこの物語を自動軌道に乗せられた時はもうちょっと自由になりますが、今現在せんせが選べるのは地球で身近にあった何かを一つってところですね……」

 急に言われても、困る話だ。

敵を倒すというなら、銃や刀かと思っても、それらを使った事すらない。

そもそも、それらが身近にあった事など一時も無いから、選択肢には入らないだろう。

「武器と呼べる物であれば、ある程度の物は転移後の部屋にあるかと、地球にしかなかった役に立ちそうな物って無いですか?」

 俺の思考を読んだように彼女は言う。

「参考までに、リアは今までの物語から何を持ってきたんだ?」

 言うとリアはドアの方を振り返る。

「ドアからドアへの移動、昔続きを書けた物語から、所謂魔法を一つ拝借してきました。

 あとは……、これ」

 魔法を持ってくるなんていう離れ業もあるのかと驚いていると、彼女はよく似合っている白い長めのワンピースの膝下の布を掴む。

「この服、耐久性抜群で、カモフラージュの機能が備わってます。

 見た物の服装をそのまま投影出来るスグレモノですよ!

 って、これらは最初の一つじゃないですね……」

 物語を自由軌道に乗せた後に選べる物には期待しても良さそうな気はしたが、最初の一つについてはまだ悩む一方だった。

リアはたった今胸を張っていたワンピースの首元から小さなペンダントを取り出した。

「私の最初の一つは……、このペンダント。これはただの思い出なので、結構間違えた感じのやつですね」

 少しだけ寂しそうな顔をしてから、彼女は小さく笑う。

「生きる為に必要な思い出もあるだろ」

 慰めになるかは分からない言葉を少しぶっきらぼうに言ってしまったのは、その思い出が少しだけ羨ましく思ったからだ。

自分に思い出と呼べる品は無い。

思い入れというならば、作品だろうか。

だがそれらを持ってくる悪魔(デモンズ)わけにもいかないだろう。


「ちょっとその本、借りていいか?」

 俺は持っていく物を考えながら、リアから本をもらいページをめくる。



『常ノ魔』は悪魔との戦いの物語だ。

人々が悪魔との戦いに使うのは剣や槍、弓矢。

人間側に魔法の類いは存在していないが、悪魔は限定的に超常現象的な力を使う個体が存在する。

包帯や傷薬、治療については独自の文化が芽生えているが、そこまで高度な医療は存在していない。

 俺がよく知る地球でも存在していた動物達と、特に代わり映えの無い人間達が存在している。

特殊なのは悪魔という存在、その姿は大小様々で、一概に悪魔というイメージで語るには種類が多いように見えた、犬のような個体、鳥のような個体、そしてその翼や爪を除けば人間と変わり映えの無い個体。

それらの細かい項目にも目を通すが、噛みつかれた時や引っ掻かれた時の毒について、その素早さや力の強さについて、目を通すのも嫌になる程の描写が続いていた。

「要は圧倒的に人間が不利なんだな」

「それでも勇者とその仲間は悪魔に対抗しうる力があるはずなんですが……」

 リアの声を聞きながら、持っていくべき物のヒントを丁寧に探す。

俺は力に自信があるわけでもないし、判断力についても自負する程の力があるわけではない。

なら、少しでも役に立つ為にはこの道具選びが何より重要なはずだ。

そう考えていると、一つだけ気になる描写があった。

人間と悪魔の戦いの挿絵を見ると、片手に松明、片手に剣を持った人間の姿がある。

「火に、弱いか」

 そのまま読み進めると、どうやら一般的な悪魔達は炎を忌避する傾向にあるようだった。

だが、人間側に悪魔の弱点であるところの炎を纏う為の手段がそう多くない事も、どのような時代をベースにされているかは分からないものの、医療の発展状況から見るに乏しいのは理解出来た。

 

―――なら、あれでいい。


「ライター……」

 そう呟くと、リアが目の前で軽く吹き出した。

「それ、せんせの前職とかけた冗談です?」

 前職と呼ばれてしまう自分を少しだけ情けなく思いながら、俺は笑いを堪える彼女に悪魔の設定のページを見せる。

「じゃなくて、本当の話、俺達は主人公になっちゃいけない。

 悪魔を倒すのは、あくまでその物語の主人公なんだろ?」

 変わらず少し笑いをこらえている彼女を無視して話を続ける。

「なら俺達はその助けになる炎を供給して回ればいい、もっと大容量のガスバーナーでも良いかも知れないけれど、生憎ガスバーナーにも縁が無い。

 なら手に収まるライターが良い。ライターなら一つだけ思い入れがあるヤツがあるんだ。

 それでもいいか?」

 俺が真剣な顔で聞くと彼女も流石に真剣な顔で頷いた。

「せんせがそういうなら、それで。

 じゃあこのペンで、白いページが始まっている部分に私達の名前と、ライターと書き込んでください。あ、センセはペンネームで結構ですよ」

 彼女にペンを渡される、久々に握る感触が不思議だった。

「リアの名前は……、カタカナでいいのか?」

「はい、大丈夫ですよー。

 というかせんせ……、一応作家だったのに文字あんまし綺麗じゃないですね……」

 長い間物語を作っていたというのに、キーボードばかりを打鍵してペンすら握らずにいたのは、恥だろうかと思いながらリアに小さく「ほっとけ」と言って、俺は言われた通り空白のページに、俺とリア、それとライターなんていう、皮肉な名前の火を付ける道具の名前を書き込んで本を閉じた。

 いつの間にか俺とリアが妙に気やすい関係になっていたのは、おそらく彼女のコミュニケーション能力というか、距離の詰め方にあったのだろう。

この子からは、純粋な嫌みという物がほぼ感じられない。

だからこそ軽口も返せるのかもしれないと、少し前に自分が呟いた小さい悪態について考えていた。


 そして、リアが俺の目を見てから、ゆっくりと本に視線を落とす。

「せんせ、その本をくぼみに」

 俺は頷き、緊張しながらも本をくぼみに近づけていく。

そして、俺の手から、そっと『常ノ魔』と書かれた本が離れ、丸机の中心におさまると同時に、その表紙から光が放たれ、少しずつ強くなっていく。。


「じゃ、世界を救いにいきましょう」

「ああ、物語の続きを書きに行こう」


 その光が、俺達の物語の始まり。

始まりはきっと、いつも光からだ。

だからきっと、どんな物語だって。

そう思いながら、俺は目を強く瞑った。

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