第三十一筆『来い、遊んでやる』
魔竜と呼ばれた存在が、勇者に倒される。
良くある話だ、その竜は例えばその世界で一番の魔であり呪いであり、一番の悪だったりする。
良く魔王と言う存在が物語の世界を狙っているが、それに相違無い。この世界ではそれがたまたま竜だっただけだ。
竜王なんてモンスターが君臨している世界だって、想像の世界にはあったのだから魔竜がいわゆるラスボスだという事に問題は無い。
――では、倒された後はどうだろう。
グレイは魔竜が呪われている事を理解していた。
そしてその呪いを自分の境遇と重ね、解く為に奔走していたのなら、この物語のラスボスは一体誰だろうか。
魔竜は一度倒されている、だからグレイはその倒す手順を正確に覚えていた。
「動きは止めた! アル、両翼を撃ち抜いたら一旦下がってくれ! 致命傷は狙わなくて良い!」
リアであれアルであれ、素直な人間で本当に良かったと思えた。
彼女達は言われるがままに、そして正確に指示を受け遂行している。
アルが矢筒からグレイにさっき渡されたとっておきの矢を自変弓に添えて、放つ。
とっておきというだけに、自変弓の変化も凄まじく、その輝く矢に負けず劣らずの神々しい弓と化していた。
グレイの黒球に足をとられた魔竜は、羽ばたこうとする両翼を矢で撃ち抜かれ、咆哮する。
その咆哮で地面が揺れる中「リアさん!」という声に応じて、リアが駆ける。
「綺麗にしてあげますから、ねっ!」
リアはその剣を魔竜に直接当てずに、刀身から溢れる光を暴れる魔竜の爪や尻尾に当たらないように器用に避けながら当てていく。
魔竜の前足はグレイの黒球の拘束から逃れ自由だったが、その前足での攻撃を難なく避けるリア、その身のこなしは剣士というよりも、搦め手を得意としている暗殺者のような印象を受けた。
とにかく、この三人は確実に連携が取れている。
リアもアルも、言われた事を正確にこなす能力に長けているのだ。
そしてグレイは目的意識がハッキリとしている、だからこそ間違えない。
「兄さん! 壁を!」
だから俺も間違えてはいけない。
少しだけ緊張しながらも、グレイの言われる通りに、炎柱をグレイの前へと張る。
その炎は魔竜が吐き散らす黒炎を防ぎ、グレイが魔法の準備をするまでの時間稼ぎになる。
そうなればもう、リアの剣が呪いを払いのける事を信じて、続けるだけだ。
「うーん、しつっこいですねー!」
リアは足をとられた魔竜の纏う黒いオーラをひたすらに払っていくが、それでもまだその身体は黒く濁っている。
「でも、この調子なら……!」
リアは振るい降ろされる爪を剣で叩き受け、その衝撃を利用しクルリと空へ舞う。
爪と剣がぶつかった時に発された光で姿はしっかりと見えなかったが、気づけばリアは魔竜の背中の上にいた。
「尻尾くらいは、いただきますよ!」
そう言ってリアは飛び上がって剣を直接魔竜の尻尾へと振り下ろす。
事情を説明していないリアとアルはともかく、グレイの表情は一瞬焦りを帯びていたが、殺さなければ良いと判断したのだろう。そのまま拘束の魔法を続けていた。
もはや叫び声の中にグレイの指示だけが飛び交うような状態が数分続く中、魔竜の姿は見るも絶えない状態へと変わっていく。
だが前線で戦うリアにも疲れが見え始め、アルも攻撃を致命傷とは言わないものの、攻撃を躱す際にその身体にいくつかの傷を負っていた。
「まだ、まだ払えないのか! リア、アル! 一旦こっちへ!」
グレイが苦渋の表情で叫ぶ。
魔竜が纏うオーラは大分晴れてきたものの、これ以上の直接攻撃は魔竜の命が危うい。
俺とグレイの傍へと走ってきたアルとリアに俺は手短に状況を説明する。
「もう、アイツの命はそう長くない。
長くないが、殺すわけにはいかないんだ」
リアはその言葉に頷き、アルは不思議そうな顔をする。
拘束魔法を一層強めて、魔竜の動きが一旦停止したのを確認してから、グレイも俺の説明に続く。
「悪い、手加減出来る相手では無いから黙っていたんだ。
僕の目的はアイツを殺すことじゃない、アイツの呪いを払う事。
だからリアさんにはあのオーラを払ってもらっていたし、アルには致命傷を避けてもらってた」
「なんとなく気づいてはいましたが、成程です。
とすると、尻尾はごめんなさいですね……」
リアは息を整えながら剣を構え治す。
「いや、殺さないなら構わない。
けれど悪い。
トドメだけは刺さないでやってくれ」
その言葉に二人は頷き、また魔竜の元へと駆け出す。
「流石の呪いだな」
ポケットに入れたままのライターから声がする。
「竜というだけで忌むべきと考えられる世界もある。
だから、その呪いは僕達が生み出した呪いだ。
殺すだけじゃ、終わらせられない」
カークのいた世界でも、悪魔は存在だけで忌み嫌われる対象だったはず、その言葉に何か思う所があったのだろう。グレイの言葉にカークは鼻を鳴らす。
「とにかく、後もう少し続ければきっと……、ッッ!」
グレイが言葉を言いかけるとバリンという轟音が響き、彼の腕が後ろから貫かれる。
この場にいる全員がその音に振り向く、そこには俺が盾で作った壁を破壊して、俺達の戦いの場へ踏み込んできた、勇者達がいた。
「誰だか知らないが、まさか魔竜を庇い立てるなんてな……」
グレイの腕には矢が刺さり、杖は床へと落ちていた。
それはつまり、魔竜への拘束魔法が解けたという事を意味している。
「グッ……ガ!!!」
その声は、魔竜の心が呪いに包まれた声だったのだろう。
魔竜はおそらくグレイが自分の為にしている事を知っていた。
そのグレイが、今目の前で、自分を殺した人間に傷つけられている。
魔竜の目は真っ赤に染まり、一旦その場から身を引いたリアやアルの事が見えていないかのように、勇者に突進する。
「魔竜に属する者共は、俺が倒す!」
そう叫びながら、駆け出して魔竜の爪を受け止める勇者の声には義勇がみなぎっていた。
――だが、今この瞬間にとって、その義勇は何よりも必要の無い物だ。
「邪魔をしてくれるな!!!!!」
カークの叫び声が聞こえる。
その声に一瞬勇者がたじろぎ、爪を弾き後ろへ下がる。
だが魔竜はその隙を見逃さない。
大きく開けられた口の中に、今までとは比にならないレベルの禍々しい炎が見えた。
周りを見回すともう既にグレイと俺以外はその吐き出す炎を警戒して距離を取っている。
「ふざけるな!
何が勇者だ。本当に、本当に!!!!」
カークの叫び声だけが響く。
グレイはうめき声をあげて膝を付き、俺は眼前で溜まっていく黒炎を見ている。
――炎が、目の前にあった。
「なぁカーク、こんなのって無いよな」
カークは炎の神とまで呼ばれていたのだ。
そして目の前に迫りくるのは、黒く濁ってはいるが紛れもない炎。
その炎に、俺達は抗うべきだろうか。
「こんなつまらん結末が、あっていい訳がないだろうが!」
カークの声は、怒りに震えている。
虐げられたグレイという人間、呪われたスレイヴガンドという竜。
グレイの心根も、スレイヴガンドの心根も決して悪い物ではなかったはずだ。
それを俺とカークは知っている。
――炎が、傍らにあった。
「役割変更だカーク。
殺さずに、ふざけた奴らを全員を止めろ」
俺はポケットからライターを取り出し、魔竜の口元へと掲げる。
今考えてる事に確証は無い、だから約束も出来ない。
だが、失敗して死ぬなら、このセリフを後悔する瞬間も無い。
「ああ……、そう、そうか!
ならばぬかるな。上手くやったら、上手くやってやる」
カークの声が、少しだけ弾む。
確証の無い約束に笑ったその声が本物であれば、この話は少しだけ前に進む。
俺達がこの物語にとって悪であるなら、それでもいい。
それはグレイが魔竜と契約を結んだ時から、そして俺が炎魔と契約を結んだ時から分かっていたような事だ。
真っ直ぐ進むなんて器用な真似はもう出来なかったのだ。
――ただ、炎が燃えたぎっていた。
リアとアルが俺達を案じる声を出す。
グレイが痛みに喘ぎながら射抜かれた腕とは逆の手で杖を持ち直す。
勇者達は、きっと炎の範囲外から様子を伺っている。
「やっと分かったよカーク。
つまんないよな、こんなの。
だから、燃やしてきたんだよな」
俺は全力でライターを左手に持ち、右手の手のひらで炎球を作る。
ライターから伝わるのはカークの息吹、悲しみ、怒り。
それら全てがライターから身体を巡って、右手の炎球へと伝わっていく。
魔力という概念が俺の中にも存在しているのならば、その全てを出し切るように俺は目の前に迫った黒炎へ、炎球と共に右手を突き出した。
「ッッ!! ぐぅ!!」
黒炎から感じるのは、厳密には熱ではないように思えた。
どんよりとした、言うならば暑さとも呼べるような感覚。
それが突き出した右手から身体全身に伝わっていく。
黒い炎、炎と言う名の呪いを吐き出しているようだ。
だが、左手から届くのは、純粋な熱。
「喰らえ! カーク!」
その熱は呪いをかき消すように俺の身体に纏った闇を払い除け、黒炎を退ける。
そして、俺の右手から放たれた炎が黒炎を飲み込むように包み込んだ瞬間、俺達の怒りは形を成していた。
「ああ、こうではなくてはいけない」
魔竜の目の前に佇むその後ろ姿は、紅い炎で包まれている。
「だが、思っていたのと少し違うな」
その身体は、俺が初めて見た時とは少し違い、黒を基調とした悪魔を彷彿させる姿ではない。
紅く、紅く燃える炎そのもの。マントを纏っているかのように見えたそれすらも、炎。
かろうじて腕と分かるその先には鋭く白い爪、その爪も熱によって赤みを帯びている。
「それでもまぁ、構わん。
向こうの竜はお前らでやれよ」
高揚からだろうか、声色や言葉遣いすらも違う。
だがそれは紛れもない俺達の仲間だ。
――炎が、笑っている。
「魔竜に属するか! 悪魔!」
勇者のその声に、炎はつまらなさそうな顔をしながら俺の隣を歩いていく。
「義勇に溺れるか、人間。
来い、遊んでやる」
すれ違い様に見えた炎魔カークの顔には笑みが浮かんでいるように見えた。
「ククク」という楽しげな笑い声と共に、俺達の後ろを歩いているはずのカークから舞い上がった火の粉が目の前まで届く。
隣で杖を持ったまま固まっていたグレイがその傷を受けて尚、今の光景を目にして笑みを浮かべているのが見えた。




