第三十筆『じゃあ、救いにいこう』
グレイがベッドに横になって数時間経っただろうか。
俺とリア、アルとカークは部屋で軽食をとりながら各々が魔竜との決戦に向かい準備を整えていた。
一朝一夕で戦闘技術が磨かれる事は無い。であればリアとアルが地下で鍛錬せずにこの部屋でそれぞれが先日初めて触ったばかりの武具の機能を確認しているのは正しい事なのだろう。
つまりは昨日アルとリアがしていた地下での鍛錬は、鍛錬という名の武器の調整だったのだ。
技術は簡単には磨かれない、だが初めて触った武器に関しては所謂試し切りが必要だ。
「あっ、すごい……。干しブドウまで飛ばせる……」
アルが自変弓に干しブドウをあてると手に収まる程度の小型の形態に代わり、干しブドウをその中心に据えた弓のような何かになっていた。
「パクーッ! っていったあ!」
自分の口にその弓の先を据えて干しブドウを口に発射したアルはその勢いを予想出来ていなかったらしく悶絶していた。
「こらー、アルちゃん。
食べ物で遊んじゃ駄目ですよぉ……」
椅子の上で眠そうにしていたリアがほんわかと注意するが、言われた以上に実感として痛みで思い知ったらしく「も、二度としまふぇん」とアルは口を抑えながら頭を下げていた。
一見ふざけているように見えるアルのこの行為も、実は意味のあるように思えた。
彼女がどう思って試したにせよ、その武器の力がどれだけの物か確かめるのは間違っていない。
地下で行われた昨日の訓練、一昨日の戦闘でもそうだったが、リアの場合はその魔剣アディスに魔力を注ぎ込むという感覚を覚える必要があったし、アルの場合は自変弓がどれだけの物を発射出来る矢として認識するかを把握しておく必要があった。
俺の場合もそうだ、今更何をしても戦闘技術に関してはリアやアルのように戦闘技術に長けた人間と比べると焼け石に水のような訓練ではあったが、それでも力を注ぎ込むだけで形状を変えるこの無銘の盾の能力に慣れるという意味では必要だったのだ。
俺もライターの炎でグレイが寝る前にくれた水晶玉を炙りカークを移動させること数回、その感覚にも慣れてきた。
カークには悪いとは思いつつの練習だったが、俺がカークの居場所を移し替える事に少しずつ慣れるにつれカークの語気が強まり、最終的には「いい加減にしておけよ」と言われ、いい加減にしておいた。
「それにしてもあの魔竜、この上にいるんですよね。
よく待ってくれますよねぇ……」
「そんな事言うと急に気が変わって待ってくれなくなるぞ」
リアは慌てて手を口を抑える。
俺達の言葉が物語の進行に良い影響を与えるのならば、悪影響も与えてしまうかもしれない。
どういう仕組みかは分からない物の、俺達が相手にしているのは物語そのものだ。
一時的に俺達が物語の登場人物になっているのなら、もしかすると物語はいつも耳をそばだてているのかも知れない。
「悪い、少し意地が悪かったな。
しかし、どうして物語は手が加えられないと悪い方へ進むんだ?」
その言葉にリアは口を抑えた手をそのまま顎らへんまで落として如何にも考えているようなポーズを取る。
アルは机に突っ伏したまま痛みをこらえている。自変弓は相当に元気な武器らしかった。
「それは……、考えた事も無かったです。
確かに、物語が何処で止まっていたとしてもどうあれ悪い展開へ進むように出来ています。
私が司書になった時点でそうだったので、そういう物だと思っていたのですが……」
リアはチラチラとグレイがいるベッドに視線を移しながら小声で話す。
尤も、この話は聞かれた所で問題の無い話ではあったが確かに下手に疑問を持たれるのは良くない。
「いや、こんな時に話す事でもないな。
悪かった、忘れてくれ。
……ん?」
俺が謝ると同時に、ズシンと部屋が揺れた。
その音に眠っていたグレイも含め、全員が反応する。
「魔竜か?!」
その揺れに対して最初に言葉を発したのは意外にも眠っていたグレイだった。
彼は勢い良くベッドから飛び降り、自分の装備を準備していく。
「わ、わたしが変な事言ったからじゃないですよね?!」
リアが慌てながら小声で俺に囁くが、俺は何とも言えない顔で頷く事しか出来なかった。
その間も部屋の揺れは続いている。まるで近くで誰かが暴れているような音。
「とにかく、見に行くぞ。
カークの身体が間に合わなかったのは惜しいが、最悪すぐに決戦だ」
もう既に準備が済んだグレイがそう言いながらアルに数本の矢を渡す。
「とっておきだ。
使い所は任せる」
俺がライターのチェーンをベルトにくくりつけながら立ち上がる時にリアが手渡されたその矢に目をやると、自変弓に負けず劣らず綺麗な、金属製の矢だった。
アルはそれを矢筒に仕舞う。それと同時にリアも含めた全員がそれぞれの武器を手に取り立ち上がっていた。
「何も無ければいいですけど、そんな都合の良いこと……」
アルが不安気に呟くが、現実は変わらない。
「まぁ、無いだろうな」
そう言いながら、俺には悪寒が走り続けていた。
魔竜の元へ向かいなら俺は考え続ける。
――物語は、救われようとしていない。
その根拠は不確かだが、この状況はあまりにも不都合が過ぎる。
リアの言葉に物語が反応し、要するにフラグとして認知されていたのかもしれない。
それか、この物語に於いての戦力的イレギュラーのカークの参戦を防ごうとしたのかもしれない。
どうあれ、本来魔竜との戦いはこのタイミングでは無かったはずだ。
明日に控えていた決戦が前倒しになるなんて、どうもおかしい。
そして、魔竜がいた場所にたどり着いた時に俺は物語の意図を確信した。
「戦ってる……?」
リアが言うやいなや、グレイは数人の名前を力無く呟いた。
その名前に聞き覚えは無かったが、リアはハッとした顔でグレイを見る。
「勇者……?!」
――つまり、この物語は自ら破綻を望んでいるのだ。
魔竜を倒すべきはグレイだ。
ただ魔竜が倒されるだけではこの物語は終わらない、終わる事が出来ない。
それなのに、グレイは前を向いたのに、勇者が魔竜を殺してしまえば、元も子も無い。
俺達は魔竜と勇者達の元に駆け寄ると、勇者の中の一人が剣を振るい魔竜の爪を防ぎながらグレイに怒鳴り散らす。
「見損なったぞ! グレイ!」
それに呼応するように、グレイよりも大分大きな杖を振るい雷撃を魔竜にぶつけている女性も叫ぶ。
「魔竜を、復活させるなんて……!」
女性のその言葉に、グレイの顔は青ざめていく。
結界は魔竜にも破る事が出来る物だったと聞いた、ならば魔竜が目覚めたと感知出来る勇者なら、この場所に来ないはずが無い。
「僕、僕は……」
勇者達は言うだけ言って、口ごもるグレイを無視するかのように戦闘は続く。
魔竜がその口を大きく開けると、その口の中に黒い炎が見えた。
それは勇者達にも見えたのだろう、魔竜と勇者一行は距離を保っている。
だが、魔法使いらしき女性だけは口を小さく動かしながら、杖を魔竜の方へと傾けているのが見えた。
「アル、リア! 少し下がれ! その炎もらうなよ!」
俺は二人にそう叫んでから立ち往生しているグレイを尻目に俺は駆け出す。
「ボウッとしてんな! 魔竜の契約者!
お前が終わらせるんだろ」
俺の言葉にグレイがどんな顔をしていたのかは分からない。
だが、グレイが俺とは逆の、魔竜の方へと駆け出した音だけは聞こえた。
「いつもいつも、お前らの征く道だけが正解だとは、限らん!」
俺は勇者達の前に飛び出し、思い切りその盾を床に叩きつける。
「カーク! 力を借りるぞ、全力だ!」
俺のその言葉に応じるかのように、盾を付けた腕が燃え上がるように熱くなる。
そして背中にも、熱を感じた。
それもそのはず、勇者を目の前に魔竜を狙う魔法を受け止めるなら、魔竜のブレスは俺の背中の方へ今まさに向かっている途中なのだ。
「させて……、たまるか!!」
だが、俺の腕の熱はそのままに、背中に迫りくる熱はグレイの声と共に、消え失せる。
腕の熱を全力で盾に込めている間に、チラリと後ろを見るといつのまにかグレイと俺は背中合わせのようになっていた。
お互いがしていることすらも同じだ、俺達は壁を作っている。
俺は魔竜を殺させない為の壁、グレイは勇者達を殺させない為の壁。
「まさか、僕の魔法で人を守るなんてね」
そう言いながら、グレイは魔竜の黒炎を防ぎ切る。
「でもここからは、別だろ?」
俺はまだ腕に残る熱を感じながら、完全に勇者達を分離する為の壁へと化した盾を腕から外す。
少なくとも簡単には崩されないと願いたい。
カークの力を借りた全力だとは言え、ここまで大きな壁と化すとは思わなかった。
数十メートルにも及ぶその盾は、誰一人すら俺達の決戦場へと入り込む余地が無い鉄壁と化していた。
「グレイ、今の仲間は俺達だ。
余計だったか?」
俺の言葉にグレイは不敵に笑う。
「まさか、最初からそのつもりさ。
それより、黒炎を防いだお礼くらい言って欲しいな」
その言葉には思わず驚いた。
グレイはそもそも、俺を守る為に魔竜の前に飛び出したのだ。
ならば、それに応えなくてはいけない。
「あぁ、助かった。
外でなんだかんだ聞こえてくるが、気にするなよ」
「あいつらもまた、僕が背負った呪いみたいなもんさ」
巨盾を背に二人笑うと、魔竜が低く唸りを上げた。その声はもう、声とも呼べない程に濁っていた。
「コロス、ゾ。
モウ、コロス」
もう、理性は残っていないように見える。
だが、その呪いを断ち切る為の剣は、俺達の手にある。
「待たせて悪かったよ、スレイヴガンド。
やっと終わらせられる。
やっと、やっと来たんだ! お前を救える日が!」
グレイは杖を振りながら不思議な事を口走る。
魔竜の足元に黒球を放ちながら、グレイはリアとアルに攻撃の支持を出す。
「魔を断つ剣があるのなら! 僕はお前を救える!
リア! アディスに退魔の力を!
アルは翼を狙ってくれ!」
――何だよ、分かってたんじゃないか。
「知ってたのか……」
俺の呟きに、グレイは驚いたような口調で答える。
「兄さんも知ってたの?! それよりも、まずはスレイヴガンドを!」
もう、グレイも魔竜を魔竜と呼ばず、スレイヴガンドと呼んでいた。
それは紛れもなく、あの竜が魔に因われていると知っている証。
「契約者、か……」
ライターからカークの声が聞こえる。
それでやっと俺も気づいた。
グレイとスレイヴガンドが契約したのなら、グレイがその竜に宿る呪いを知らないはずが無いのだ。
「本気でやらなきゃ勝てないから! 黙っててごめん!
スレイヴガンドは呪われてる、だからリアさんの剣で呪いを断ち切れば!」
その声はリアやアルにも届いていたのだろう。
二人は駆け出してグレイの黒球から広がる闇に因われたスレイヴガンドに攻撃を加えていく。
「あれ、思ったより驚いてないね」
「あぁ、そりゃおんなじ事思ってたからな!」
俺も両手に炎を携え、炎の柱でスレイヴガンドの黒炎を防ぐ。
リアの剣がスレイヴガンドの身体を切り裂く度に、その身体に纏う闇が晴れていくのが見えた。
「じゃあ、救いにいこうぜ」
後ろの盾に響く剣撃の音や伝わる衝撃の音だけが不愉快だったが、成すべき事の為に俺は、俺達はたとえそれが正義ではなくとも、信じる道を進まなければいけない。
魔に因われた哀しき竜は、殺すのではなく救わなければいけないのだ。
俺とグレイはお互いの顔を見て不敵に笑い、呪いを断ち切る為に、前へと駆け出した。




