第二十九筆『おそよう』
頭を抱えながらああでもないこうでもないと思考を巡らせているグレイを見ること丸一日。
昨日と同じように俺達三人は疲れた体を癒やすようにベッドでぐっすりと眠る。
眠る前に、アルで言うところの水浴び、リアで言うところのシャワーが浴びられないの事が女性陣は不満そうではあったが「多少の水場はある」とグレイに案内された先で体を拭いて来たようだった。
「兄さんはあんまり汗かいてないだろ? 匂いもしないから平気平気」
俺の体に顔を近づけすんすんと鼻を鳴らしたグレイは笑いながら作業机に戻るのを見たのを最後に、俺はベッドに横たわり、朝が来た。
とは言え光も差し込まない地下室では朝か夜かの判断も付かないのだが、グレイ曰く「僕が眠くなれば朝だ」との事だった。
確かに、時計の無いこの部屋では夜に眠った俺が目覚めた時が朝だと言えば、それもそうなのかもしれない。
魔竜との決戦の準備、その最後の日に最初に目覚めたのは俺が最初だった。
リアとアルは俺の右隣りに並んだベッドでまだ寝息を立てている。
体を起こすと、未だに作業机で頭を抱えているグレイがいた。
つまり、まだ朝では無かったのかもしれないが、そんな事は些細な事だ。
俺はベッドから起き上がり、椅子を引いて座り、グラスに水を注いで二口飲み込む。
それに気がついたグレイが「おはよう……」とこちらに顔を向けた。
「朝って事は、眠いわけだな」
俺がそう言いながら机にグラスを置き、作業机の方へ近づくとグレイは大きな欠伸をした。
「良い依代がどうしてもね……。
動物は駄目、人間は論外、金属で作る人形の類も炎とは相性が悪い、道具は今と同じ……」
グレイは目にクマを作りながら難しい顔で作業机に並んだ本の一冊をめくる。
物を作るのに必要であろう作業道具は机の隅に追いやられていた、ということは作業自体は進んでいないようだ。
「どういうわけか、どの本にもカークの記述が無いんだ。
カークについての情報……、最低限姿形や特徴についての記述だけでもあればその情報から身体だけを作り上げる事は出来るかもしれないけれど……、偉そうに言った癖に不甲斐なくて悪いね兄さん……」
「お陰で今回は眠りに興じられたぞ。この前は弄くり回され話を無理やり聞かされ言わされ、大変だったがな」
ライターから昨日よりもスッキリしたカークの声が聞こえる。
睡眠はいらないんじゃなかったのかと思いつつも、それが強がりの可能性もそろそろ捨てきれない。
「本に載っていないのは仕方ない。カークの存在やリアの魔法は、少し説明するのが難しくて……」
それを聞いてグレイは「うん、それは分かっているさ」と意味深に頷く。
理由を察しているのか察していないのかは分からないが、深く追求して来ないあたりは有り難い。
だがカークが顕現出来ないとなると、魔竜との戦いは厳しい物になるのが目に見えていた。
俺もグレイと同じように難しい顔をしていたのだろう、グレイが気を使うように笑う。
「とりあえず、僕は今日一日出来る限りの事はしてみるけれど……。
その前にもし兄さんがこの先依代になりうる物を見つけた時にカークを方法だけは兄さんに教えておくね」
そう言ってグレイはライターを手にとった。
「カークから聞いたけれど、兄さんとカークは契約関係にあるんだよね?
僕とスレイヴガンド……、魔竜のように」
「相違無い。
尤も、お主と魔竜の関係とは逆に、我が此奴と契約してやったのだがな」
偉そうなライター様が説明をしてくださっているが、確かに関係は少しだけ違うのかもしれない。
炎魔カークの契約の呼びかけに答えた俺という人間、グレイという人間の契約の呼びかけに答えたスレイヴガンドという魔竜。
だがその実、魔竜としてのスレイヴガンドにその悪意を利用されて契約に至らされていたのであれば、俺と状況はそう変わらない。
魔竜も『愉快』と『つまらん』が口癖で偉そうなだけであれば良かったのだが、あれだけの力を持っていればそうはいかない。
一瞬カークの力の事を思い出し、もしカークが心変わりしたらと考え寒気がしたが、それだけは無いと願いたかった。
忘れもしないあの姿は、今も俺の目に焼き付いている。
それは彼が炎魔だからという冗談のような理由ではなく、その力に圧倒されたのは事実だったのだ。
その纏う炎でどんな生物を殺すのも容易いのだろうと思った。
それと同時にその瞳は冷たく、憂いと呼ぶにはあまりにも空虚で、全てを諦めているようだった。
『つまらない日々』は悪魔をも殺すのかもしれない。
カークの寿命がどれだけあるのかは知らないが、人よりも多いのならば尚更だ。
思案に耽っているとグレイから「兄さん? 聞いてる?」という声が聞こえて俺はハッと我に帰る。
「兄さん……まだ寝ぼけてる?」
「悪い、ちょっと考え事。
もう一度お願い出来るか?」
そう言うとグレイは頷いて、ライターに炎を灯し、その炎で作業机の上に置いてあった手のひらに収まるくらいの大きさの水晶玉らしき物を手に取り炙る。
すると水晶玉の中にみるみるうちに炎が溜まっていくのが分かった。
「まぁ、これは居場所を変えているだけで意味は無いんだけれどね、例えばこれでカークはライターからこの球の中に映った」
「この前も何度か試されたが、慣れぬな」
カークのボヤキがグレイが手に持つ水晶玉から聞こえる。
「何度も悪いねカーク。
さっき言った通り、これは場所を移しているだけだ。
この水晶玉は本来、姿が無くても活動出来る精霊の類を留めておく為の器具だからね。
でもカークの場合は留めておけない、持って十分かな……、それも謎の一つ」
グレイは水晶玉とライターを机の上に置き、簡単な食事を用意しながら「とりあえず見ててよ」と言う。
「この水晶、相当強い力で封じ込められるはずなんだけれどなぁ……」
そうボヤくグレイを見ながら二人で食事をとっていると、水晶玉の中の炎が消える。
それと同時に「やはりこちらだな」という声がライターから聞こえた。
「出るべき穴が小さいから完全に出られないのか、それとも余程ライターとカークの繋がりが深いのか……。
理由は聞かないけれど兄さんもすごいのと契約したね。まぁ僕もだけれど……」
グレイは食事もそこそこに、水晶球とライターをこちらに手渡してくる。
「この水晶玉はあげるよ、カークの居場所を変える練習に使ってみて、そう難しくないはず。
もしカークが中にいる時に割れても気にしないでいいよ、本来精霊達を入れていたら逃げられちゃったりするけれど、カークの場合は相当強い力でライターに縛られてるから、そのうちにライターに戻る」
「その時にカークを具現化させる事は出来ないのか?」
それが出来たら苦労はしないかと思いつつも聞いてみると、グレイは苦笑しながら答える。
「難しいね……。
今のカークは元々身体があった状態から魂だけがライターと結びついている状態みたいだ。
言わば今カークはライターが身体なんだよね。
だから僕もさっきやったけれど、兄さんは魂をライターから引っこ抜くわけ。
だからその魂を入れて動かせる身体を今日中になんとかしようってところだね」
何とも複雑そうな話ではあるが、グレイは俺にも理解出来るように丁寧に話してくれた。
「それじゃあ、僕は少し仮眠を取るよ。
集中力も切れてきたし、疲れ切ったまま明日魔竜と対面するわけにもいかないしね。
起きたらもう一度頑張ってみる……」
そう言ってグレイはフラフラとベッドの方へ歩いていって、バタンと倒れたかと思えばすぐに寝息を立て始めた。
「頑張ってくれてるんだな」
「まあな……」
寝ていたはずのカークが返事をする。
結局カークは眠るのかどうなのか、そして依代が間に合うのかは分からないままに準備最終日。
俺は「おはようございますタナトさん、はやいですねぇ……」と少し眠そうに言いながら起き出して椅子に座ったアルに「俺が先なのは珍しいな」と微笑みながら水の入ったグラスを差し出し、「おふぁー……ようごあいあす……」と凄く眠そうによく分からない言葉と共に起きたリアにニッコリ笑って「おそよう」と告げる。
「もー……、もぉ!」と言いながら俺に渡された水を飲みきった水飲み牛ことリアが椅子でうなだれているのを何とも言えない顔で見た後、俺は机の上の水晶玉とライターを見つめていた。




