第二十八筆『掃除はサボると怒られるしな』
ヒトガタがいなくなった地下の広場を改めて見回すと、当たり前だが閑散としていて元々は何をしていた場所なのか疑問に思う程物が無かった。
「あ、タナトさん! 待ってましたよー!」
そう言ってアルが顔をふにゃっとさせてこちらへ駆け寄ってくる。
尤も、その右手には自変弓が握られ全身汗だくではあったが、手を振り挨拶をする。
「おはようアル、随分と精が出るな」
俺がそう言うとアルは少し嬉しそうにしてから、思い出したように足元に落ちていた石を拾う。
「だって! だってこれ凄いんですよ! ちょっと見ててくださいね!」
アルは興奮気味に自変弓の弦の部分に拾った石を当てると、自変弓は即座に変形を開始し投石機の形を取った。
そこまではグレイが説明していた通りで、その変形は確かに俺もロマンを感じる変形だったが、アルはその投石機に拾った石を入れて打ち出すと同時に矢を五本程まとめて自変弓に当てる。
すると次はそのまとまった矢を包み込むようにして自変弓が見慣れない形状に変わる。
「これはボウガン……? 複数本入るってことは、連弩か。
すごいな……」
アルは「ですよね! ですよね!」と言いながらはしゃいでいた。
今の見た目は弓というよりも、おそらくはボウガンやクロスボウに近い。
見た所、弓の弦を引き絞り矢を撃ち出すのではなく、銃のトリガーを引くようにして矢を発射する仕組みのようだ。
自変弓の材質がどんな物なのかは想像も付かなかったが、その銀色に光る素材は金属のようにも見えるが、俺の知っている常識を超えた何かが含まれている武器だということは間違い無かった。
「これ! この部分を押すだけで矢が出るんですよ!」
アルが感動する部分は少しズレていたが、それでもこの弓は間違い無く撃つという事に特化しているように思えた。
「これなら矢が尽きても代わりの物があればいくらでも戦えるな」
「ですです!」と頷いてアルはポケットに石を拾い集めていた。
あくまで持ち運ばなくてもその場で補給出来るだろうと言う意味で言ったつもりだったが、アルが嬉しそうだったので黙っておいた。
しかし、この自変弓が何処までの変形が出来るのかはある程度把握しておきたい。
握れば自分に合うサイズに変わり、まとめて矢を合わせると弩弓にも変わる、そして石を当てると投石機、ならばもしかすると剣でも当てた日にはどんな……、と思いリアが少し遠くで振っている剣に目をやると、リアもこちらに気がついたらしく剣を下ろし手を振ってくる。
「せんせー。私もほらー、剣からなんか飛ばせるようになりました!」
そう言いながらリアは壁向かってに素振りを始めるが、その剣先が徐々に煌めいていく。
そしてそのうちに、剣先から光が放たれる。
「ふふー、掃除してるみたいで楽しいんですー」
リアは妙なゾーンに入ってしまっているようで、ひたすら魔法剣アディスの剣先から放たれる光を壁に当て続けていた。
その度に暗く薄汚れた壁が白に染まっていく。
この牢獄が呪いで溢れた場所なのだとしたら、もしかすると今リアは知らず知らずのうちにこの部屋の呪いをその剣で浄化しているのかもしれない。
「疲れは無いのか?」
俺はリアの方に歩きながら尋ねると、リアは「ふふー」と言いながら剣を振り続ける。
「……大丈夫か?」
リアの素振りには当たらない程度の位置まで近づき、改めて質問するとリアは余程集中していたというか、夢中になっていたようで「ふぇっ!? はい!! はい?」とよく分からない返事をする。
「魔力って使うと疲れとかがあるもんだって、よく色んな物語で読んだけれど、そういうのは無いのか?」
「ん、んーー……。とりあえずは大丈夫みたい、ですね」
そこそこ広い壁の一面を真っ白にする程に剣を奮っていたリアは、多少汗こそかいているもの、息も整ったままで笑って答える。
「せんせはどうなんです?」
逆にリアに質問されて初めて、自分の許容量を確かめていなかった事に気づいた。
俺は右手を開き、手のひらの上に丁度拳くらいの大きさの炎球を作り出す。
「試してみるか……。その為の訓練だし、なっ!」
俺はその炎球をリアともアルとも離れている地面に思い切り叩きつけた。
それと同時に地面から火柱が上がる。俺はその火柱の勢いを見ながら、強まれと心の中で強く念じる。
するとまるでカークと心の中で話していた時、俺の言葉が口を使わずともカークに伝わったように、火柱の勢いが強まる。
どうやら心中で会話するのと原理は似ているようで助かった。
出来ないと思い込まず、何でもやってみる事だということはさっきカークから教わった通りだ。
もしかするとカークは嫌味を言うようで、実は大事な事をその言葉の節々に含ませているのかもしれない。
「おおー、すごい……」
石を拾っていたアルが近づいて来て火柱を眺めている。
「でもあついですよ! 更にあついです!」
リアは逆に数歩遠ざかり、その炎を遠巻きに見つめていた。
確かに今まで訓練していて汗をかいている二人には申し訳無いことをしたと思い、俺はその火柱に消えろと念じると、スーッと火柱は消えていった。
「もう一つは……、これか」
そして左手に付けた盾に意識を強く向けると、その盾の大きさが少しだけ変わる。
最初渡された時は気づかなかったが、よく見るとその盾の先端には鋭利な刃がついていて、どうやら攻撃に使う事も出来そうだった。
手を通す時に本来の盾の方向と逆だったのが少し気になってはいたが、確かに逆でなければその先端で相手を切り裂く事は出来ないだろう。
そしてヒトガタを防いだ時、拳と共に盾を床に叩きつけて巨大化させた時もそうだ。
すぼまっている先端は下を向いており、その代わりに広い面が周りに向くような状態になっていた。
改めて俺はその盾にありったけの力を込めて地面にその先端を打つと、その盾は天井まで届く一枚の鉄壁へと変わった。
アルとリアが驚いた声を出していたので、俺は慌ててその盾を元に戻す。
「意外と俺も疲れないみたいだ」
「そういうものなのかもしれませんねぇ」
そう言ってリアは俺の盾を見て嬉しそうに笑う。
「嬉しそうだな」
「成長を見守るのはいつだって喜ばしいことですよ……」
まるで母のような目で俺を見るリアの言葉を俺は聞き流し、改めて素振りを始めようとするリアを呼び止めた。
「リア、ちょっとその剣借りていいか?」
リアは「どうぞー」とその剣を一旦鞘に収めてからこちらに渡してくる。
そして俺はその鞘を俺の放った炎球の跡を眺めていたアルの方へ歩いていき、その鞘をアルの方へ向ける。
こちらを見て首をかしげるアルに「抜いてみてもらっていいか?」と言うと、彼女はどうやら俺が試してみたかった事に気づいたようで、嬉しそうに、だがゆっくりと鞘から剣を抜く。
「あっ、やっぱり重い……」
感情が先走っていたとしても、そういう自己分析と状況判断は出来ているあたり、やはりアルはしっかりとしているなと関心しながら、俺は俺でワクワクした気持ちを抑えられずに彼女が剣を手に取りその弓に当てるのを見ていた。
いつのまにかリアも俺の隣に来て興味深そうにアルの行動を眺めている。
「んっ、っしょ!」
片手に弓、片手に剣は流石に重そうだったが、なんとかアルはリアの剣を弓にあてる。
その瞬間に、弓はその質量を無視したかのように激しく変形を始め、見たこともないような形状へと変化していく。、
「あっ、これ本当に重い! どっちか手を貸してください!」
そう言われてリアが慌てて下方向に現れた二つある持ちてのうちの一つを手に取る。
他の変形とは違い、少しだけ長く時間を使った後、自変弓が取った形状は予想していた通り、剣を撃ち出す形状だった。
「かっっっっこいいな!!」
俺は思わず興奮が止まらず言葉に出して閉まっていた。
重さを考慮したのか、両方の手で持つ為の二つの持ち手の上にはしっかりとリアの剣が固定されている。
凄く、凄く格好良い。
最高の一撃をお見舞い出来そうな重厚で銀色のフォルムがギラリと光る。
その変形は機械的に見えたが、駆動音のような物は聞こえず、まるで生物が鳴くかのように、ジャキっという音だけが聞こえる潔さ。
俺にもし射撃の心得があったら是非、是非とも使いたかった……。
「重い……」
リアとアルがしんどそうにこちらを見るが、俺の興奮は覚めず「射ってみないか?」なんてことを口走る。
するとリアは少し冷たい目で俺を見ながら自変弓に固定されていた剣を抜き取る。
自変弓は形状を元に戻し、アルの手に馴染む大きさに戻るとアルは「重かったぁ……、剣だけの重さじゃないですよアレ……」と呟いていた。
リアは興奮冷めやらぬ俺を相変わらず少し冷たい目で見て、鞘に剣を仕舞う。
「せんせもこういうところあるんですね……、意外な一面というか」
どういうところだというのだ、変形は男のロマンだ! と語りたかったが、怒られそうなので黙っておいた。
「はい……。いやでも、わたしは結構ああいうの好きでしたけど」
「だよな?! 格好良かったよな!」
アルのフォローにすかさず反応してしまった俺にリアは「もう……」と溜息をついていた。
そんなやり取りはあったものの、俺達が与えられた武器は間違いなく物凄い力が秘められているということだけは確かだった。
「これ、グレイが作ったんだよな」
流石にいつまでもはしゃいではいられないと思い真面目に呟くと、リアも「凄いですよね」と素直に頷く。
「私は本編を読みましたけれど、これ程特殊な武器は出てきませんでした。
アルちゃんが持っている自変弓も、名前すら語られず変形するなんて事も知らなかった。
物語は目に見える部分だけが全てじゃないって事ですね」
リアはそう言いながらまだ黒くくすんだままの三面の壁のうち一面の方へ向かい、剣を振り上げた。
「こういう地味な努力は、省かれがちですからね!」
妙に嬉しそうに言いながら素振りを始めたリアは、最終的に「えへえへ……、えへへ……」などと言葉にならぬ状態になりながらも広場の壁を白く塗りつぶし「これ以上は流石にまずいですって……」とアルに言われ、肩を貸してもらいながらグレイの部屋へと戻っていった。
壁が明るくなった広場に一人残された俺は、全身全霊の力で両手を床に叩きつけ、その炎を広場中に広げていく。
そして、その炎を思い切り強め、力を抜いた後に残ったのは、ゴミや汚れが焼き切られ、少しだけ綺麗になった地面だった。
「掃除はサボると怒られるしな」
俺は独り言を言いながら、広場を後にする。
明日は最後の準備の日だ。
とにかくグレイがカークの依代を間に合わせてくれることを祈るしか無い。
流石に魔力を使いすぎたから疲れているのか、それとも沢山動いて疲れているのか分からない体を引きずってグレイの部屋へと続く階段を登りながら、明日の準備の成功を小さく祈った。




