第二十一筆『ボク一人でアイツを殺す』
状況は悪いが、最悪では無い。
俺は手をあげたままに、その杖先から目をそらさずグレイに話しかける。
「敵じゃない、敵わない。そもそも、お前に敵なんていないだろ?」
スピンオフと言えど、物語の主人公にこんな事を言ってあしらえるかと言われると難しかったが、自尊心が高いなら力関係はハッキリさせて置きたい。
たとえこちらが幾らか有利であっても、協力関係を結ぶのであればまずは下から攻めるべきだ。
「敵じゃないです。どうか杖を下ろしてください」
俺の発言から数秒沈黙が続いた後、リアの言葉でグレイはやっとその杖を下ろした。
女には甘い、分からないでは無いが、作者はこの人間をどうにかして更生させようとしたのだろうか。
そりゃ失敗するだろうと思いながら、俺はリアと向き合い椅子に座ったグレイを見て両手を下げる。
「それで、お前らは何だ? 何でこんな所にいる」
「それはお主もだ……ッ」
余計な事を言いかけたライターを手で包む。
一瞬こっちを睨んだグレイだったが、フンと鼻を鳴らしてリアに向き直った。
「とりあえず、男は黙ってよう」
小さく独り言を呟くと、ライターからも小さくフンという鼻を晴らす音が聞こえた。
アルは部屋をキョロキョロと見回していたが、額縁に飾られている綺麗な弓を見つけてからはそれに釘付けだった、目が輝いている。
「すごい……、強そう……」
思わず出た感想が綺麗でも格好いいでも無く"強そう"なのか……とツッコミを入れそうになるが、ぐっと堪える。
「私達はまだ各地に残る魔物を倒して回っているのですが、魔竜が復活したと聞いて……」
話のでっち上げとしては当たり障りの無い事を言い出すリアだが、牢屋にいた理由が説明出来ない。
「何で知っている? それに、この牢獄は誰も入れないようにボクが結界を施しているのだぞ。
入れた事自体、怪しい」
リアは言い訳に悩むかと思ったが、スッと立ち上がり部屋の扉を開く。
流石に武器も何も無い女性だったからか、グレイもそこまで警戒はしていないようだったが、その扉から光が漏れ出した瞬間に立ち上がり杖をリアの方へと向ける。
だが、扉の先に牢屋の風景が見えた途端に、その杖を下ろして、リアの顔を見た。
「……まさか、未だボクが知らない魔法があるなんてな」
そう言ってグレイは椅子から立ち上がり、リアが開けた扉の先へ顔を出す。
「成程、空間転移か。それは分かった。
だが魔竜の復活なんて知っているわけがない、復活はボクが結界を厳重に張ってからの話なんだから。
誰にも話してすらいない」
グレイが鼻を鳴らしリアを問い詰める。
流石にリアもそこまで問い詰められるとは思っていなかったらしく、一瞬難しそうな顔をするが、我らがライター様がその窮地を救う。
「何が結界だ痴れ者。獣臭い瘴気がダダ漏れておるわ。
こんなもの、世界の裏側とて臭うであろう」
ただし、すごく偉そうに。
「だそうです……」
リアが申し訳無さそうに目を伏せるが、グレイの興味はもう完全に喋るライターに持っていかれていた。というよりも、すごく馬が合わ無さそうだ。
「さっきから聞いていれば、なんだこのジャラジャラとした煩い奴は!
形状は道具のようだが使い魔か?! 何様のつも……り……」
言い終わる前に、グレイのその顔が青ざめていく。
アルは相変わらず目を輝かせて部屋の中を見ていたが、リアも一瞬たじろいだ。
それは、俺が契約者だから分かる事だった。
「いいや、俺達の立場は逆だよ。グレイ」
俺の言葉が届いたかは、分からない。
机に置かれたライターから放たれた熱気と圧力は、カークなりの挨拶といったところだったのだろう。
だが、それはあまりにも強すぎたのだ。
俺に届くのはカークがそれらを放ち、グレイを圧倒しているという状態だけだが、俺にその力が届かないのは契約者だからなのだろう。
そして、アルも涼しい顔をしているのはおそらく彼女が魔法、魔術といった概念に触れた事が無いからだ。
現に、二つだけとは言え魔法と呼べる力を持つリアは顔をしかめ、おそらくは沢山の魔法を使えるであろうグレイは膝を付く。
「理解出来たか? お主が用意した魔竜とやら、狩らせてもらうぞ」
カークが言うと、グレイが悔しそうに立ち上がり、椅子にドサっと座る。
「有り難いと言いたいところだけれど、断る。アイツはボクが倒さなきゃ意味無いんだよ」
カークの圧倒は続くが、グレイは拳を握りしめてカークの言葉を否定する。
その目には薄く涙が見えた、それは怒りからだろうか、それとも悲しみだろうか。
「申してみよ、聞いてやろう」
カークの圧倒が消え、リアがホッと息を付いて椅子へと戻る。
アルも流石にその状況に気がついたのか。リアに小声で「大丈夫ですか?」と聞いていた。
「勇者一味が、魔竜を倒した。
それは知ってるよな?」
それを確かに知っているリアだけがそれに頷いたが、グレイはそのまま話を続ける。
「その時に、ボクも手助けをしたんだ、不本意ながらね。
最後の最後だけ、四勇者に五人目が加わったわけだ」
そこまでは、俺もリアから聞いた通り、グレイは勇者達のライバルだったが最後には共闘したと言っていたはず。
「けれど、称えるべきは四勇者だと、誰かが声高に叫んだ。
ボクはボクで、知らぬ所でやるべき事はしていたのにね」
「やるべき事……?」
アルが不思議そうに聞くと、グレイは大きく頷く。
「お前がさっきから見ている弓、魔竜の翼を射抜いたのはその弓だ。
ボクが勇者の一人に貸してやったのさ。それを作る為の材料……聞くかい?」
グレイが脅かすように笑うと、アルはにっこりと頷く。
「はい! 何で出来ているんですか!」
その答えにはグレイも面食らったらしく、口をとがらせる。
「あぁ、知りたいなら教えてやるよ。
まずは一本の弓を返り血で染め上げ……」
「やめましょうやめましょう! グレイさんは錬成も得意だったんですね!」
リアが慌ててグレイの説明を止める、と同時に錬成という概念の存在も確認した。
「あぁ……、元々ボクは前でガチャガチャとやりたいタイプじゃあ無いんだ。
目立つのも御免さ、けれど目立たれるのも御免だったんでね。
同郷の勇者達に茶々を入れてやったらこのザマ、まさか罵詈雑言を浴びる身とはね」
グレイが溜息を付いて、顔をローブの袖で拭う。
「だから、もう一度殺す事にしたんだよ」
顔をあげたグレイの顔は怯えに支配された狂気じみた笑顔だった。
「燃やし尽くさず、凍り付かせず、雷鳴は轟かせず、地は揺るがさず。
光を抱えず、ただ闇の中でくぐもる声が、ボクの魔法」
その声は、少しだけ自嘲気味に聞こえた。
「守る為の盾ではなく、誰も入れない為の盾。
聖人を生き返らせる奇跡では無く、魔を復活させる儀式」
その目がギラギラと輝く、カークの笑い声が小さく響く。
「今度は!! ボク一人でアイツを殺す!
だからもう一度、死んでもらう為に生き返ってもらったんだよ」
ダークヒーローと呼べる物では無い、これはヒーローの話ではないのだ。
勇者の話でも無い、ただひたすらに、このグレイという魔法使いが、自分を認める為の物語。
演説と言える程の、グレイの独白が終わった後に、愉快そうなカークの声が聞こえる。
「クク、カカカ!! 愉快! 愉快だぞ小童!
見せてみろ! その魔竜とやらを殺す瞬間、我らに見せてみるが良い!」
その言葉を、グレイは吐き捨てるように笑い飛ばす。
「笑っていろ、姿も見せぬまま笑っているがいいさ。
その目は何処にあるんだ?」
その瞬間、さっき以上の強い熱気と圧が部屋を支配するが、それを物ともせずグレイは立ち上がる。
「笑わせる、同じ事しか出来ないのか? ボクをバカにするなよ?」
リアは苦しそうに顔をしかめていたので、俺はカークにそこまでにしておいてくれと頼み、その熱気を止めさせる。
「やることが決まっているのに、対策が取れないでどうする。
じゃあ、見せてやろうじゃないか。
五人で殺した魔竜を、一人で殺すところを」
そう言ってグレイは、棚から幾つかの見慣れない道具をポケットに入れ、俺達へと向き直った。
「そうだ、お前達の名前を聞いておこうじゃないか」
そう言われた俺達はそれぞれが自分の名前を言い、グレイは満足そうに頷いていく。
「そして"お前"は?」
ライターを見て、グレイが嗤う。
「炎魔カーク、貴様を殺す為のこの身が無かった事を幸運に思え」
明らかに苛立ちを感じられるカークの声に、アルが少しビクンとする。
「ボクに殺されるその身が無かった事を幸運に思うといいさ」
それはある程度の強がりだろうとは分かっていた。
カークも不機嫌そうに「笑わせる」とだけ言って黙った。
「じゃあ観客も出来たことだし。
リア、あの牢の外まで扉を繋いでくれるかい?」
もう既にリアの力を我が物のように使っているグレイに少し苛立ちはあったが、黙って扉を開けるリアの心配そうな表情を見て、俺は黙って次の展開に思考を巡らせた。




