第十九筆『スピンオフか』
俺達は『常ノ魔』の続きを書き終わり、リアの提案によって身の回りの品を買い揃え、リアの部屋にあったデリバリーサービスと言う名のキッチンから出てくる割とジャンクな食べ物で腹を満たす。
「すんごい! すんごいですよこれ!」
アルがデリバリーフードを頬張る度に身体を震わせながら感動していたのが微笑ましかった。
ポケットでカークが不機嫌に食事をねだるので、机の上にブランケットを折りたたみ、その上にライターを置いて食べ物をお供えするとよく分からないが満足したらしく、ライター様は無言になる。
尤も、お供え物はそのライターの前でホカホカと湯気を立てているだけで減りもせず、要は自分だけ食事が出来ないという事自体に気分を害したのかもしれない。
であれば、この炎魔にも少しだけ人間味を感じる。
「とりあえず今日は寝ましょうか、本を返すのは明日で大丈夫ですので」
リアがそう言って部屋に届いていた毛布と枕を俺とアルに渡す。
「同室で申し訳無いですが、とりあえず今日はこれで……。
アルちゃんはそこのソファ……、フワフワの椅子を使ってね」
そういうとアルは一瞬遠慮した表情を見せたが、リアがもう一度「使ってね」と笑顔で言うと大人しく毛布と枕を持ってソファに横になった。
「私達は、雑魚寝で!」
リアは時々剛気なところがあるし、強引なところもあるが、意外に嫌いではなかった。
リアは「床は冷たいので」と言い、薄く大きい毛布を床に引くと、そのまま部屋の電気を消して毛布の上に腰を下ろした。
「狭いですが、せんせもどうぞ」
つまりは俺もこの毛布の上に座れということなのだが、どうにも彼女の緊張感の無さに緊張する。
だが彼女が気にしていないのであれば冷たい床よりは良いか、と思い恐る恐る横になった。
肩と肩がくっつく距離とは言わないが、背中の少し後ろに何とも言えない。
「何とかなっちゃいましたねぇ……、これでせんせも司書補です。
明日からも頑張りましょうね」
背中越しに声が聞こえる。
成程、リアが司書ならそれを手伝った俺は司書補だ。
正式に任命される物かどうかは分からないが、リアがそう言うのならばそうなのだろう。
「司書補か……、転職だな」
そう呟くとリアは「兼業ですよ」と小さく笑った。
もう既にソファの方からはアルの寝息が聞こえていた。
どうやら余程寝付きが良いようだ。食欲旺盛で寝付きも良い、スクスク育つのも時間の問題だなどとくだらない事を考えていると俺の瞼も重くなってきた。
まさか、長い夢ではあるまいと思いながら、俺の意識は眠りへと誘われていく。
眠りにつく寸前「せんせ?」という声が聞こえた気がするが、それに答える前にはもう眠りへと落ちていた。
「お二人とも、おはようございます!」
ニワトリの声がこの世界でどう聞こえるかは置いておくとして、俺達が目覚めに聞く第一声は、きっと今後も変わらないのだろうと思う。
元気なニワトリことアルの声に目を覚ました俺達、というよりも俺は今までの一連の出来事が夢じゃなかった事に少しホッとした。
「どうしたんですか? なんか変な顔ですよ?」
蓋を開けばアルも人懐っこい少女なのが分かる、敬語ではあるものの、もう多少の軽口くらいは気にせず言えるようだ。それが軽口だと思って言っているかは分からないが。
「いや、アルは昨日までの事が夢かもなんて思わなかったか?」
そう聞くとアルは眩いばかりの笑顔を見せる。
「あんな美味しいご飯とあったかい寝床、夢でも幸せですよ!
夢じゃないから尚幸せですけどね!」
そう言って彼女は自分の寝具を綺麗に畳んでソファの上に置いた。
「ああぁ……。朝、ですかぁ……?」
リアが横になったまま情けない声を出している。
「朝です! 起きましょう! ご飯を食べましょう!」
朝でなくともアルはご飯を食べましょうと起き出すのでは無いかと不安になる勢いで食事をせがむ。
その姿は何とも動物的で、主人の服の裾を引っ張る猫のような、主人を起こして尻尾を振る犬のような。
「思えばこの部屋、時計って無いんだな」
俺が言うとリアが布団の中から机の方を指差した。
その机に近づき、椅子の方へ回り込むと小さな置時計があるのに気付く。
時間は……、十二時を越えていた。
「朝っていうより、昼だな……」
目の前ではアルが「リアさーん! ご飯食べましょう!」と毛布を剥ぎ取りリアが古典的な叫び声をあげていた。
アルは目覚めが良い訳ではない、つまりは腹時計が鳴って起きたというわけだ。
「それで……、今日からのお話ですが……」
リアが食事をとって尚眠そうな声を出しながら図書館を歩く。
アルはその光景に目をパチクリさせながら、俺が最初リアから聞いたような説明を眠そうな声のリアから聞いていた。
「神様の図書館……、じゃあこの場所全体は何ていう名前なんですか?」
その好奇心というか、何にでも興味を持てるところはアルの良いところの一つだろうと思った。
それに、思えば俺もこの場所の事を中継地点としか聞いていない。
「んと、この図書館の名前の事でしたらサライブという名前ですね」
「あ、えと」
リアはまだ寝ぼけているし、アルはどうやら話が噛み合わずあたふたしている。
「此処がサライブで、このサライブも含めた全体の事はなんて言うんだ?」
そう言い直すと、アルはありがたそうにこちらを見て、逆にリアはやっと目が覚めたようで申し訳なさそうにアルを見た。
「あああ……、ごめんなさい、実は私朝が弱くて……」
実は?!と言いかけたが、その周知の事実は置いておく、そもそもリアは朝というより、昼まで寝ていて尚弱い。
「この生と死の中継地点の名前はですね、シェオンです。
この神様の図書館サライブに中継地点シェオン、せんせであれば聞き馴染みの無い言葉はこれくらいだと思います。
アルちゃんは、少しずつ覚えていきましょう」
すっかりカークの事を忘れているリアだったが、カークは無言を貫いていた。
「カークもなんかあったら聞いてくれよ、分かる範囲で教える」
少し気を使ってカークに話しかけると、カークは「言うまでも無いが……、そもそもお主らの会話で事足りるであろう」と相変わらず偉そうにしていた。
三人で苦笑していると『常ノ魔』があった本棚にたどり着く。
「じゃあこれ、返却しますね」
そう言ってリアは一冊分隙間が空いている本棚にその手に持った『常ノ魔』を収める。
すると、カチっという音と共がした。
「せんせ、引っ張ってみてください」
言われて俺が収まった『常ノ魔』を引っ張るが、収まったソレはびくともしない。
「ん、大丈夫ですね。それが物語が軌道に乗った最後の確認です。
もうこの原本は他人の手によって開かれる必要が無いから取り出される必要も無い。
物語は続いていき、この世界に転生する人は写本を通して転生するわけです。
逆にちゃんと本棚に収まらずに少しだけ前に飛び出しているのが私達がどうにかすべき本ってわけです」
「と言っても、原本が取り出せないんじゃ写本も無理なんじゃ?」
俺が本を引っ張った本から手を話して問いかけると、リアは少し胸を張って少し得意そうにフフンと笑う。
「物語は、生きているんです。
だったら、その物語を収める図書館だって、生きているんですよ」
アルはピンと来ていないようだったが、カークは愉快そうに笑う。
「つまり写本とやらも勝手に作られるのであろう? こうでなくてはな、あり得ない事ばかりが起きる事程、愉快な事は無いぞ」
「カークさんはほんと話が早いですね……、助かります……」
その得意そうな顔をしょげさせたリアは、丸々カークに説明されてしまったからか、少し肩を落とす。
「簡単に言えば、何でもありって事ですよぉ!」
顔をあげたリアがやけっぱちで言うのを、アルは「おー……」と呟いて見ていた。
「もう、次の話行きますよ! どうせ私は司書なんかより肉体派なんですから!」
「ほら……、兼業って事で……」
たしなめたものの、本気で怒っているわけでも無いらしく「まぁいいんですけどねっ!」と言ってリアは本棚を物色する。
「これ……、昏がりのスレイヴガンド……」
息を呑むようにリアは一冊の、本の前で立ち止まる。
「まだ、終わってないはずが……」
リアはその本を手に取り、パラパラとめくる。
開いた頁を見ると、びっしりと文字が書き込まれている、それも開いた頁は大分後ろの方だった。
「何で……、話は終わってるのに……」
「知ってるお話なんですか?」
アルが青ざめた顔のリアに聞くと、リアは小さく頷く。
「この本は、シェオンに来てから読んだ事があって、その時確かに完結していたはず」
俺は抜き取られた本の横に似た題名の本を見つけ、困惑しているリアの肩をトンと叩く。
俺の視線の先には、『スレイヴガンドの呼び声』と書かれた本があった。
「あぁ、その本は終わったんだろうな……、でもこれは」
俺の視線の先を見て、リアはその本を急いで取り出して目を通して、深い溜息をついた。
「スピンオフか……」
おそらくは一度終わったままならば良かったものの、また初めてしまった物語を止めてしまったせいで本来軌道に乗っていた物語の軌道を外してしまったのだろう。
「あぁ……、本編は面白かったのに何故……」
肩を落とすリアだが、首を横にブンブンと振って、顔をあげた。
「でも! 私この本なら元々知識があります。
思い入れもあります! だから、次はこの本でどうでしょう」
俺はその言葉に頷き、アルも完全に理解しているかは分からなかったが「リアさんが言うなら!」と笑う。
「カークさんも、良いですか?」
リアが俺のポケットに向かって問いかけると、ポケットから少し機嫌が良さそうに「良かろう」という声が聞こえた。
「じゃあえっと、本編は本棚に置いたままで良いはずです。
おそらくスピンオフを軌道に乗せたら、一緒に収まると思いますので」
そう言って、俺達は『スレイヴガンドの呼び声』を手に、シェオンと物語を繋ぐ部屋へと向かった。




