休筆中その二『我を連れてきて正解だったな』
長く眩い金色の髪に白いワンピース、靴はいまいち名前は分からないが、サンダル風といえばいいのかどうなのか、とにかくオシャレっぽい紐が沢山ある靴をパタパタと言わせて歩くリア。
その後ろには少し明るめの茶色の髪を薄緑のリボンでポニーテールにして、足元は履きやすそうなスニーカーと、服もまた動きやすそうなズボンとシャツの格好のアル。ただしアルはフード付きのマントを羽織っていた。
アルたっての希望だったそうだが、その格好は不思議としっくり来ていた。
「マントって弓を使う人の憧れなんですかねぇ……」
おそらく俺もリアと同じく、フードがトレードマークになった弓を使う伝説の義賊の事を思い出していた。
「ロビンフッド?」
「ええ、弓と言えば彼のイメージですね。
とはいえ伝説上の人なので話としては色々とありすぎてどのロビンが、とは言いにくいですけれど」
マントをひらひらさせながら自分の世界に入り込んでいるアルはそのままに、俺とリアは並んで歩く。
「でもあれって地球、俺の世界での伝説だよな?
リアって別の世界出身だろ? 随分と俺の世界の話詳しいよな。
ほら、あの時は突っ込まなかったけれど、北北西に進路を……なんて言ってたけど、アレも古い画だろ?」
「ですね。人間違いで大変なヤツです、というよりせんせーも知ってたんですね。
私はこっちに来てから長いのもありますし、此処では対価によって時間の概念をいじくり回せる場所もありますので、地球の事は大抵勉強しました。
というのも、会ったばかりの時に言った通り地球は神様が書いた最初の一冊なので」
「書ききったのか?」
聞くとリアは難しい顔をする。
「うーん、分からないんですよね。
軌道には乗っていますが……、そもそも私達は神様に出会ったことすらないんです。
偉い方々は勿論いますが、定期的に指示が降りてくるだけです。
とりわけ私なんて何かしらの頁の続きを書けという事を言われるくらいですね……」
「死んでたりってのは……」
「無いですね、此処は物語と物語の中継地点ですので留まるべき存在が少ないのは確かですが、望んで何処かへ転生されちゃうと困りますしね……」
中々に複雑な場所のようだ。見かけはSFチックだが、何でもありのようにも思える。
「そういえば……」
だが不意に疑問が浮かぶ、というよりもずっと聞こうとして聞かずにいた事だ。
「結局、どういう理由で俺は此処に留まれたんだ?」
そう言うとリアが少しだけ顔を背け、気まずそうな申し訳無さそうなどちらとも取れない表情をする。
「それは……、その……、ワガママで……」
「ワガママって……、もしかして俺は本来留まるべき存在じゃなかったのか?」
リアはコクリと頷き、俺の方を見てパンと手を合わせる。
「ごめんなさい! 一人きりで失敗続き、すごく荒れてたんです……。
そんな時丁度作品を読んでたせんせーが死んじゃったのでつい……」
つい……で俺は留まってしまったわけか。
だが結果的に、それも悪くない。気にするなと手を振ると、リアはホッとした表情に変わる。
「でも、そう簡単に呼べる物なのか? 俺とリアって何の関係も無いだろ?
アルを連れて来た事については納得も出来るが……」
「私がせんせーの作品を読み続けるうちに縁が生まれていたみたいです。
そして、先生も物語の続きを書きたいって思いながら死にましたよね?
それで私も誰かっていうのはアレですね、せんせーに続きを書くのを手伝って欲しいって思いながら死ぬところを見てたんです。
そうしたら、司書の特別権利が発動しちゃいました」
理由は分かった物の、最後に知らない言葉が飛んできている。
「その……司書の特別権利ってのは……」
「私達に与えられた、物語から物を一つだけ持って来れる権利です。
私で言うところのアルちゃん、せんせで言うところのカークさんですね。
それが普通の司書権利。
ですが、特別権利ってのはその名の通り特別で、持ってこれるんです。
どの物語からでも」
つまり彼女は、その特別権利を俺をこの世界に引っ張り上げるためだけに使ったというのか。
買いかぶり過ぎな気が否めない、だがその期待に答えるくらいには、前向きに捉えられた。
「そんなわけで、特別権利を使っちゃった私はせんせーを説得して、今後も書きかけの物語の続きを作っていくわけです」
今、使っちゃったと言ったのは気の所為だろうか。
思えば、俺が目覚めたばっかりの時に少し苛立ちながら『転生させてあげたのに!』みたいな事を言っていた気がする。
「あれ……、もしかして、上手い事まとめようとしてるけど、俺が此処に来たのって、所謂事故か?」
そう言った瞬間、リアは物凄い勢いで明後日の方向を向いた。
「なぁリア、こっちを向け。
使っちゃった、使っちゃったな? 俺の願いとリアの願いがたまたま近かったもんだから、使っちゃったんだな?」
早足になるリアを見て溜息をつく。
「んー、よく分からないけど、でもお二人は仲良しそうだから良くないです?」
アルがしっかりと話を聞いていたようで、マントの裾を嬉しそうに掴みながら俺の顔を見る。
それもそうかと思い、頷いてリアの後ろ姿を眺めていると、彼女はヒラリとこちらを振り返る。
「で、でもせんせーの作品が好きだったのはほんとですし! 後悔なんて無いですよ!」
その言葉に少し照れながらヒラヒラと手を振る。
「ほら! 部屋に戻ってご飯食べましょ! 買った物も届いてますし、食べ物もデリバリー完備ですよ!」
「デリバリー?」と呟くアルに「好きな物作って持ってきてくれるんだってさ」と言うと彼女はリアの方に早足で駆け出す。
彼女のマントが揺らめいているのが見ていて楽しい。
とはいえ飯の為にはマントははためいているわけだが、それでもマントはロマンだと思った。
「俺もマント買っとけば良かったなぁ……」
誰にも聞かれないように小さく呟くと「我の炎も使いこなせぬうちに何を言う、燃えるのが関の山ぞ」と余計なツッコミが入る。
「そういえば居たんだった……」
「あの小娘二人は我の姿を知らないからまだしも、お主はもう少し我を崇めても良いと思うのだが、舐められたものよの」
そうは言うものの、怒っているようには聞こえない。
要はカークも"愉快"なのだろうと思った。
「だって、盗み聞きするライターだしなぁ……。
俺とリアの話も聞いていたんだろ?」
「聞いているというよりも、聞こえると言ったほうが正しい。
どうしろというのだ、塞ぐ手も無いのだぞ?」
彼は彼なりに難儀しているようだ。
だが、その声も少し弾んでいる。ロンの部屋で会った時とは大違いだ。
「知らない事だらけだろうけれど、それでも此処は愉快か? カーク」
「ああ、愉快だ。知らぬ事は知らぬが、知れば良いだけの事。
お主の傍らの炎となっている限り、楽しませてくれそうだ」
「それは結構。だけど元の世界に思い入れは無いのか?」
言うと、カークの声色が冷たく変わる。
「あんなつまらぬ世界、滅ぼしかねん。
勇者を名乗る男と契約すれば少しはマシかと思えば、魔を名乗るだけで敵扱い。
お主らの目的から考えると、我を連れてきて正解だったな、タナト」
その言葉を聞いて一瞬ゾッとする。
もしかすると俺のあの物語の中での一番の功績は、この炎魔と出会って、契約したことなのかもしれない。
俺は意図せずに、このポケットの中に『常ノ魔』のラスボスを入れて来てしまったのかも知れないと思いながら、なるべく早く忘れようと決意し「早くいきましょう! ご飯ですよ!」と俺を急かす少女の後を追いかけた。




