休筆中その一『お買い物行きましょう!』
『常ノ魔』から無事戻り、リアの部屋で一息つこうとするとアルはリアの部屋を見ながらぼうっと呟く。
「寝起きってどうしてるんです?」
言われてみれば、俺は起きて早々に部屋を出たので、自分自身に住む場所があるか知らなかった。
リアの部屋はやけに殺風景で、本棚と机と、後はソファくらいしか見当たらない。
個室のみというわけでは無さそうで、外への扉以外にもいくつかの扉はあるがリアの何とも渋そうな顔を見るとその扉の向こうが客室というわけでは無さそうだ。
「私はそこのソファで寝てました……けど……」
極貧生活をしている部屋には見えないが、自分のベッドも無いあたりズボラなのか何なのか。
それとも業務が多く部屋を留守にすることが多いのだろうか。
「一応聞くけれど、俺達に部屋が与えられる事って……」
無いだろう思いながら聞くと、案の定リアは首を横に振る
「あくまで私のワガママで連れてきちゃったお二人なので……、この世界でのお金があれば借りられるとは思いますが……」
「此奴らにあるわけ無かろうが、しかし我は体が無くて正解だったのかもしれんな……。
床で寝るくらいならそこらの凡愚共から寝床を奪い取ってやる所であった」
物騒な事を言うカークの言葉にリアは「たはは……」と苦笑しながら、溜息をつく。
「あぁ……、考えてなかった……」
何とも抜けているが、あの状況であればアルをこちらに連れてくるのは仕方が無い。
しかし俺はどうだ、そもそも俺がどういう意図で連れてこられたかなんて事をまだ一度も聞いていない。
だが今はそれについて話すよりも、疲れた体を横にする場所を俺ら三人の誰もが欲していた。
「……じゃんけんな」
俺の隣で「じゃんけん?」と首を撚るアルがいたので、言い出した物のそれはやめる事にして、考える。
「そうだ、リアは頁の続きを書く事でこの世界で生活するための金銭をどこぞからもらってるわけだろ? なら今回の俺については何かもらえるものはないのか?」
ファンタジーを救って早々に賃金などと言うのはぶち壊しもいいところだが、どうやら腹も減るし眠くもなるのはこの場所でも同じようで、先立つ物が一切無いと困るのは明白だった。
「リアさーん、向こうの部屋見てもいいですかー?」
そう言うアルに「トイレとお風呂しか無いですがどうぞー」と答えたリアは、俺の質問に対して少し申し訳無さそうに答える。
「うーんと、せんせーについては今回の件で食うに困らない程度の保障はもらえるはずです。後は簡単に言えば生活するために必要な物についても買える程度には……。
けれど流石に部屋をもらうのは……、難しそうですね。
あ! でもですね、この部屋で生活してもらうことには少しも異存は無いので! 良ければ自分の部屋だと思って暮らしていただければと!」
その申し出はありがたいが所謂男女なわけで、俺も何とも思わないわけではなく、逆にリアが何とも思われないのが悲しいような、そんな何とも言えない気持ちになっていると短い部屋探検からアルが奮えながら戻ってくる。
「あれが……、あんな綺麗な場所がトイレとお風呂だというのですか……」
生活の差によるショックは今後も続く事が予想される。
そう思えば、俺は割と見慣れた物が多く、すんなりと受けられてしまった。
「とにかく……、寝具と簡単な服だな……。
疲れてるところ悪いが、案内頼めるか?」
リアは「全然! 大丈夫ですよ、お付き合いします! お買い物行きましょう!」と言って自分の机から財布のような物を取り出した。
「アルちゃんも行きましょ! お姉さんが服!買ってあげます!」
プルプルと奮えているアルの手を取りリアは扉を開ける。
「我もこの姿に相応しい玉座を所望する」
カークが何やら言っているが「それはいつかせんせーに買ってもらってください……」と一蹴されていた。
世界が変わっても世知辛い世の中である。
リアの部屋から繋がる本当の出口の外は、屋外では無く更に屋内に繋がっていた。
マンションかアパートのような物なのかと思ったが、窓もなければ屋外への出口もなく、ただ白色の長い廊下と番号の着いた扉だけが並んでいた。
「あのエレベーターですぐですよー」
アルが知らない単語を耳にする度にリアにその意味を聞いているのが微笑ましく感じたが、俺のポケットからも同じ質問が来るのには苦笑するしかなかった。
「エレベーターとは何だ?」
「乗りゃ分かるよ」
そう言って三人と一つがエレベーターに乗り込むと、リアは「ショッピングモールまで!」と言う。
それで動き出すこの世界のエレベーターには"何階"という概念が無いのかと少し驚いてしまったあたり、俺もやはりまだこの世界には慣れきっていないのだろうと思った。
俺が知っているエレベーターよりも随分エキセントリックに動いたかと思えば、扉が開く。
その向こうには、物で溢れた空間というよりも、物で敷き詰めようとした結果、全てを詰め込んでもまだ空きがあると言わんばかりのだだっ広い空間だった。
「寝具売り場と衣服売り場さーん!」
リアが入り口に備え付けられていたマイクに話しかけると、その空間はパズルのように蠢き、俺達の近くに寝具が揃えられた空間と衣服が揃えられた空間が現れる。
だが、人は一人も見当たらなかった。
というよりも、この世界で目覚めてからリア以外の人間とまだ出会っていない。
「此処には人が少ないうのか?」
そう言うと、リアは少し思いつめたように考えてから答える。
「いないわけじゃないんですけど……、全体的に冷たい人が多いので。
過度な接触は嫌がる人が多いんですよ。きっと私達が動いた事を察知してあえて姿を見せないようにしてる人も多いはずです」
リアはアルを連れて衣服売り場の方へ歩きながら「でもお店は自動なので元々誰もいませんけどねー」と笑っていた。
「じゃあ俺らは、寝具を選ぶか」
「我はそれだ、その紫色の布を寄越せ。
この体に丁度良い色合いだ」
子供用のブランケットを所望する炎魔様に心の中でそれでいいのかよツッコミを入れながら、俺は暖かそうな毛布二枚と、枕を二つ手にとってリア達の元へ向かった。
「アル、こんなのでいいか?」
そう聞くと、髪の毛をリボンで結ばれている最中だったアルはコクコクと頷いて髪が軽く引っ張られて「てて!」と呟き「ほらほら、動いちゃ駄目ですよー」とリアにたしなめられていた。
「買う前にそんな事していいのか?」
俺が聞くとリアは少し得意そうに笑って「もう買ったから良いんですー」と言った。
アルの髪を薄い赤のリボンで結ぶと、リアはヒラヒラとカードを見せた。
「買い物は全自動で、このカードにこの世界での通貨がチャージされる仕組みなんです。
せんせーもそのうちもらえると思うので、此処の会計は私が持ちますよ」
「悪い……、いつか返すよ」
「では我を奉る玉座を……」
俺には笑って頷き、カークの言葉には笑って無視し、リアは俺が抱えていた寝具を購入カウンターまで運んで「私の部屋まで!」と言ってカードを装置にかざした。
何とも便利な世界、俺が行きていた世界ではSFと呼んでいいくらいの技術だった。
「自動宅配サービス付きです、ふふん」
何故かリアが胸を張っているが、だがそれも確かに分かる気がするのは、アルの反応が何とも面白いからだ。
目をキラキラさせっぱなしで、矢を射る姿が頭から飛んで無くなりそうだった。
俺は寝具をリアに買ってもらった後は適当に簡単な私服を選んでいた。
メインステージがおそらく物語の中であるなら、洒落る必要もそう無いように思える。
元々洒落っ気のある方では無かったが、とりあえず気になった服を手に取ると機械音声で「直近一ヶ月以内の身体情報がありません、登録してください」と警告される。
意味が分からなかったのでリアの方を見るとリアは衣服売り場にある小さなゲートを指差した。
言われるがままそこに入ると、俺の体に光が纏うように触れた後「登録完了しました」という音声が聞こえる。
まさかと思い服を手に取るとアナウンスが聞こえるようになった。
「あぁ……近未来どころじゃない……」
身体的にサイズがどうだとかが一発で分かるようになっているみたいだ。
その事に少し感動しながら俺はさっさと服を選ぶと、リアとアルはまだ二人で服を選んでいた。
どうやらリアは何も買わないようで、アルの服を選んでいるようだ。
「わっ……、これ可愛い……」
アルが、見ていたのは妙なマスコットが書かれたTシャツだった。
「あれ……?」
アルの衣服をプロデュースしようとしていたリアの受難が始まった気がするが、俺は自分が選んだ服をカウンターに置き、その光景を誰もいないベンチに座り、眺めていた。




