第十六筆『さあ燃やせ、人間』
もうその地下牢を走るに悪魔の尻尾で作った松明は必要無かった。
俺はその右手に迸る炎にどうしてか熱を感じない事を不思議に思いながら独り言のようにポケットの中の炎魔様に話しかける。
「熱さを感じないってのは、俺もまたロンみたく悪魔か何かになったのか?」
そう言うとポケットがクククと笑う。
「戯言を、お主は人で無ければならぬ、でなければつまらぬ。
魔などに呆けてくれるなよ人間、燃えぬのはお主が我の力を受け取ったからだ。
そこらの陳腐な魔と一緒にしてくれるな。奴らなど軽く一掃しろ、傷つける必要も無い。その身ごと燃やし尽くして見せるが良い」
随分とお喋りな炎魔をポケットに忍ばせながら、俺は地下牢入り口の階段を駆け上る。
そして相変わらず見慣れない奇妙なオブジェの横を通り外を見渡すと、そこはもう人間同士が敵だのと言っている状況では無かった。
「多いにも、程がある」
何十では無い、百でも少ない、大量の悪魔の群れが教会内部に向かってきていた。
リアやアル、ウィルやその仲間二人も視界に捉えた。
それぞれがそれぞれの武器で教会内に入ってきた悪魔を撃退しているが、そもそも戦力になっているのはリアとアル、それとウィル達だけだった。
「ロン様は! ロン様は何処に?! どうしてあの扉が破られ……、グッ……!」
叫ぶ信者の一人が、悪魔の爪でその胸を貫かれた。
近くの棚に隠れていたアルは、それをチラリと一瞬見てから、棚に置いてあった矢を悪魔に放つ。
どうやら悪魔の血を塗った矢は温存しているようだ。
「リア! アル! 待たせた!」
そう言って俺は手のひらで揺らぐ火の玉をアルの足元へと投げ込む。
「襲いですよ! ロンは!?」
言いながらアルは石畳の上でゆらゆらと燃えている炎に自分の矢筒から抜いた矢の先をかすめ、炎を纏った矢を入り口付近の悪魔へと放った。
「あぁ、死んだよ」
その言葉に小さく笑ったアルが見える。
彼女が放った矢を受けた悪魔が跡形も無く燃えていくその姿に、流石に群れをなしている悪魔達も恐れをなしたのか、一瞬向こうの進行が収まる。
それと同時に俺はリアの方へと駆け出す。
「ウィル達を上手くやれるよな?!」
そう言ってライターの火をそっと目の前に出すと、リアはその炎を撫でるようにスーッと剣を滑らせる。
そして、炎剣を両手に抱えながら、彼女は走り出す。
「ウィルとその仲間二人! 此処が正念場だ! 乗り切れ!」
俺が叫んでウィルの方へと、ロンのいた部屋から持ち出した剣を床を滑らせて渡すと、向こうから「助かる!」という声が聞こえた。
もはやこの教会に残る人間は数人、この教会が砦であって良かったと初めて思った。
主人公との共闘は、そう簡単なものでは無いように思えた。
だが、それは思い違いだ。俺達よりもずっと純真なのだ、彼らは。
そもそも、人を疑うということも知らない、それは俺達も似たようなものだが、彼らのはそれ以上だ。
だからこそ、ウィルを助けたという行動が意味を成してくる。
「悪魔狩りは得意なんだろ?! だったらアル……あの射撃手の子の援護に一人回してくれ! 後の二人は、思う存分力を奮ってほしい」
俺が先陣で悪魔を切り裂いているリアの方を見ると、ウィルとその仲間の男性は頷いて、駆け出した。
そして女性は教会に入ってきた悪魔を俺が渡した短剣で器用に首筋や急所を狙って倒しつつ、アルの元へ向かった。
―――なら、俺はどうしようか。
とりあえず、自分なりの指揮は出来たはず。
おそらくはこの悪魔達の猛攻をしのぎきれば、状況は変わり、物語にも影響が出るはずだ。
だから、俺がこの状況に対して更に有効な行動はないかと思案したのもつかの間、ライターが俺をあざ笑う。
「軍師気取りもいいが、つまらんぞ。
その力、存分に使え。
こんな物、我が出る幕でもあるまい、見物させてもらおう」
カークが出る幕が訪れる事があるのかは疑問だったが、今の俺には力が存在する。
ならば、俺も此処でくすぶっているわけにはいかない。
「さあ燃えろ、人間。
さあ燃やせ、人間。
この世界等興味も無い、さっさと終わらせろ。
我を楽しませる次へと、案内するがいい」
随分と都合の良い事を言うなと思ったが、この現状を打破すべきなのは間違い無い。
だから俺は、ライターを手に、リア達が戦う広場へと踊り出た。
「せんせ! 気をつけてくださいよ!」
リアのし心配そうな声が届くが、それはきっと杞憂だ。
「燃やすぞ、カーク」
俺はライターの点火スイッチを押し込む。
するとそのライターの炎は、まるで剣のように強く鋭い炎へと変貌していた。
「ああ、燃やせ、契約者よ」
その言葉を聞きながら、まず一体。
俺を未だに何も出来ない人間だと高をくくっていた悪魔をその炎で薙ぎ払う。
リアがそれを見て驚いた表情をしているが、説明している暇はない。
俺も彼女も、ウィル達も集まってくる悪魔達をひたすらに薙ぎ払い、燃やし、その頭蓋を叩き割っていく。合わせて百体は切った、残り数十体。
俺達の誰かに向かって射られる矢を火柱でかき消す。
俺達の全員に向かって怒られる数十本の矢を炎壁でかき消す。
「せんせ……、その力……」
リアが心配そうに俺を見る、ウィル達もどうやらいい加減俺の力に気付いたようだ。
「あぁ、悪魔……みたいな物と契約した。
最善が、それだった」
その言葉に一瞬ウィルの視線が鋭く刺さるが、俺はそれ以上にリアの返事を待つ。
「うん、せんせがそれで良いと思ったなら、私はそれで構いません」
そう言いながら笑うリアの顔を見て、やっと俺は安堵した。
ポケットから愉快そうな笑い声が聞こえるが、どうやらリアには聞こえなかったらしい。
「そういうわけだ、ウィル達にはこんな力で悪いが、乗り切るぞ!」
リアがその炎剣で悪魔の群れの中を駆けながらその身を刃先で撫でていく。
ウィル画素の剣で悪魔の急所を切り通していく。
名も知らぬウィルの仲間の男性は悪魔の頭蓋を握りつぶし、四肢を握りつぶし、無力化を進めている。
アルは教会に近づく悪魔を的確に火矢で倒す。
名も知らぬウィルの仲間の女性はアルが仕留めきれずに接近してきた悪魔の息の根をその短刀で刈り取っていた。
やはり、この人達は悪魔狩りのプロだ。
プロというにはふさわしくないかも知れない、正しく言えば、悪魔を倒すために存在する、この世界の主人公達なのだ。
その戦力は俺達よりも何歩も先に行っている。
その現実に何とも言えない気持ちを抱きながら、俺は炎で傷を負った悪魔達、カークが言う所の有象無象達を焼き払っていく。
「だいぶ片付いたか?」
ウィルの仲間の男性がそう聞くと、ウィルがしっかりと頷く。
「この人達のお陰だ、これで何とかこの付近の悪魔は殲滅したはず」
それは、所謂『やったか?』と似たような言葉だ。
だから、その次の展開は分かっていた。
有象無象を倒したのだ、次に現れるのは、その有象無象達を束ねる存在。
「契約者よ、此処で死んでくれるな」
カークの声色で、その悪魔の力量は垣間見えた。
「皆、あいつは手強いぞ」
俺が言うと、ウィルがその言葉に続く。
「誰も死ぬなよ、俺達が、勝つんだ」
それは主人公の魔法の言葉。
現に、広場に戻ってきた仲間の女性もその目に力を宿しているように見えるし、仲間の男性も今まで以上にやる気のようだった。
とはいえ俺達はと言うと、何ともいえない空気のまま、ウィルの後ろをついていく。
彼らが力を取り戻したならもうこの世界は大丈夫なのではという考えを隅に追いやりつつ、俺達はウィル達が望む戦いに、身を投じた。




