第十四筆『世界を救う人を救いに』
夜も更けて、一つしか無いベッドをアルに明け渡した俺とリアは、心地良さそうに寝息を立てるアルの寝顔を見ながら作戦を確認していた。
「ウィルを助けさえすれば、後は彼ら自身が何とかしてくれるって考えで良いと思うか?
俺からすると都合良すぎるように思えるんだが……」
俺はバッグの中に入れてある手製の火炎瓶の数を改めて数えながらリアに聞く。
「本来は、物語って都合良く出来ているんです。
私達にとってではなく、この物語の主人公達にとっては都合良く出来ている。
けれどこの物語は書き手がいなくなったからその法則が無くなっちゃってるわけですよ」
リアもあえてこちらとは目は合わせずに、血が乾いた剣を鞘に収めながら話す。
要は明日の戦闘に向けて、二人共落ち着きがないわけだが、この状況で眠りにつけるアルが一番度胸があるのかもしれない。
とはいえ、横になった時にベッドの柔らかさに感動していたあたり、眠りを誘い起床を妨げる毛布の魔力みたいな物に魅入られたのかもしれない。
眠りに付く前、ベッドで眠れるなんて久々ですと言っていた彼女は、幸せそうな寝顔をしている。
せめて彼女にとって林檎やベッドで眠るくらいの事は当たり前に思える生活になればいい。
「せんせ、聞いてます?」
ボウッとアルの寝顔を見ていた俺がリアの声でそちらを振り向くとそこには少しむくれた顔のリアの顔があった。
「ベッドが羨ましいんですか? アルちゃんの隣でおやすみしますか?」
アルとそう何歳も違うわけでは無いだろうから当然ではあるが、リアも時折妙に子供っぽい顔を見せる、たとえば意地悪っぽく笑ってみたり。
「い、いや……。なんというか、悪かった」
未だ手触りだけで瓶の蓋を締め続けていたバッグの中から手を取り出して、俺はリアの顔を真っ直ぐに見た。
「とにかくは、現状を打破さえすれば物語は都合良く動き出す。
それを信じてウィルを助ける。それで構わないんだよな?」
「ん、そうですね。
そもそも、私達ってウィルさんにとってどういう存在だと思います?」
その言葉でようやく納得がいった。
俺達の存在は、この世界―――物語の主人公から見れば捕まっている時にわざわざ助けに来る部外者だ。
つまりは、俺達はこの物語を進めるにあたって"都合の良い存在"なのだ。
その立ち位置は何でも良い、義憤に駆られた教会の少女でも良いし、現状を見かねた旅人でも良い。
何だって良い、主人公が窮地を救われるという展開さえ起こしてしまえば、主人公に残された立場はそう多くはない。
周りには悪魔、そして敵対する人間。
手傷を負って自由には戦えない、あと一歩で殺される寸前、助けが来る。
その後に主人公が選ぶのは逃げ帰る事でも無く、諦める事でもない。
立ち向かう事だ。
「だから続きを書く、か……」
「私達はあくまでこの世界では脇役で、主人公達を動かす為の歯車です。
けれど私達でなければいけない、この世界を俯瞰で捉えられる私達じゃなきゃ、話の続きは書けない」
リアの真剣な目に、俺は小さく頷く。
「それに、書き手は主人公になれないのが常ですよ」
そう言われると確かにそうかもしれない。
自分や近親者を投影したキャラクターを登場させる事を好む人は一定数いるし、そもそも想像の中の人物像はどうしたって今まで出会った人や見聞きした作品、そして何より自分の心情に似る。
だが、書き手は書き手だ。
ファンタジーの中では生きられない、現実を生きるしか無い。
そうするしか、想するしか、ない。
「脇役だって、良いさ」
―――それでも、ファンタジーは俺の憧れだったんだから。
「見張るよ、交代で休もう。
丁度此処からは広場が一望出来る。
これだけは、都合が良くて助かったよ」
俺は備え付けてあったランタンを消し、カーテンの隙間を少しだけ明ける。
暗い部屋に陽の光が差す頃には戦闘準備だ。
勝つ為なら何だってしよう、このランタンだって持っていく。
「じゃあ……、時計が無いので難しいですが、頃合いを見て交代しましょう。
眠っていてもちゃんと起こしてくださいね」
そう言うとリアは床に座って、ベッドにもたれて目を瞑った。
真夜中は優しい。
いつぶりだろうか、何の明かりも無いこんなに暗い夜は。
物思いに耽っていると、あっという間に陽が昇り初めていた。
そろそろ起こしてもいい頃合いだ。
二人共、少なくともアルは十分に睡眠を取っただろう。
リアは頃合いを見て起こして欲しいと言ったものの、暗闇で小さく聞こえる二人の寝息を聞いてしまうと、起こす気にもなれなかった。
それ以上に、俺自身に眠気や疲れが来なかった。
おそらくは興奮と、緊張と、ショックが組み合わさってちょっとした精神不安定に陥っているのだろうと思った。
まだ、手には肉を切り落とす感触が残っていた。
それを忘れないうちに、俺は戦いに出たかったのかもしれない。
陽の光がだいぶ強まった頃、俺は二人を起こした。
「あ、おはようございます、お兄さん」
「あ゛ー、眠い。もう少し寝かせてください……。
っていうか起こしてって言ったじゃないですかぁ……、眠い……」
正反対の反応が返ってくる事に苦笑しながら、カーテンから広場を覗くと、もう既に人間か何人か教会の前で作業しているのが見えた。
確か儀式が行われるのは正午のはずだが、随分と早い時間から準備をしているようだ。
「ほら、リアはしっかり起きてくれ。
もうあちらさんの準備は始まってるみたいだ」
窓の外を見ろと合図すると、リアよりも先にアルが飛び起きて外を確認する。
そして、胸を撫で下ろしているのが見えた。
「良かった……、まだ準備中ですね。
というか準備中って言いましたよね……。あぁ……今ので完全に目が覚めました」
あの俊敏な動きで目がしっかり覚めていなかったのが驚きだったが、アルはすぐに血が乾いた矢を矢筒に仕舞って、腰にくくりつける。
「あまりに深く眠っていたので、まさかもう正午になったのかと……」
「いくら幸せそうに寝ててもそれはな……」
俺とアルが話している最中も、リアはボケっとしてこちらを見ているだけだった。
「ほら! リアさん起きてください!」
アルがピシャリと手を叩くと、リアは「ひゃい!」と妙な鳴き声と共に立ち上がった。
とりあえず俺が引いた椅子に座らされたリアは「せんせは寝なくて良かったんですかぁ?」とふにゃふにゃした声で聞いてくる。
それにはアルも思う所があったようで、俺の顔を覗くように見ていた。
「初めて生物を殺めた日は、眠れないもんだよ」
俺はそう言うと、リアは少しだけ目が覚めたようで「ん……」と伸びをした。
「じゃあ、今日はぐっすり眠れますね」
そう笑いながらリアは立て掛けてあった血塗られていた剣が入った鞘を肩からかける。
そして、棚から昨日残しておいたであろう食料と皿を取り出して、本が収まっているだけの机の上に置いた。
「それでも、お腹は減るでしょ? 流石に、これは嫌でも食べてくださいね」
そう言いながら林檎を取り出して短刀で剥き始める。
一瞬その短刀も赤く染まって見えて息を呑んだが、どうやらそれは林檎の赤と見間違えただけだったらしい。
「昨日しっかり洗いましたってば、その代わり水場がちょっと汚れちゃってごめんなさいでしたけど……」
リアが小さく零した言葉は、剥き終わった林檎を口に運ぶ事で返事とした。
塩気のある干し肉も、決してまずくはなかった。
何気ない朝であればなお良かったが、そういうわけにもいかない。
食事もそこそこに窓から様子を伺っていたアルが俺達を呼んだ。
「早起きして正解だったみたいですね……、いつもより大分早い。
ここからははっきりと見えませんが、誰か外に連れられて来ました。
身動き出来ないようにされているみたいです」
何か嫌な予感はしたが、そう考えてる暇も無いかと思い立ち上がると、リアはその身一つで良かったし、アルも弓を握りしめていた。
「じゃあ、行こう」
ロンが俺達が逃げ出した事に気付いていない訳が無い。
イレギュラーは大体不幸を呼ぶと決まっているが、だからといって此処でウィル達をやられるわけにはいかない。
「行きましょう。
世界を救う人を救いに」
アルはリアのその言葉に深く頷き、リアが扉を開くのをじっと見ていた。
開かれた扉の先は何ら変わらない俺達の小屋の外だったが、差し込む光が妙に眩しく見えた。




