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次頁【ネクストページ】の代理人  作者: けものさん
第一冊『常ノ魔』
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第十筆『これで、やっと死ねます』

 暗い地下牢に数人の足音が響く、その集団を先導するアル・アーテという少女に、その隣を歩くロンという男に、俺達はかつがれたというわけだ。

身につけていた武器やバッグを取り上げられ、いくらか体が軽くなった俺達の後ろには、数人の大人が俺達に矢を向け、俺達の抵抗を無言のまま阻止している。

その標的が俺とリアだけなのか、それとも俺の前を歩く少女も含まれているかは、まだ分からなかった。


「こちらが、お二人の部屋になります」

 ロンが牢屋の扉を開け、アルが笑顔で中に入るように促す。

彼女の笑顔は、歪さの欠片も無く、純粋な物に見えたが、だからこそ彼女が恐ろしかった。

「全部、演技だったか?」

 俺がそう言うと、アルは首をかしげる。

「どういう事ですか?」

 そのキョトンとした目は、何も知らない、疑いもない、少女の無垢な瞳だ。

なら、彼女に非はあるだろうか。それも分からない。

人も悪魔も、何も分からない。

ただ、どうしても知りたかったのは、彼女が、リアと握手をして微笑んでいた少女が、この行為の悪質さに気付いているかという事だけだった。


 それを知らなければ、俺はきっと、これから何も出来なくなってしまう。

現状の絶望等、知ったことか。

俺は、人間の心の闇、とりわけこの少女の心の闇が植え付けられた物なのか、それだけが知りたかった。


「俺達を、売ったのか?」

 その言葉に、アルが頷いたところで、俺はロンによって牢の中へと押し込まれた。

そして、リアも同じように俺達の後ろを狙っていた男に手を掴まれ、同じ牢の中へと放り込まれる。

「僕達も次の炎祭に向けて準備があるからね、話は中でやってくれ」

 そう言ってロンは、アルの背中をトンっと押してから、牢屋の扉を強く閉めた。

「……え?」

 牢屋の中でよろけて跪くアルの後ろには、もう開かなくなった牢屋の扉があった。

「君達よりも先に、此処に来た供物を捧げなくてはいけないんだ。

 珍しい、珍しい事だよ。此処に何人も供物が届くのは

 先に捕らえた彼らは三人、これで君達も三人、辻褄は合わせておかないとね」

 ロンの声は淡々と、だがその口元が歪んでいるのが鉄格子の隙間から見える。

「……ありがとう、ございます」

 アルがポロポロと涙を流しながら、頭を下げた。

俺は、彼女がその後に呟いた言葉を、これからもずっと忘れる事は無い


「これで、やっと死ねます」


―――あぁ、それが聞けただけで、満足だ。 俺は、戦える。


 アルの涙に何の興味も示さず、ロンはその場を後にする。

見張り等が付くかと思ったが、想像以上に舐められているらしく牢屋の中の俺達だけが残される。

俺とリアは目配せして、アルが泣き止むのを待つ。

二人で何も無い石造りの牢屋に腰を下ろすと、床はひんやりとしていて、怒りで握りしめた手を冷やすのに役立った。


「ねぇ、アルちゃん。

 どうして、こんな事を?」

 数分してアルが泣き止んだ後に、リアは怒るというよりは、諭すような口調でアルの顔を覗き込む。

「カーク様……炎神様が、私達を悪魔から守ってくださるんです。

 供物として捧げられるのは、私達にとって最大の喜びですから、嬉しくて」

 止まった涙がまた目尻に溜まるのが見えた。

これは紛れもなく信仰を越えた、洗脳の類いだ。


「悪魔に殺されるくらいなら、自分で死ぬ方がマシでした。

 契約を交わして悪魔と共に生きるくらいなら、殺される方がマシでした。

 ですが、供物として死ねるなんて、この世界では、これ以上無いんですから……!」

 その全てが死であるのにも関わらず、アルは心底嬉しそうに笑った。

"契約"という言葉が引っかかったが、彼女は興奮気味に話を続ける。


「私、偉いんですよ。

 お父さんも、お母さんも、悪魔に殺されたのに。

 私は炎神様と一緒になれるんです、思わず感極まっちゃいました。

 お兄さんとお姉さんはこんなに名誉な事なのに平気そうな顔……大人なんですね!」

 その目は、キラキラと輝いていた。

リアは何も言わずに、アルの体を抱きしめる。

「本当? アルちゃん、本当にそう、そうだと思う?」

「違うんですか?」

 その瞬間、アルの声から温度が消えた。

「命を狙われた時もありました、それでも契約は交わさずに乗り切りました。

 悪魔も何体も殺しました。渡されるこんな武器で、何体も、何体も殺しました。

 友達は皆、地獄へ行きましたけど、私は天国へ行ける。やっぱり運が良かったんです、生きてきて良かった。

 一時の命や欲望の為に悪魔と契約をした人も、沢山殺しました。

 炎神様の教えに、従ってきました。炎を傍らに。

 それが、違うとでも、言うんですか?」

 

 早口でまくしたてるその言葉はまるで呪詛かのようだった。

 運だけで生き延びてきた彼女の、生き延びてきた理由は、死ぬ為だったなんて、誰が思うだろうか。

 呪われている、この子は神に呪われてしまっている。

リアが思わずアルの肩を強く掴む、そして、無言のまま彼女の目から、スッと涙が溢れた。

「違う、違うんだよ……。アルちゃん」

 そう言って、リアの手はだらりとアルの肩から落ちるが、アルはまるでその言葉が聞こえないかというように、ボウッとリアを見ていた。


「なぁアル、教えてくれないか?」

 そう言うと、アルは嬉しそうにこちらに近寄ってくる。

「食料をもらいに来たウィルって奴、此処にいるよな?」

ロンは嘘を付いている、悪意の元、俺達を最初から騙す気で扉を開けたのだろう。

だがアルは違う、嘘も無い、悪意も存在しない。

ただ教え込まれただけ、信じ切っているだけ。

 だから彼女は、こう答える。

「はい、ロンおじさんがどうして嘘を付いていたのかは分かりませんが、ウィルさんとお連れの方もこちらにいらっしゃいますよ。

 ただ、ウィルさんが部屋にお連れする時に急に剣を振り回して警備の方の矢を受けてしまったんですよね、心配です……。

 でもそれを見ていたからリアさんをすぐ止められました!」

 アルはそれを誇らしげな事のように言い、少しはにかむ。


「あと、契約って?」

 そのせっかくの明るげな表情を崩させてしまったことは悪いとは思ったが、アルは渋々とその質問にも答えてくれた。

「欲望一つと引き換えに、悪魔の言う事を聞くという最低の行為、私達が尤も忌むべき行為です。その言う事を聞けば聞くほどに、体は悪魔に近づくと、そう言われています」

 その声に怒りが混ざる、余程悪魔を憎んでいるのだろう。それ自体は構わない。

だが、それ以外をどうにかしなければいけないのだ。


「欲望っていうのは、例えば?」

 アルはこの質問にはピンと来ていないようで、知らないと言わんばかりに首を横に振る。

 だが俺には、少しだけ思い当たる事がある。


―――供物と称して人を殺す代わりに、悪魔が干渉出来ない扉を作る、だとか。


「ありがとう、アル。

 すごく、信心深いんだな」

 俺がそう言うと、アルは嬉しそうに笑って、壁を背に座った。

「信じる事で、人は救われるんですよ?」

「それが、嘘偽りだとしてもか?」

 笑ったまま、アルは強く目を瞑った。

「もう、さっきから二人共、おかしいですね。

 嘘なんて、あっちゃ駄目ですよ。

 私は幸せに死ねるんです、やっと」

 少しだけアルの声が震えているのに気付いた。

これは、きっと嘘だ、やっとボロを出してくれたとホッとした。

この子の中にあるのは、諦め。


 笑顔は、おそらく彼女が彼女でいる為の自己暗示なのだろう。

アルが炎神に纏わる話をする時は、必ずキラキラとした笑顔で話す。

それが逆に、胸が締め付けられる程に可哀相に思えた。

彼女は、きっと嘘を付くのが下手なのだ。

けれど、嘘を本当だと思い込む事が何よりも得意だった。

だから騙された。その純粋さに俺達は騙されていたのだ。


「例えば、例えばの話」

 リアが、いつのまにか赤く充血した目をこすってアルに話しかける。

「もしね、悪魔がいなくなって、この場所にも誰もいなくなって、自由に出来るなら、アルちゃんは何がしたいですか?」

「死ななくてもいいんですか?」

 リアの表情が一瞬固まるが、コクリと頷く。

「勿論死なずに、何がしたいですか?」

 その言葉に、アルは無言で何かを考えている。

「ゆっくりでいいですよ」

 リアが優しく笑うと、アルは少し眠たそうな顔でその答えを口にした。

「私、旅がしてみたいなあ……。

 炎神様が許してくれるなら、お兄さんやお姉さんみたいに、遠くの場所へ、行ってみたい……」

 泣きつかれたのもあったのだろう、アルはそう言うと小さな寝息を立て始める。

よくこんな牢屋で眠れると思ったが、思えば彼女は此処で寝起きしていたのかもしれない。


 俺とリアは、無言で目を見て頷いた。

「まずは、ロンとこの施設の秘密を暴く」

 おそらく扉は開かない、何故なら主人公は囚われているから。

本当に追い返してくれていれば、今頃展開が変わって悪魔の襲撃でもあったかもしれないが。

敵は本物の悪魔ではない、人間の皮をかぶった悪魔だったというわけだ。


 俺達はアルを起こさないように、小声で決意を固めていく。

「そして、地下牢の何処かにいるらしいウィルを助ける」

 囚われの身なら、話が早い。

助けさえすれば、味方だと分かってくれるのは実に手っ取り早いのだ。

勿論、助けられさえすればの話だが。



「最後に、アルを救う」

 "炎を傍らに" 決して悪い言葉じゃない。

だからこそ、その通りで無ければならない。

炎は、その目に、その胸に宿っていなければいけない。


 俺達がこの世界ですべき事が、やっと決まった。

武器も道具も無い想像しうる最低の展開の中、光は無くとも、炎なら胸の中でしっかりと燃えているのを感じた。

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