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油揚げ殺々人事件

作者: カカカ

夕日がブロック塀を赤く染める。

またね、と友達に手を振って俺たち兄弟は家路についた。

うちは町の豆腐屋である。俺も弟も、父さんが作る豆腐と油揚げが大好きだ。

「おや、こんにちは」

「「こんにちは!」」

男の人とすれ違う。確か母さんの友達のひとだ。

最近まで熱心に生命保険を勧めていた。父さんに何かあったら大変だから、と何度もうちにやって来ていた。

ただ、父さんが作る油揚げを食べてから、あまり勧誘はしなくなった。その代わり仕事帰りにうちに来て、がんもや厚揚げをよく買ってくれる。今も美味しそうに豆腐コロッケを食べ歩きしている。

常連さんだ。


しばらく真っ直ぐ歩いて、赤い屋根の家を右に曲がると俺たちのうちが見えてくる。

味のある看板と、ほっとする木造の店構え。無意識のうちに少しだけ早足になる。

近づくにつれて、店先に打ち水するエプロン姿の女の人が見えてくる。

「あ、ただいまお姉さん!」

「ただいま!」

「あら、二人ともおかえりなさい。今日も元気ね」

この人は姉ではない。うちの店のアルバイトだ。父が豆腐を作る係でこの人はその売り子さんである。

働き始めたころは父さんによくしなだれかかっては、母さんに睨まれていた。あの時の母さんの表情は、今でも時々夢に出る。

けれど父さんの油揚げを食べてから、何故かそういうことはなくなった。その代わり、豆腐の作り方をせがむ様になった。初めは断っていた父さんも、次の日やってきたお姉さんを見て目を見開き、仕方なく首を縦に振った。

かつてのキラキラしていた長爪は切り揃えられ、髪を短くして化粧も薄くなり、ひらひらのスカートではなく動きやすいズボンを履くようになった。

俺も、この人は本気なんだな、と子供ながらに思った。


夕日が沈んで、薄っすらと星が瞬き出す。

俺たちとお姉さんは、揃って作業場に入った。

油揚げ作りの練習をする時間だ。

釜に貯められた豆乳を取り分け、にがりを入れてそれを固める。もろみを作るのだ。気温や湿度、豆乳の温度に応じて、固める時間を変えなければいけない。

これがなかなか難しくて、三人ともよく失敗してしまう。けれど最近、弟が割と上手くできるようになってきていた。

楽しそうに笑っている弟を横目に見る。蛍光灯に照らされた俺の影法師が、頭一つ小さいこいつの身体にぬるりと貼り付く。

何でもそうだ。勉強も運動も。大抵の事をこいつは俺より上手くこなしてしまう。

固めたそれをヘラでかき混ぜ、程よい大きさまで崩してゆく。この加減を間違えると、油揚げの中身がスカスカのぺちゃんこになってしまう。

「ほう、いい具合じゃあないか」

「えへへ!」

父さんと弟の声がする。ちらりとお姉さんを見たけれど、真っ直ぐに釜と向き合っていた。

「おうい、混ぜ過ぎじゃないか?」

「……あ」

父の声に気を取り直したけれど、すでにもろみが小さくなり過ぎていた。こういう日は駄目だ。案の定、もろみを布で絞る時も包み方を間違えてもろみが溢れる、出来た豆腐を切り分ける時もうまく行かずに四隅が崩れる。

腹が立つ。全部、弟のせいだ。

「あちっ」

跳ねた揚げ油が俺の右腕に飛びかかる。まるで心を咎められたようで、気持ちが余計に捩くれる。

このまま弟に負け続けたとしたら、俺の人生はどうなってしまうんだろう。何故か視界の端にちらちらと調理刀が映り込んだ。

豆腐を油に投入してしばらく経ち、揚げ終わったそれを油切りしていると隣から嬉しそうな声をかけられた。

「なあ、にいちゃん!」

「なんだよ」

少しだけぶっきらぼうになってしまう。

「これ食べてみてよ。今回のは自信あるんだ!」

なんだ自慢か? そう思いながらも、切り分けられた弟の油揚げを口に入れた。

噛みしめる。

それなりに美味いが、父さんの味にはまだまだ程遠い。

けれど気持ちが、食べた人に喜んでもらいたいという想いが、そこには確かに宿っている。

「よくわかんないけど元気出せよ、にいちゃん!」

 にっ! と能天気に笑う弟。折れ曲がった気持ちがあやふやに消えてゆく。口の中で油揚げを噛む度に、熱い何かが溢れ出す。

やっぱりこの弟はいけ好かない。

取り敢えず弟の頭を一発殴って、俺はまた煮釜へと豆乳を汲み取りにむかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 思い出話でしょうか。楽しいお話でした。
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