おとうと君の日常 1日目 その2
ばんじきゅうす、はっぽーふさがり。ばんさくつきるとはこのこと。おおかみよ、なぜこんなひどいしうちを。
なんて姉の部屋の前で天を仰ぎながら嘆いていてもただのヤバい奴でしかないので早々に次の案を考えようと思う。そもそも八方ふさがりでも万策尽きてもいないしね。そう、この世には固定電話機というものがあるのだよ。
そそくさと一階へ降りて、電話機のあるリビングへ。あったあった。なんと神々しい。携帯のせいで存在感が八割ぐらい消失していたが、いざというときはやはりこの固定電話機が活躍するんですね。年中繋ぎっぱなしの電気泥棒なんて思っていてすみませんでした。この機能美あふれるシンプルな造り、つるつるぴかぴかの愛されボディ。愛おしい。ん……? なんか電話機の形が違うような気がする。気のせいだろうか、いや、携帯ばっか見てたからな、いちいち電話機なんか見ないわ。なにはともあれ、固定電話機に感謝、感謝を。
使う前からありがたがっても仕方ない。使うことでこの電話機の真価が発揮されるのだ。さっさと電話をかけるとしよう。えーと、電話帳機能。どれだ、これか、いや違うな。ああ、これか。えー、あー、あ、相田……無い。う、う、上野、無い……――――。
二分後。
――――わ、わ……渡部……、無い。えっ、無いんですけど。俺の同級生の電話番号無いんですけど。っかしーな、去年携帯買ってもらった時に一緒に登録した気がするんだけど。携帯だったっけ? 消された? そんなめんどうなことわざわざする? 連絡来た時誰かわかんなくて困るじゃん、しないよなぁ。
無いものは無いと割り切ろう。切り替えの良さが、俺の良さなのだ。
連絡網を探す、小学校時代の奴を。最近は個人情報がうんぬんで連絡網は廃止されまくってるらしく俺のところももれなくそうだった。なんにしても今の時代、携帯とかあるし、ママ友ネットワークなるものもあるし、ほんとにヤバいとき以外はなんとかなるんだろうな。俺は今何とかならない状況に陥りつつあるけど。
さて、結構昔の奴だからな、残ってるだろうか。こういうのは大概電話機の下らへんに格納されてるものだ。
確か、おかんがねーちゃんのと一緒に同じファイルに入れていたはず。ああ、これこれ、昔テレビでよく見かけた男性アイドルのクリアファイル。なんで学校関連のものをこういうのに入れるんだろうって思ったが、おかんは使えるものは何でも使う主義なので別に何とも思っていないのだろう。使わないで取っとくのもなんかもったいないものな。
あったあった。載ってる載ってる。相田に上野……。あー、渡部はこの時違うクラスだったか、載ってないわ。一回しか同じクラスにならなかった奴、別の中学に行った懐かしー名前の奴もいる。なるほどたまにはこういうのを見るのもいいものだな。なんて感傷に浸っている場合ではない。せっかく見つかった始業式の日の手掛かりだ、さっそく電話をかけていこう。
…………。
問題発生だ。電話番号が間違っているわけじゃないぞ。よくよく、よーくね、考えてみたんだよ。これさ、同級生が出れば、それで良いじゃん、終わりじゃん。でもさ、もし同級生じゃなくて親御さんが出たらさ、どうするよ。いやほら、別に知らない仲じゃないよ、何回も遊びに行ってるからね、顔見知りよ。ただ、その顔見知りってのが問題なのよ。先ほど言ったママ友ネットワークね、ほんとにね、些細なことも知られてるわけよ。例えば○○君が今日コンビニでエッチな本のコーナーでうろうろしていたとか、△ちゃんが××君と手をつないで帰っていたとか。ほんとにもう、どこでそんな情報拾ってくるんだって言う、噂好きの女子かよってね。女子だったわ。そういうね、そういうのあるんですよ。こえーの、ほんとに。だからね、もし親御さん、主におばさんの方が出た場合にね、勘ぐられるわけよ。何の用だったのかって? ってね。で、そこからさ、同級生が始業式の日いつだったっけって聞かれたって馬鹿正直に答えるわけよ。そしたらさ、お終いよ。もうお終い。翌日にはおかんの耳に入るんだ。ブッ飛ばされるね。何恥ずかしいこと聞いてんのってね。わかるよ。俺の母親だもの。わかる。
ということで同級生に電話で聞く件は保留だ。リスクが高すぎる。直接同級生に聞きに行けばいいじゃんと思ったが、連絡なしに来られても困るだろう。ここは大人しく姉ちゃんたちが帰ってくるのを待つしかあるまい。それまではゲームで時間をつぶすとしよう。それが良い。気を紛らわすことで、時間を有効活用だ。部屋に戻るとしよう。
集中できない。宿題が気になって、じゃないぞ。始業式の日が気になって、だ。おかげでゲームに全然集中できない。簡単なコンボすら決まらない。畜生。早く帰ってこい。