表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

 そもそも――


 そもそも、アレクの修行はすでに『厳しい』。


『命懸け』ではなく『命の喪失保証します』というのがデフォルトの修行を繰り出してくるのだから、それはもちろん厳しいだろう。


 それを『より厳しく』とはなんなのか?

 死ぬほど、では生ぬるい、実際に死ぬ、修行を、厳しく?


 月光には想像がつかなかった。

 まさか『セーブポイントなしでやりましょう』とか言い出すのだろうか……



「これからの修行は、死んではいけません」



 まさかの死亡禁止であった。



「もちろん、俺の修行は死ぬ覚悟を持ち、命を()してやっていただくことで効果が出るものです。その基本路線は変わりませんし、安全のためにセーブもしていただきますが……『キャップ』にとどくまで修行をしていくとですね、修行者に安心感が出てきてしまう。『どうせ死んでも生き返るんだから、命、まあいいや』と」



 命、まあいいや。


 なんだろうその人生で一度たりとも使いたくないフレーズは……



「痛みに立ち向かい、苦しみに耐え、それでも生き抜こうとする覚悟こそが大事……かつて母さんに教えられたことですが、なるほど、それはどうやら、すでにやっていたことでもあったようです。だからこそ、これからは死んではいけない。命は大事なものですからね」



 なにか言ってる。


 まあしかし――実際問題、アレクは『基本のおさらい』と言った。


 アレクの修行の『基本』とは――


 飛び降り自殺。


 豆食い自殺。


 この二つを基本とし、あとは修行者の適性によって分化していく感じだろうか。


 飛び降り自殺(死んではいけない)とは、いったいどういうことなのか?


 アレクは語る。



「飛び降りたあと、崖にとりついて、上まで戻ってきてください」



 豆の方は?



「……母さん、どうやら俺はあなたたちに事実を語らねばならないようです」

「なんじゃ」

「人は――豆を食べても、死にません」

「……いやッ! いやいやいや! 死ぬほど食わせるじゃろうが!」

「今のあなたたちの耐久力ならば、十二分に豆袋になることが可能です。というかね、俺はなれましたよ、豆袋」



 人は豆袋ではない。


 人は――人だ。


 豆の収納スペースではないのだ。


 しかしそんな常識はアレクには通用しない。


 かくして始まるのは『死んではいけない死ぬ修行』。


 もちろん――


「死んでしまったら最初からやり直しです」ってさ――





 そこからの残虐きわまる修行について、月光は語る言葉を持たない。


 ただ、わかったことがある。


 人は、つらいことがあればくじけるが……

 あまりにもつらいことがありすぎると、折れた心が妙なつながりかたをするのだ。


 修行をする意味を何度も考えた。


 なぜ、こんなことをしなければならないのか?


 それはまあ、もちろん、自分で決めたことだ。

 月光が、しなくてもいい修行を、自分から引き受けたのだ。


 ロレッタとともに死ぬために。


 死んではいけない修行を。


 なにかがおかしい。



「わらわは気付いたんじゃ。死にたいと思っておった。いつか死んでもいい日が来ることを待ち望んでおった。しかしそれは『死にさえすればなんでもいい』わけではなく、苦しみもなく安らかに眠ることを望んでおっただけだったんじゃ。ああ、『死』とは『救い』の言い換えじゃった。苦しみもない自由な、自由な……」



 ロレッタは途中から言葉に応じてくれなくなったので(たまに「フフッ」と笑うだけで言語を忘れてしまったようだった)、修行中、月光はずっと一人で喋り続けていた。

 声を出していないと心がおかしくなる。


 そう、人の心は不思議だ――

 最初、『なぜ、こんなことをやらされねばならないのか?』という疑問ばかりが頭を占めていた。


 しかし、次第に、心が『修行をするのは正しい』と思いこもうとしていく。

 この洗脳に、月光はあらがい続けた。



「こうも酷い目に遭うと、逆に充実感があるもんじゃのう。なあロレッタ……ロレッタ? ああ、そうか、貴様は『向こう』に行ってしまったか。しかしわらわは思うんじゃ。貴様の言うことには一面の真理があった……正しい。充足感がある。だって、こうまでおかしなことをやらされとるのに、なんの意味もない『ステータス』とかいうのが上がるだけなんておかしいじゃろ。充足じゃ。わらわはそう、望んでやっておる。心を満たすために、修行を――」



 ――違う。



「――違う、違う、違う、違う……! ああ、違う! 充足などない! この修行はあくまでも修行でしかなくって、ああ、修行、とは……?」



 月光はぶつぶつとつぶやき続ける。

 ロレッタは無表情のままで、たまに思い出したように「フフッ」と笑う。

 なにか、月光には見えないものが見えているのだろう。


 月光はロレッタの様子を見て、己の口から絶え間なくつむがれ続ける言葉を聞きながら、思う。



「誰か、教えてくれ。――わらわは今、なにをしている?」



 ――わたしはいま、なにをしていますか?

 ――あなたはいま、なにをしていますか?

 ――これは、げんじつですか?

 ――きっと、たぶん、ゆめなのでしょう。

 ――げんじつですか?

 ――どうやって、ほしょうできますか?


 あなたがいる場所が夢じゃない証拠は、どこに?





 それは長い夢から目覚めたような心地だった。


 月光は食堂にいる。


 銀の狐亭と呼ばれる宿屋には極上のサービスと料理があって、その中でも月光は『ケーキ』を食べられるティータイムを好んでいた。


 甘く柔らかな生地を何層も重ねてあいだにクリームと生のフルーツを挟んだケーキは、王都においてさえあまり見られない逸品だ。

 ケーキと呼ばれるものはドライフルーツを混ぜ込んだ生地を焼いた硬いパンのことを指すのだから、銀の狐亭のケーキは『ケーキ』ではなく『柔らかケーキ』と呼ばれるべきだろう。


 カウンターテーブルで友とティータイムに興じている。


 月光は生きる喜びを噛みしめていた。

 生きる喜びはたっぷり甘いクリームと、フルーツのみずみずしい甘酸っぱさがあった。



「……そういえば、我らはいつ『友』となったのかのう、ロレッタよ」



 カウンターテーブルで横に座る赤毛の少女に問いかける。


 彼女は澄んだ赤い瞳を月光に向け、穏やかに小首をかしげた。



「さて、私も記憶にないな。しかし……友とはそういうものだろう。きっかけなど、覚えていないものだ。私はそう思う」



 それもそうだ、と月光は思った。

 だから、ケーキ食べを再開する。


 二人して意味もなくほほえみ合っていると、厨房の方向からアレクが現れた。

 どうやらお茶のお代わりを持ってきたらしく、二人の空になったティーカップに新しい、よい香りのお茶が注がれる。



「お二人ともお見事でした」



 アレクが言う。


 口の端をクリームで汚したロレッタと月光は、同時に、同じ方向に、同じ角度だけ、首をかしげた。



「俺の予定より半日早く『キャップ』を外されたようで。ロレッタさんはともかく、母さんまでそれだけ早くカリキュラムをこなせるとは、思ってもいませんでしたよ」



 きゃっぷ?


 わからない。そんな単語は聞いたこともない。


 月光とロレッタは互いに顔を見合わせ、鏡合わせのように首をかしげ合う。

 その動作があんまりにも息が合っていて、二人は同時に頬をほころばせた。


 ああ、クリームが、甘くて、おいしい。



「お二人とも、そのリアクションはいったい……あの、今朝方まで修行をおこない、『キャップ』を外しましたよね?」



 しゅぎょう?


 そんな言葉は人生で一度も聞いたことがない。


 月光はなんだか笑った。


 しゅぎょう、しゅぎょう。


 言葉の意味はわからないが、ひどくニヤついてしまう。

 それはきっと楽しい言葉なのだろうと月光は思った。

 だって、目の前のロレッタも、笑っている。


 ヒクヒクと頬を動かして、こらえきるのが大変そうに、笑顔を浮かべているのだ。


 笑顔を、浮かべている、のだけれど――



「ロレッタ、泣いておるのか?」

「月光さんこそ、涙が流れているが」



 なぜだか、二人とも、泣いていたようだ。


 よくわからない。


 きゃっぷ。

 しゅぎょう。


 わからない。わからない、わからない、わからない。


 なにがなんだか、わからない。


 でもそれは、なぜだか笑って、なぜだか泣ける、そういうものみたいだった。

 心と頭がふわふわしている。

 スポンジケーキになったみたい。


 フォークを置いてあたたかいお茶のそそがれたカップを持つ。

 両手の平で抱きしめるようにすると、温かさが心地よくて、また涙があふれてきた。


 カタカタと震えているのは、世界だろうか、自分だろうか。


 しゅぎょう。


 月光はなにかを思い出しそうになった。

 でも、思い出そうとするとすごくイヤな気持ちになるから、きっと、忘れていた方がいいことなんだろうとも、思った。


 なにかを失っているのだろう。


 でも、得がたいものを得た。


 ともだち。


 ふたりは、なかよし。


 それはとってもすてきなことで――


 なかよしな子といっしょなら、どんな困難でも乗り越えられるような、気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ