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ごちそうさまでした。(5)






「失礼ながら、クリスマスの時期にこうしてディナーデートに来られているお二人なら仲も良さそうですし、ご一緒できたら楽しい時間を過ごせそうだと思ってお誘いしたのですが………ご迷惑でしたでしょうか?」


男性がまるで自分に非があるように恐縮するので、私も彼も大急ぎで手を振った。


「そんなことありませんよ。予約ができてなくて困っておりましたから、誘っていただいたのは本当に有難かったです」

「そうですよ、私達のことなら………ちょっとした意見のすれ違いがあっただけですから」


”ちょっとした” 程度だとは感じてなかったはずだけど、初対面の方にまで気を遣わせるわけにはいかない。

しかも、善意を向けてくださってる方に。


男性は「そうですか?それならいいんですけど………でも、本当に気が進まないなら断ってくださいね」と気を取り直した様子で告げた。


「お気遣い、ありがとうございます」


夫が座ったままで頭を下げると、男性はまたにっこりと微笑んだ。


「今、スタッフの方が席を準備してくださってるようですので、もう少しここで待っててくださいね。それにしても、クリスマス直前にすれ違いなんて、すごいタイミングですよね」

「ええ。お恥ずかしながら………」


夫はセリフ通り気恥ずかしそうに答え、それはなんとなく場つなぎの会話に思えた。

けれど、殊の外男性は深掘りしてきたのだ。


「でもこうしてクリスマスディナーに足を運んでいるということは、修復可能なすれ違いなのでしょう?」

「え?」

「お気を悪くなさったのなら申し訳ない。でも、せっかくならお二人に心からの笑顔でディナーを楽しんでいただきたいので………」

「ああ、いえ、別に気を悪くなんかは………むしろ初対面の方にそんな気を遣わせてしまって申し訳ないです」


夫が多少の困惑をのぞかせると、すかさず男性が私にも声をかけてくる。


「奥様も、ご不快にさせてしまいませんでしたか?あ……奥様、でよろしかったですか?」

「ええ、それは大丈夫です。それから、別に不快になんか思っていませんので、お気遣いなく。むしろ、ご親切に誘っていただいたにもかかわらず、こちらの問題で気を遣わせてしまい、申し訳ありません」


私も夫も、特別な言葉を返したわけではなく、ただ大人としての当たり障りのない返答に終始しただけだ。

ところが、男性はパッと満面の笑みになった。



「やっぱりお二人は仲が良いんですね。同じことを仰ってる。しかも、言い方や声の雰囲気もよく似てらっしゃる。仲良しご夫婦だ。ご夫婦でクリスマスディナー、素敵です」


この年齢で仲の良さを褒められるなんて滅多にないことで、面と向かってそう言われると照れ臭くさくなってしまう。

ぎくしゃくしてる最中だからこそ余計にそう感じてしまうのかもしれないけれど………


おそらく夫も同じ感想を抱いたのか、二人揃って照れ笑いを浮かべる。

けれどそれだけで、これといって洒落の効いた返しはできなかった。


すると、それまでにこやかだった男性が、静かにそのトーンを落としたのだ。


今の今出会ったばかりの相手なので確かなことはわからないけれど、この男性はおそらく優しくて明るい性格なんだろうなと、勝手にそう思っていた私は、急に影を落とした男性にドキリとした。



「………どうかされましたか?」


さっき訊かれた言葉を、そのまま男性にお返しする。


夫も気になったように男性の返事を待っているようだ。


男性は取り繕ったような笑顔で「すみません」と告げてから、自分のことを語った。



「実は、今日来るはずだった二人とはずいぶん長い付き合いでして、毎年このホテルでクリスマスディナーと忘年会を兼ねて食事をするというのが恒例になっていたんです。毎年僕が幹事をして、三人の予定を調整して……まあ、それぞれ年末は忙しい仕事でしたから、なかなか都合つく日がなくて大変だったんですけど、毎年のことなので、三人とも楽しみにしていたんです。僕以外の二人は夫婦なんですけど、この二人があなた方のようにとても仲の良い夫婦でしてね。いつも、まだ独身の僕のことを気遣ってくれていました。でも………」



男性は私達に向けていた仮初めの笑顔を消し、何もない宙を見つめた。



「………その二人の大切な家族が、病気になってしまったんです。命に関わるような、重い病気です」



私と夫が、同時に息を呑んだ。



「でも、余命を宣告されるような段階でもなかったようで、最近は体調も安定していたことから、普段の仕事や看病での疲労を癒すためにも今日の食事会には参加したいと言っていたんですよ。ところが、急に容態が悪化してしまい、キャンセルになった………というわけなんです。そういうことなので、二人と付き合いの長い僕もそのご家族のことはよく知っていますし、気持ちが沈んでしまいそうでしたので、彼らのように仲良し夫婦のお二人に声をかけさせていただいたんです」


「そうでしたか………」

「あの、何と言ったらいいのか適切な言葉が思い浮かびませんが………その方の体調が、少しでも回復されることをお祈りします。でも………簡単に回復だなんて言えない状況かもしれませんよね…………申し訳ありません、やっぱり適切な言葉がわかりません………」


私は、自分が使った言葉の不用意さにすぐ悔いた。

命に関わる病気の人の容体が悪化したということは、もう回復を望めない状態なのかもしれないのに………

夫のようにひと言で返せばよかった、そう思ったけれど、男性はこれをはっきりと否定した。



「どうぞ謝らないでください。あなたが優しい人だというのはよく伝わってきますから。あなたの仰るように、もう回復は期待できないのかもしれませんが、それでも、元気になることを願ってくれている人がいるというのは、きっと本人だけでなく家族も喜ぶと思いますから。きっと、ご主人も同じことを思ってくださいましたよね。ありがとうございます」


「ああ、いえ………」


急に話を振られた夫は小さく会釈した。


そこからの男性は、貼り付けたような笑顔ではなく、穏やかな優しい微笑みを浮かべて続けた。



「僕の知り合いの夫婦も、優しい人達なんですよ。ご家族もとても仲が良くて、いつもいろんな話をしていました。本当に、たくさん話をする家族だったんです。それでも、家族の一人が病気で話せなくなった今、もっとたくさんの話をしておけばよかったと後悔していました。僕から見て、あれ以上話をするなんてできるわけないと思うくらい、おしゃべりな家族ですが、本人達にしてみれば、全然足りなかったようです。ですからどうか、あなた方も、後で悔いが残らないように、たくさん話をしてくださいね。夫婦だから言わなくてもわかってくれるとか、言葉がなくても伝わってるとか、そういうこともあるかもしれません。でも、もしそうだったとしても、人生はいつ何が起こるかわかりません。今日と同じ明日がやって来るとは限りませんから、今、たくさん話をしてくださいね。たくさん話したら、例えすれ違いがあってもやり直すこともできるはずですか……ら………ど、どうされましたか?」


男性が話を止め、ものすごく驚いた顔で私に問いかけてくる。



「あ………すいません」


とっさに顔を覆った私の指先に、涙が触れていった。

泣くつもりなんかなかったのに、男性の話を聞いて、普段はしまっている感情が飛び出てしまったのだ。


私はそれ以上何も言えなくなってしまったけれど、隣りの夫が黙ってハンカチを差し出してくれた。

そして


「妻は結婚前に母親を病気で亡くしているので、もしかしたらその頃のことを思い出したのかもしれません」


私の代わりに説明してくれたのだった。










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