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ごちそうさまでした。(4)






柔らかな口調の男性の声に、私と彼は同時に振り返った。


すると、私達と同じくらいか、やや上の年代と思しき男性が優しそうに微笑みを浮かべていたのだ。

スーツをきっちり着こなした、上品な男性だ。


男性は私達に一歩近づくと、「突然話しかけてしまって申し訳ない。でも、何かお困りだったようなので」と、物腰柔らかに告げてきた。


いきなりのことで少々びっくりしたものの、この男性のことを悪くは思えなかった。

そして彼も同じ印象だったらしく、男性に向かって「実は予約ができてなかったみたいなんです」と正直に打ち明けたのだ。


彼の苦笑がしんみりとした空気を生み出すかと思いきや、その答えを聞いた男性は、パアッと表情を弾ませた。


「そうなんですか?それはちょうどよかった!」

「………はい?」


奇妙なほど喜ぶ男性に、彼は違和感たっぷりの声をあげた。

もちろん私にも意味がわからない。

ところが男性は私達の反応などどこ吹く風とばかりに、サッと私達の正面のソファに腰かけると、優雅に事情を説明しはじめたのだった。



「いえね、実は、僕が幹事になって今夜のディナーの予約をしていたんですけど、三人中僕以外の二人の都合が急に悪くなってしまいましてね。でもせっかく人気のレストランを予約できたんだから、キャンセルしてしまうのは勿体ないし、ひとりでクリスマスディナーを堪能するつもりだったんですよ。そうしたら、たまたま今日の予約が取れていなかったお二人がいらした、というわけなんです」


それは確かにすごい偶然だけど、正直なところ、ああ、そうなんですね……そんな感じのリアクションしかできないだろう。

案の定、夫は「そうなんですか……」と、愛想笑いを返すだけだった。


だが、男性の話はそこで終わりではなかったのだ。


「そういうわけですので、もしよろしかったら、ディナーをご一緒しませんか?」

「え?」

「……え?」


私と夫が時間差で訊き返すと、男性は優しげな物腰でもう一度告げてくる。


「ですから、ディナーに、お付き合いくださいませんか?このままだと、僕は三人分のコース料理を食べなくちゃいけなくなるので」


男性は事実ともユーモアとも受け取れるコメントを口にしたかと思えば、座ったとき以上に素早くサッと立ち上がり、私達の返事も待たずに


「それじゃ、お店の方にも伝えてきますね」


そう言い残し、レストランにまっすぐ駆けていったのだった。


もしかしたら私達より年上かもしれない、落ち着きと品のある男性だけれど、その後ろ姿は、なんだかものすごく若くも見えた。



「…………いいのかな」

「…………いいんじゃ、ない……かな?」


互いに顔を見合わせる私達。


「………見ず知らずの人なのに?」

「………でもたぶん、あなたの予約はできてなさそうよね?」

「……そうなんだよな……まあ、こちら側の食事代をお支払いすれば、問題はないか」

「…そうね。そうさせていただきましょう……」



相談し合ってる私達の間に昨夜のぎこちない空気はなかったけれど、ふとどちらもが黙る瞬間が生まれると、そこからぎこちなさも派生してしまった。



彼が昨夜のことを気にしているのは間違いない。

私だって、自分の言動を後悔していた。

だったら、さっさとそのことについて二人で話せばいいのに、なぜかそうと言い出すことができなかった。

どう言い出せばいいのか、慣れない状況に最適解がわからないせいもあるだろう。

でもそれよりも私が躊躇いを感じてしまうのは、もしかしたら、昨夜みたいに不用意な言葉で傷付いたり、すれ違いが芽生えてしまうことを恐れているのかもしれない。


そしてもしかしたら、それは、彼も同じなのかもしれない。


こんなぎくしゃくした時間に免疫がなさ過ぎる私達は、解決の糸口を見つけられず、でも昨夜のようになりたくはなくて、互いに黙ってしまうしかないのだろう。


まるで学生カップルのような不器用さだなと、我ながら呆れてしまうけれど、この沈黙は互いが互いを想い合っているゆえなのだ。

それを理解できている点においては、少なくとも学生時代の私よりは大人になっていると自負したい。


ただ、いつまでもこのままではいられない。

どちらかがきっかけを作らなくちゃと思った時、またもや絶妙のタイミングで男性がレストランから戻ってきたのだった。



「お待たせしました。店側としては何も問題ないみたいなので、ぜひご一緒に…………あれ?どうかしましたか?」


にこやかに戻ってきた男性だったけれど、私達のぎくしゃくした空気感に、フッと表情が曇ったのだった。











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