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ごちそうさまでした。(1)






「じゃあ、私に今すぐ仕事を辞めろっていうの?」



怒鳴ったわけではないけど、その剣呑な響きに、彼はにわかにたじろいだ。

まさか私がそんな反応をするとは思ってもいなかったのだろう。



結婚する前も結婚してからも、大きな喧嘩らしい喧嘩もしたことがなかった私達。

すれ違いや苛立ちが生じても、互いになるべく感情的になることを避けてきた。

問題が起こっても穏やかに話し合って解決しよう、付き合いはじめた頃にそう決めていたからだ。

そしてそれは結婚して数年が経った今も、変わらず守られていた二人の約束だった。



私は結婚を機に退職し、新婚生活が落ち着いてきた頃に、自宅からほど近い場所にある学習塾で英語を教えはじめた。

週に数日、学校の長期休暇などには週6で受け持つこともあったけどそれはイレギュラーで、ほとんどは週3から4日ほど夕方から21時頃までの数時間という、ゆるいシフトだった。



数駅離れたところに何か所かある、個人経営にしてはわりとしっかりした規模の学習塾で、入塾生は増える一方だった。

そのせいだろう、本部の方からは正規で働きませんかとお声をかけていただいたこともあった。

自分の仕事ぶりが認めてもらえたのだと、素直に嬉しかった。

聞けば、生徒や保護者からの評判もよかったらしい。

大学時代に留学経験があり、前職は外資系、学生時代には家庭教師のアルバイトをしたことがあったとはいえ、教員免許を持ってるわけでもないので、改めて人に教えるということの難しさを感じていた私にとって、正規へのお誘いはこの上なく嬉しかった。

だけど、私はその誘いを丁重にお断りしたのだ。



理由は、夫の激務である。

働き方改革という言葉がすっかり耳に馴染んでいるとはいえ、業種や役職によってはそんな悠長なことを言ってられない場合もあるのだ。

最年少で管理職になり、国内外を問わず出張の多かった彼は、それこそ昼も夜も関係なく働いていた。

もちろん、休めるときはきちんと休んではいたけど、休暇スケジュールが規則的でないことには間違いなかった。

私は、そんな忙しい彼を支えたいと強く思った。

結婚を機に退職したのもそのためだった。

だから、正規ではなくある程度ゆとりのあるシフトで、自宅から一番近い働き場所として、その学習塾を選んだのだ。



その夫が、クリスマスを目前に控えた今日、急な異動の内示があったと報告してきた。

異動先はデュッセルドルフ。時期は年が明けてからなるべく早く。

ただ急ということもあり、ある程度はこちらの都合を尊重してくれるそうで、年内に返事を出せばいいとのことだった。



夫に海外赴任の可能性があるのはわかっていたことだし、異動先にも驚きはない。

ただ、こんなにも急になるとは思っていなかった。

夫の説明では、EUの支社のうち数か所でトラブルが発生したらしく、その対応に適した人間を本社から各支店に向かわせることになったそうだ。



驚いたけれど緊急事態だし、こればかりは仕方がない。

ただ私も、受験シーズンに入っている今の時期に仕事を辞めるわけにはいかない。

それならとりあえず、準備が整い次第、まず夫だけが赴任し、私は受験シーズンが終わる春頃をめどに仕事を辞めて引っ越すことにしたらいい。

数か月は単身赴任になるけど、今はネット環境も整ってるし、結婚前にも仕事で数週間会えなかったこともあるから、きっと大丈夫だろう。

私はそう思ったし、彼もそう考えると思っていた。

だって、それ以外に最善の選択なんかなかったのだから。



だけど、彼からは思いもよらない言葉が返ってきたのだ。










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