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ほな行こか。(7)






「片親の何がアカンのですか?」


それまで黙っていた父が、相も変わらずの大声で、大阪弁丸出しのイントネーションで、そしてぴしゃりと、まるで一本の矢を打つようにまっすぐ言い放ったのだ。


一瞬で、ぴたりと静まり返った控室。


父は、へらへらご機嫌にしゃべり倒していたときの様子は一切なく、だからといって何も怒っている顔でもない。

けれど、大学教授の男性も、彼の従兄弟も、他の親戚の方々も皆、父に耳もしくは視線を向けた。

さっきとは違って、室内の雰囲気がどこかヒリリとしているのに、父はそんなの知ったことじゃないとばかりに、マイペースにしゃべり続けた。



「彼が母子家庭で育ったことは聞いてます。でもそれが何でっか?彼が父親なしで育ったのは間違いあらへんのやろけど、彼は、めちゃくちゃええ人間ですわ。誰に対しても優しいし、うちらみたいな大阪(モン)の家族にも馴染もうとめっちゃ気ぃ(つこ)てくれてます。おまけに、彼の口から誰かの悪口が出てくるのなんて、聞いたことありまへんわ。母一人子一人で苦労してきたこともあったやろうに、自分がどんだけ可哀想やったかなんて、ひとっ言も言いません。それはそれで、今の自分を作り上げてるんやっちゅうて、ホンマ謙虚な人間ですわ。そうそう、ここのホテルの入ったところに、えらい大きなクリスマスツリーがありますやろ?あのツリー、願いを叶えてくれるって知ってまっか?さっき彼に聞きましたんや。お義父さんは何をお願いしますか?て訊かれましたさかい、うちの二人の娘の幸せて答えましたわ。いや嫁はんはもう幸せや言うてましたから、その分娘にまわしときましたんや。ほんで、彼にも訊いたんですわ。何お願いしたんや?って。そしたら何て答えたと思います?」


父は誰ともなしに問いかけたけれど、誰も答えそうにないので、すぐそばにいた彼の伯母様がぽつりと仰った。


「あの子は何て答えたんですか?」


すると父は、伯母様だけにではなく、控室にいる全員を見渡してから告げたのだ。


「ここにいるみーんなの幸せですわ」



そう言った父は、いつもの愛想のいい顔に戻っていた。



「最初は彼もうちの娘と幸せになりますようにてお願いしてたみたいやけど、なんや、結婚式の準備とかしていくうちに、親戚の人達にもぎょーさん世話になってきたさかい、自分らだけ幸せになってもしゃーないて思いはじめたらしいですわ。せやから、さっき()うたとき、前のお願いを訂正したいて()うてました。今日、結婚式に来てくれた人みーんなが幸せになりますようにって。ホンマ、えらい優しい男ですわ」


父はしみじみと、感情を込めて言った。

けれどパッと表情を変えて。


「あ、せやせや。1個だけ言わせてもらいたいんですわ。今日の、ナイトウエディングだか夜の結婚式だかホンマの名前はどっちなんか知りませんけど、とにかく、夜にすることになったんは、うちの店の都合なんですわ。うち、大阪で商売しとりましてね、ほら、もう年の瀬ですやろ?毎年毎年この時期は猫の手100本借りても足りんっちゅーくらいなんですわ。けど、そんだけお客さんには必要とされてるっちゅーことですねん。ホンマ有難いことなんですけど、せやからまるまる1日店閉めたりしたら、お客さんにえらい迷惑行くんですわ。ほんで結婚式どないしよか(おも)てましたら、なんや娘の方から夜に結婚式するんやったら、店閉めるんも半日、半日で済むんちゃうかて言われましてね。聞けば、確かに言い出しっぺは彼の方やて言うてましたわ。せやけど、もともとそういうのもあるて教えてくれたんはホテルの人やて言うてましたなあ。なんて言うたかいな、ウ、ウエ…ウエディングなんちゃら……」


「ウエディングプランナーやで、お父さん」


妹が合いの手を入れた。


「せやったせやった、そんな名前やったな。そのウエディングなんちゃらさんに相談して決めたて言うてましたわ。まあ、あんま聞きませんからね、夜の結婚式なんて。せやからうちの娘も親戚に迷惑かけるんちゃうかて、えらい気にしとりました。せやけど、それよりもうちの店の都合を優先してくれたんですわ。それでみなさんに迷惑かけてしもたんでしたら、それはうちらのせいです。彼が片親で育ったからとか、躾が行き届いてないとか、そんなことは全然ありまへん。それだけは、絶対に間違(まちご)うてもろたら困ります。彼は、ごっつええ人間ですさかい。けど、みなさんの方がそんなことはよう知ってはりますわな。みなさんが仲良しやから、さっきみたいなこと言うてふざけてはるんやとは思います。せやけど、うちの親戚には、今日はじめて彼に会う人間もおるんですわ。彼のことなーんも知らん人間が、さっきみたいなこと聞いてしもたら、ひょっとしたら勘違いしてまうかもしれませんやろ?せやからどうか、今日は嘘でもええから、彼のこと褒めちぎってやってくれまへんか?ああ、嘘でもええて言うたんは、ここだけの話にしといてくださいよ?」



父が普段通りに軽くおちゃらけて言うと、クスクスクスと、笑い声が聞こえてきた。












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