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ほな行こか。(2)






『でも、お店が閉まったら困るお客さんが多いんだろう?お義父さんとお義母さんが俺達の結婚式よりお店を優先させることはないだろうけど、12月に結婚式を挙げることになったのは俺が原因だしさ、なるべくご負担にならないようにしたいんだよ。そりゃナイトウエディングはまだ珍しいかもしれないけど、夜にずらすことでお店を閉める時間が減らせるんだったら、そうしたらいいんじゃないの?それでもし何か言ってくる人がいても、放っておけばいいよ。親戚や従兄弟も大事だけど、俺にとってはそれよりもお義父さんとお義母さんの方が大事なんだから』



彼のその言葉に背中を押されてナイトウエディングを決めたのだ。


例年、12月は定休日を設けずクリスマスも大晦日も店を開けていた両親だが、ナイトウエディングにすることにより、丸一日閉めずとも、今日の午後と明日の午前の休みで済むようになる。

そう説明したとき、両親は想像以上に喜んでくれた。

そんなに大きな店ではないけど、曾祖父の代から地元の人達に贔屓にしてもらっていて、毎年年末には一年のお礼も兼ねた歳末特別割引を実施するほど、両親はお客様に恩義を感じているのだ。

特に父は生まれてからの成長をお客様に見守ってもらったという感覚も強いらしく、例え営業時間短縮になっても臨時休業させずに済むならと大喜びしていた。



はっきり言って、私は父とは相性が悪い。

嫌い、というわけではないけど、ガサツでデリカシーが欠落していたり、所構わず大声で話したりストレート過ぎる物言いには、幼少の頃より何度も傷付いたものだ。

たぶん、私はどちらかと言えば繊細な方なのだろう。

母や妹は私ほど細かいタイプではないので、父ともそれなりに暮らせているようだけど、私は大学進学を機に、父から逃げるように家を出た。


でも、一人で暮らしはじめてからは、父のような細かなことを気にしない大らかさが、無性に羨ましく思えることもあった。

働き出してからは特に。

それでも、久しぶりに父と再会すると、そのがさつな態度にまた嫌悪感が復活してきて……この数年間はその繰り返しだった。



だから正直、結婚が決まったとき、私は彼を父に会わせることに迷いがあった。

母と妹には、二人がこちらに来たとき一緒に食事したりして、わりと早い段階で彼を紹介していた。

でも、都心で生まれ育った彼は、私と付き合うまで関西の人がほとんど周りにいなかったらしい。

そのうえ、あまりテレビも見ない人だから、関西弁飛び交うテレビ番組にも馴染みがない。

そんな彼に、いきなり大阪濃度最高レベルの父に会ってもらうのは気が引けたし、本音で言うと、幻滅されないか不安だったのだ。


彼がそんな人じゃないって、よくわかってるけど。

でもやっぱり、こちらに住んでみると、私の故郷を小馬鹿にする人の多さにショックを受けたのも事実なのだ。

そしてこちらに長く住んでいる私の中にも、小馬鹿にはせずとも、恥ずかしいという感覚が芽生えていたのだ。


でも、そんなのは杞憂だった。


『俺、お義父さんのこと、大好きになっちゃったよ』


彼は、結婚の挨拶ではじめて会った父のことを、そんなふうに言っていたのだ。


『どこがそんなに気に入ったの?』


訝しむ私に、彼はにっこり答えた。


『だって――――――




※※※




「なんやなんや、急に黙ってしもて、どないしたんや?」



父ががさつな口調で訊いてきて、私はハッと現実に引き戻された。


バックにある上品なクリスマスツリーとはあまりにも不似合いで、私は、そのちぐはぐ感に気持ちがザラザラした。

結婚式を数時間後に控えているのにこんな気分になるなんて、最悪。



「……そんな大きな声でしゃべらないでよ」


つい声が低くなってしまった私に、母と妹は不穏な気配を察してくれたらしい。


「まあまあお姉ちゃん、お父さんがこんな感じなんはいつものことやん」

「そうやで。一生に一度のお式なんやから、カリカリしたら勿体ないわ」

「せやせや。もう行った方がええんとちゃう?結婚式、5時半からなんやろ?準備間に合うん?」

「………そんなに大仰な準備はないから、大丈夫よ」


今回は家族と一部の親戚のみの参列だ。

衣装もメイクも凝ったものではなく、ごくシンプルでアットホームな感じにしようと、彼と、そしてウエディングプランナーとも話し合って決めていた。

だからこそ、私の家族がチェックインしたことをスタッフが急いで知らせてくれたというのに………



「なんや、おかしなやっちゃな」


まるで他人事のように言う父に、私はまた苛立って。


「お父さんのせいでしょ?」


そう反論したときだった。


「――――っ!」


父を指差そうと若干強めに振った私の腕が、ちょうど通りかかった若い女性にぶつかってしまったのだ。


相手は突然のことによほど驚いたようで、持っていたものを絨毯敷きの床に落としてしまう。


「あ、すみません!」


私はすぐに彼女の落としたものを拾おうとしたけれど、それよりも早く、彼女が大慌てで拾い上げた。

たぶんだけど、アニメ関連のグッズか何かのように見えた気がした。

まあ、ああいうのはその人にとって宝物みたいなものだから、他人に触られたくないっていうのも理解はできる。

私は本当に申し訳ないと思った。

だから


「すみませんでした」


もう一度、彼女に謝ったのだけど………私の声が小さかったのか、彼女はスッと私の横を通り過ぎてしまったのだ。

ほんの少しだけ頭を下げたようにも見えたけど、会釈と呼んでいいのか迷うほどのささやかなものだった。


シャイなのかな。

パッと見では高校生か大学生くらいに見えるし、私もあれくらいのときは恥ずかしがり屋だったから、もしそうなら、反応が薄いのも理解してあげたいところだけど。


そう思いながら彼女を見送っていると、何を思ったのか、父がその彼女を呼び止めたのだ。


「お嬢ちゃんお嬢ちゃん!」


ブンブンブンと、彼女の前方で手を振って、いつもの大声で呼びかけた父に、私は盛大にため息を吐き出していた。


「――――っ!?」


可哀想に女の子はびっくりして固まっている。

なのに父はお構いなく、大声で話しかけたのだ。


「落し物大丈夫やったか?堪忍やで」


女の子の前で、両手を合わせて拝みながら言った。

大声で。

女の子は後ろ姿でも困っているのが丸わかりだ。


それを見た瞬間、私の中で何かがプツリと切れた。


あんなにシャイそうな女の子相手に何やってるのよ!

沸々と、イライラが煮え昇ってくる。


もうこれ以上こんな父と一緒にいたくない!



「じゃあ私もう行くから!また後でね!」


イライラ任せに母と妹に告げると、くるりと後ろを向き、父の方はちらりとも見ずにその場から立ち去ることにした。



「あ、お姉ちゃん!………あかん、行ってしもた」

「まあ、あの子はお父さんの大声をいっつも嫌がってるからなあ」


二人の話し声が聞こえてきたけど、振り返らなかった。

本当は、今までお世話になりましたとか、それっぽいことを伝えたかったのに………


お父さんのせいで台無しじゃない!


心の中で訴えても、あの能天気な父に届くわけはないけれど。




挙式まであと数時間。


こんな感情のままウエディングドレスに袖を通すことになるなんて、まったく想像もしてなかった。


最悪。










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