ほな行こか。(1)
「おうおう!こっちやこっちや!」
著名人が常宿にしてると噂されるほどの一流ホテルのエントランスロビーで、まったく似つかわしくない関西弁が響き渡る。
いや、関西弁が悪いのではなくて、大きな声で、周りの迷惑も考えない、そういうデリカシーが皆無であることが場違いなのだ。
嫌々その声の元を辿ると、この界隈でも有名な本物の木を使った大きなクリスマスツリーの真下で、一応はスーツを着ているものの、上品とはかけ離れている雰囲気の男がこちらに手を振っていた。
認めたくはないけど、本当に認めたくはないんだけど、私の父親だ。
その隣には恥ずかしそうにしてる母と、いつものことなので諦めきっている妹の姿もあった。
「なんや、見えてへんのか?こっちやで!」
父はいっそう声を張り上げる。
周りの人達も何事かと振り返りはじめて、私は慌てて父に駆け寄った。
「お父さん、静かにしてよ」
「なんややっぱり気付いとったんやないか。なんでムシするんや?」
小声で注意した私に、父はどこ吹く風とばかりに暢気に訊いてくる。
どこまでも能天気で厚かましい人だ。
私はそのまま父を無視して母と妹に向き直った。
「久しぶりだね。遠いところをわざわざありがとう」
「そんな気遣わんでええよ。元気そうで安心したわ」
母はにこにこ顔でそう言ってくれたけれど、妹は「え、お姉ちゃん、こっちでそんな感じなん?」とからかってくる。
「何よ」
「えらい都会に染まったなあ。実家に帰ってきたらいっつもバリバリの関西弁やのに」
「仕方ないでしょ。仕事してたら関西弁使うわけにいかないんだから」
「うわ、なんか気色悪っ」
「はいはい、もういいから。それよりお母さん、チェックインはもう済んでるんだよね?」
「せやで。ナイトウエディングに参列する人は早めにチェックインできるらしいから、先にさせてもろたんよ」
「お姉ちゃんはまだ準備せんでええの?」
「そろそろ行かなきゃだけど、ご家族様がチェックインされましたよって教えてもらったから、ちょっと会っておこうかと思って。ほら、一応、嫁ぐ前の挨拶みたいな?」
そうなのだ。
私はあと数時間後には結婚式を挙げて、新しい家族のスタートを切るのだ。
大阪に住んでいる家族とこうして水入らずで会うのは数年ぶりだった。
今年の夏に一度帰省してるけど、そのときは夫となる彼も同行していたし、滞在も一泊と短かく、その間の家族との会話のほとんどは彼が主役だったから。
結婚前に私だけ実家に顔を出すことも考えたけど、商売をしてる両親にとって年の瀬は非常に忙しい。
それが頭に染み込んでいた私は、結婚前の家族水入らずは諦めることにしたのだ。
そもそも、商売をしていない人にとっても12月は何かと忙しない時期だとは思う。
正直、年末に自分達の結婚式を執り行うことに迷いがないわけではなかった。
でも、12月だからこその素敵な式だってあるだろうし、この時期だからこそスケジュールを調整できる人もいるだろう。
そして私と彼にとっても、私の両親の仕事が忙しいとわかっているこのクリスマス時季に式を挙げたい理由があったのだ。
年明け早々に、彼の長期海外出張が決まったから。
もともとは来年の春頃に挙式を考えていた私達は、彼の出張が決まった際、計画変更を余儀なくされた。
入籍だけ済ませて式は帰国してから…という案も考えたけれど、彼としては、長期間自分が不在になる前に、きちんと親族に私を紹介しておきたかったらしい。
確かに、私の家族や親戚は大阪で、彼の親戚はほとんどがこちらにお住まいなので、彼の気持ちもわからないではなかった。
それに、彼の親戚とお会いすることを先延ばしにするよりは、早く会っておきたいという私の希望もあった。
というのも、彼のご両親は彼が幼い頃に離婚なさっていて、お父様とはその後関係が途絶え、ずっとお母様と二人暮らしだったからだ。
もちろんお母様とは何度もお会いしていたし、娘同然に可愛がっていただいてるので、彼が日本にいない間は、お母様が一人で暮らしてらっしゃる彼のご実家に伺う機会も多くなるだろう。
ただそのとき、ご近所にお住いのご親戚の方々にご挨拶を済ませていないと、なんとなく落ち着かなくなりそうだと思ったのだ。
そういったことから、私達は、クリスマス目前である今日のこの日、結婚式を執り行うことに決めたのだった。
といっても、急な予定変更なので、会社関係や友人関係を招いての披露宴は彼の帰国後改めて計画することにし、ひとまずは身内への報告と挨拶も兼ねた簡単な式と会食という形式だ。
これを提案してくださったのが、このホテルのウエディングプランナーだった。
そして、急な前倒しによって浮上した私の両親の仕事や、会場のスケジュールといったいくつかの問題を、ナイトウエディングという案ですべて解決できたのも、このウエディングプランナーのおかげだったのだ。
ただ、まだまだ一般的とは言えないナイトウエディングに、私は最初は躊躇を隠せなかった。
親戚の中には小さなお子さんもいるし、伝統を重んじるタイプの方もいらっしゃるかもしれない。
でもそんな私の躊躇いを霧散させてくれたのは、他でもない、彼だった。




