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またね。(1)






「それでは、献杯」



パパの掛け声で、全員がグラスを掲げる。


その瞬間は、いつもとても厳かで、静かで、それからちょっとだけ泣きそうになる。


今年はママの命日だから、特に。



この時季は年末で何かと忙しいし、いつもは命日当日じゃなくクリスマス前後の週末に親族で会食するのが恒例だったけど、今年はちょうど命日その日だった。

会食場所は毎年、パパとママが結婚式を挙げたこのホテル。

パパとママは結婚してからも、クリスマスは決まってここでディナーかランチデートをしていたらしい。

私が生まれてからは私も一緒に。

うちはごく一般的な家庭だったけど、パパとママも一年に一度の贅沢だからと言って、毎年とても楽しみにしていた。

もちろん、私もだけど。



そんなママが、8年前、私が10歳のときに亡くなった。

まだ40代を半分過ぎたばかりの若さで。

癌だった。

健康診断で見つかって、後々聞いた話では2年ほど闘病していたらしい。

まだ子供だった私にはいっさい知らされることはなく、亡くなるまで数か月ほど入院していたときでさえ、”ちょっと風邪をこじらせただけ” けなんて説明されていた。

まあ、それをそのまま信じた私はやっぱり子供だったんだけど。


真実をパパから打ち明けられたのは、12月に入ってすぐの頃だった。

街並みがすっかりクリスマス景色に模様替えして、早くママが退院しないかな、無理そうなら病室を飾り付けできないか訊いてみよう……なんて、子供ながらにママを元気付けたくてうずうずしていた。

なのに………


パパは、今年がママと一緒に過ごせる最後のクリスマスだと私に言った。

はじめは意味がわからなかった。

でもちゃんと理解できたあとは、私は毎日学校を休んでママの病室で過ごすようになった。

学校の先生にはパパから事情を説明して、許可をもらえた。

だってその時すでに、余命数週間を宣告されていたから。


そして、そのときが訪れた。




人は、自分が息を引き取る瞬間がわかるのだろうか?

ママはそのとき、私とパパにニコッと弱弱しく微笑むと、




「またね」




そう囁いて、静かに眠ったのだった。



今から思えば、あの最後の言葉は、まだ子供だった私がこの別れを深刻に捉えないようにとの、ママからの最後の愛情だったのかもしれない。





それからは、パパとの二人暮らしがはじまった。

パパは慣れない家事と仕事を両立しようと本当に頑張ってくれたし、学校や友達のお母さん、遠いところに住んでる親戚の人達までもが、私のことを気にかけてくれた。

私は、いろんな人の手を借りながら、ママのいない世界で成長してきたのだ。



でも、一人っ子だった私は、本当にママが大好きで大好きで、そのママと会えなくなるということは、私の半分がなくなってしまったような感じだった。


いつもは、私を支えてくれてる人達を心配させたくなくて、ちゃんと笑うようにしていた。

でも、やっぱりこのクリスマスの季節になると、どうしてもうまく笑えなくなった。

何年経っても、あの年のクリスマスを鮮明に思い出してしまうから。

ママと過ごした、最後のクリスマスを。

毎年ママの命日の近くにホテルで行われる会食も、ママと過ごした思い出がよみがえってきて、胸がザラザラした。

だけど年を重ねるごとに、会食でママの話題が出る回数が減っているのに気付くと、それも辛かった。


思い出しても思い出さなくても、失ったぬくもりの大きさを思い知るだけだった。




でも今年は、これまでとは事情が違った。



パパが、再婚したせいだ。













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