表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/29

ごめんなさい。(5)





クリスマスランチを最後まで堪能した私達は、お店からエントランスまで一緒に移動し、大きなクリスマスツリーの前で別れることになりました。



「そういえばご存じですか?このツリーに願い事をすると、叶うらしいですよ?」


ツリーを見上げながら彼女が教えてくれます。


「まあ、そうなの?知らなかったわ」


きらきらと惜しみなく煌めきを振舞ってくれるツリーを、私も見上げました。

その華やかで堂々たる姿は、確かに希望や喜びを引き寄せてくれるようにも思えました。

そしてその輝きは、例え暗闇の中にいても、私達をを照らして導いてくれるような気もいたしました。



「教えてくれてどうもありがとう。帰りに何かお願いしてみるわ」


視線を地上に戻した私達はお互いに顔を見合わせます。


「いえいえ、こちらこそ、今日はご一緒してくださってありがとうございました。あなたとお会いできてなかったら、嫌な気持ちのままクリスマスを迎えるところでした」

「私こそ、おしゃべりに付き合ってくれてありがとう。でも本当に、通りすがりの赤の他人の余計な一言と聞き捨ててくれて構わないのよ?」

「いいえ、次の約束があるだけで頑張れるのは、私も身に覚えがありますから。だから、次に会った彼がすぐに ”ごめん” って謝ってくれるなら、私も ”ありがとう” って言ってみます。きっと向こうは何のことだかわからないでしょうけど」


彼女は憂いが脱げ落ちたような、爽やかな面差しでそう言ってくれました。

私まで、まるでクリスマスプレゼントを贈られたように嬉しくなってしまいます。



「それは楽しみね。でも、そう言ってもらえてよかったわ。今日は会えてよかった。素敵なクリスマスを迎えてね」

「私もお会いできてよかったです。メリークリスマス。ご主人と紅茶を楽しんでください。私はそれ以外の ”お礼” を探して帰ります」

「ありがとう。それじゃあ、気を付けて。メリークリスマス」



メリークリスマス、そう声をかけあって、私達は一期一会のランチ会を終えたのでした。







「大変お待たせいたしました。こちら、オリジナルブレンドとイングリッシュ ブレックファスト ティー、それにシュガースティックでございます」


カウンターでお会計を済ませ、ショップの端でラッピングを待っていた私に、スタッフがにこやかな笑顔と共にホテルのペーパーバッグを渡してくださいました。

ホテルのマークがプリントされた上質なそれは、時折街で見かけていましたが、手に取るのははじめてです。

それが夫へのお土産だということに、私は少なからず感激を覚えました。


「どうもありがとう。クリスマスはこのお紅茶で楽しませていただきますね」

「ありがとうございます。またぜひお越しくださいませ」


穏やかに、私のクリスマスショッピングが終わろうとしていました。

ですがそのとき、


「えっ、イングリッシュ ブレックファスト ティーは在庫がないんですか?」


お会計デスクの方から穏やかではない声が聞こえてきたのです。



「大変申し訳ございません。本日ご購入のお手続きをいただければ、お品は数日の内には元払いでご自宅に配送させていただきますが……」

「それが、どうしても今日欲しかったんです」


見やると、そこでスタッフに焦った様子で尋ねていたのは、先ほど別れた女性の恋人でした。

私が地下鉄の階段で見かけた、あの男性です。

わずかばかりに息が早いところを察するに、仕事の合間を縫ってこちらのホテルショップに駆け込まれたのでしょうか。

そして、彼女のお気に入りであるイングリッシュ ブレックファスト ティーを求めていらっしゃる………考えるまでもなく、それは彼女へのプレゼントなのでしょう。


私は自分の手の中にあるペーパーバッグに目を落としました。

そしてパッと顔を上げると、目の前にいるスタッフの方が私の次の行動を読まれたのでしょう、申し訳なさそうな顔をされてしまいました。

ですから私は、大丈夫ですよ、と伝えるつもりでにっこりと微笑み返しました。



「……あの、もしよろしければ、私が今購入したばかりのイングリッシュ ブレックファスト ティー、お譲りいたしましょうか?」

「え……?」


いきなり見知らぬ人物に声をかけられて、男性はびっくりした反動でしょうか、物凄く大きく振り返りました。


「驚かせてしまってごめんなさい。でも、イングリッシュ ブレックファスト ティーが在庫切れで困ってらっしゃるようだったので……。クリスマスも近いことですし、もしかしてそれは大切な方への贈り物になさるつもりだったのでは?」


この男性が誰のためにイングリッシュ ブレックファスト ティーを買い求めたかったのか、私はそれを知っていましたが、ここでは明かさずともいいでしょう。

けれど私と彼女が先ほどまで一緒にいたと知る由もない男性は、「実はそうなんです」と頼りなく笑みを浮かべました。


「彼女が好きな紅茶でして……。いつもイングリッシュ ブレックファスト ティーとホテルのオリジナルブレンドをよく飲んでるんです」

「まあ、それでしたらちょうどよかったわ。私が今購入したのはイングリッシュ ブレックファスト ティーとブレンドティーですもの」

「え、そうなんですか?そんな偶然………すごいですね」

「ね?すごい偶然だわ。これも何かのご縁かもしれませんね。それで、どうしましょう?私は別に今日持って帰らなくても全然構いませんので、よろしかったらお持ちになりませんか?」

「いいんですか?俺はすごく有難いですけど……」


遠慮を見せる彼に、私は「いいんですよ。どうせ私は一人でいただくつもりでしたから」と言いました。


「それなら、贈る相手のいるあなたの方が先にお持ちになって?」


そう促すと、彼は数秒ほどの躊躇いののち、「すみません、お言葉に甘えさせていただいてよろしいですか?」と、私の気持ちを受け取ってくれたのでした。



結局私はイングリッシュ ブレックファスト ティーとブレンドティー、両方を彼に譲ることになりました。

というのも、ブレンドティーは在庫はあるものの、ギフトセット用の物を開封してバラにする必要があったのです。

彼は急ぐ必要があったようですから、私は両方を譲り、彼はお会計をしてから私の手にしていたペーパーバッグを受け取りました。

もちろん、彼に渡す前にシュガースティックは取り出しましたけれど。


「ありがとうございます。本当に助かりました」


何度も何度も頭を下げてくれる彼に、私はふといたずら心が芽生えてしまいました。


「そこまで感謝してくださるなんて、もしかしてお相手の方と喧嘩でもなさったのかしら?」


私と彼は見ず知らずの他人ということになりますから、失礼のない範囲で冗談めかして尋ねたのです。

すると彼は、「実はそうなんですよ。お恥ずかしい話ですが……」と苦笑いを浮かべました。

けれどその言い方や眼差しのいたるところに、彼女への愛情が滲んでいるのは明らかでした。


「だったら、この紅茶を渡すとき、真っ先に ”ごめんなさい” って謝ってみるのはどうかしら?喧嘩の理由はわからないけれど、もしあなたが一番にそう伝えれば、もしかしたら彼女からは ”ありがとう” と返ってくるかもしれませんよ?」

「え? ”ありがとう” ですか……?」


きょとんと不思議顔になる彼に、私はクスクス笑っただけで種明かしはいたしませんでした。

もし今夜彼が彼女に紅茶の贈り物を持っていくのなら、もしかしたら二人して私のことを話題に出してくれるかもしれませんね。

そう考えただけで、少しわくわくしました。



その後、彼と入れ替わる形になりショップのカウンターで配送先の自宅住所を記入した私は、シュガースティックのみが入ったペーパーバッグを手にショップを出ました。

わざわざ私のためだけに開封作業をしていただくのも申し訳なくて、私はブレンドティーもイングリッシュ ブレックファスト ティーと一緒に送っていただくことにしたのです。


そういうわけで、夫へのお土産が、シュガースティックだけになってしまいました。

けれどきっと夫が事情を聞いたら、それはいいことをしたねと褒めてくれるはずですから、帰ったらこのシュガースティックを見せながら、今日の話を聞いてもらうことにいたしましょう。



私は最後にもう一度、願いが叶うというクリスマスツリーを見にエントランスに足を運びました。

たまたま人の波が引いたタイミングだったようで、私は周りに気兼ねすることなく、ゆっくりとツリーのてっぺんを眺めました。


願い事をすれば叶えてくれるというクリスマスツリー。

そうと知っていれば、私はもっと早くにここに来ていたかもしれません。

”あの人の病気が一日も早く治りますように…”

きっとそう願っていたことでしょう。


けれど今はもう、その願いは必要ありません。

だったら、何を願えばいいでしょう?

今日出会ったあの若い恋人達が仲直りできますように?

いいえ、あの二人なら私なんかが願わなくとも、きっと仲直りするに違いありません。

それなら……………だめですね、私はやっぱりあの人のことしか思い浮かばないようです。

私は、とことんまであの人のことを愛しているみたいです。

あの人とクリスマスにこのホテルに来るという約束は叶えられませんでしたが、もし………

もしも、生まれ変わりというものがあるのだとしたら、私はまたあの人と夫婦になりたいのです。

そしてその時こそ、約束が叶いますように。


約束は、未来の待ち合わせなのだから………




ねえ、あなた。

今日は私一人で約束のホテルに来てしまって、ごめんなさいね。

あなたには内緒で予約しておいたから、あなたはびっくりしてるかしら?

だけど、夏に予約した時は、あなたも一緒に行けるようになると思っていたのよ。

もし今年はだめだったとしても、きっと来年には一緒に行けるはずだと、信じていたの。

来年がだめなら再来年。再来年がだめなら、またその次の年……

だから、その時のために、私が先に下見をしておくつもりだったのよ。

でも、それはもう無理になってしまったから………

一時はホテルの予約もキャンセルを考えたのよ?

だけど、あなたも随分気にしててくれたじゃない?

連れていってやれずにすまない……って。

そんなあなただったら、もし私がキャンセルしたりしたら、また自分のせいだと責めるかもしれない。

それなら、私一人でも行ってみようかしらと思ったの。

私もいつかその時(・・・)が来て、もし生まれ変わってあなたと再会できたときの下見も兼ねてね。


だから、あなたのあの時のひと言が、私をここに連れてきてくれたのかもしれないわね。

ありがとう。

だけど、一人でクリスマスランチを堪能しちゃって、ごめんなさい。



心の中でそっと謝ると、見上げていた先で、ふと、きらきら眩いオーナメントの一つが、ふわりと微かに揺れた気がしました。


もしかしたらあの人が、クリスマスの約束を果たしに来てくれたのかもしれませんね………











『 今日だけじゃない。俺はいつも見守ってるよ。

  愛してる。

  お前とまた会えるのを、気長に待ってるよ。

  だからお前は、ゆっくり人生を楽しんでくれ。

 

  クリスマスの約束を叶えてやれなくて――――――”ごめん”  』


 









ごめんなさい。(完)












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ