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ごめんなさい。(1)





12月。

子供も大人も、どことなくソワソワ心躍っているように見える街景色。

毎年この時季になると、思い出すことがあります。

それは、もうずいぶん前、結婚前に夫と交わした約束です。

他愛のない会話から生まれたちょっとした約束でしたが、私の中ではとても大きな存在となっていて、ずっと、その約束が叶うのを楽しみにしていました。



けれど結婚してからもその約束が叶う気配は感じられず、私はある時夫に尋ねてみました。

すると、なんとまあ、夫の方は覚えてはいなかったようでした。

それを知った私はショックを受けましたけれど、結婚してからしばらくは夫の仕事はまさしく激務でしたから、それも仕方ないのかもしれません。

かく言う私も、はじめての子育てにてんやわんやで、子育てが少し落ち着いてきた頃からはパートに出たりしてそれなりに忙しかったこともあり、夫とのその約束を積極的に叶えようという行動はとってこなかったかもしれません。



ですが、近ごろはそれでもいいと思うようになっておりました。

むしろ、その約束が叶うように頑張ろう、そう思うことがモチベーションのようになっているようにも思えたからです。

ですから、昨年になって、はじめて夫の方からその約束に触れてきてくれたのは嬉しい驚きでした。

実は夫の方も、口には出さずとも、ずっとその約束のことが気になっていたのだそうです。

昨年夏頃から夫の仕事も少しゆとりが出てきましたので、時間の余裕も生まれ、それならば伸ばし伸ばしになっていたあの約束を実現させようか……とのことでした。

私はもう、夫のその提案だけで、胸がいっぱいになるほど嬉しかったのです。

ですから申しました。

そんなに気にすることないのに…と。

でも、気にしててくれてありがとう……と。




その後、すぐにも実行に移せばよかったのでしょうけれど、夫のスケジュールが空くのを待っていたのは私だけではありませんでしたので、次から次へと予定が埋まっていってしまい、相変わらず夫とは約束を叶えられないままでした。

ですが、私の気持ちは以前までとはちょっぴり違っていました。

これまではずっと、毎年この季節が訪れると、ああ、今年も約束は叶わないのね…と、心にほんのりと重さが増していたような気もしましたが、今年は穏やかに、この華やかな季節を迎えることができておりました。




夫と交わした約束、それは、”いつかクリスマスの時季にホテルで食事をする” というものでした。

聞く人によっては、そんなの容易いことではないかと思われるかもしれませんが、夫と約束したホテルというのは、どこでもよかったわけではありません。

夫の職場からほど近い日本屈指の一流ホテル、そこでクリスマスにお食事することが、夫との約束でした。



まだ若い頃は高級過ぎてなかなか伺うことができませんでしたけれど、ある程度年齢を重ね、気持ち的にも予算的にも問題なくなってからも、クリスマスシーズンは毎年人気がすごくて、なかなか予約が取れないのだそうです。

みなさん、かなり早くから予約の申し込みをなさるようで、夫の仕事柄、そんなに先のスケジュールを調整するのは困難だったのです。

ですから、その約束の実現は、私達にとっては夢のまた夢でした。



ですが、毎年クリスマスが近づくとテレビなどではホテルでの催しや特別メニューの特集が盛りだくさんでしょう?

そういう番組やコマーシャルを見かけるたびに、私は夫との約束を思い出しては、ああ、今年も無理そうね……と諦めるのが常でした。



もちろん私にもお友達はおりましたので、彼女達とクリスマスランチを楽しんだ年もありましたし、子供達が大きくなってからは私がご馳走するからと、クリスマス前に食事に付き合ってもらったこともありました。

けれど夫と約束したそのホテルだけは、お友達とも子供達とも訪れることはいたしませんでした。

夫と二人で来なくてはいけない……そんな固定観念のようなものが根付いてしまっていたのかもしれません。



ですが昨年、夫もずっと気にしてくれていたと知り、なんだかその拍子に、私が一人勝手に作り上げていた固定観念が溶けていったように感じました。

夫が今は行けないのなら、いつか二人で一緒に行く時のために、私が下見をしておこうかしら……

そう思いはじめたのです。

ですから今年は、私一人で伺うことにいたしました。

善は急げ、夏の終わり頃にクリスマスランチの予約が開始されると、すぐさま電話いたしました。

約束のホテルに。

夫には内緒で。



………内緒って、なんだか年甲斐もなくわくわくしますね。










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