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7話 魔法学院を探索しよう

 講堂から抜け出したアレスとモニカは、学院の中をゆっくりと並んで歩いていた。


「あ、あの……さっきは、助けてくれてありがとうございました」


 講堂での出来事が衝撃的過ぎたせいか呆然自失といった様子になっていたモニカだったが、ようやく再起動したようだ。


「ああ、単に気に食わなかったから暴れただけだし、気にしなくていいよ」

「そ、そんなことありません! だって、盾になってわたしを庇ってくれたじゃないですか!」

「まあでも、かなり派手にやったから周囲の目とか、この後大変かもよ? むしろ迷惑になる可能性だってあるしね」

「迷惑だなんてとんでもないです! わたし、もともと皆さんからよく思われてませんでしたから……今までとあまり変わらないと思います。ああでもっ! 今はアレスさんがいるので、全然寂しくなんてないですよ!」

「それなら良かった」


 モニカの笑顔は強がるようなものだったが、心配をかけないためだと容易に想像がついたので、アレスは気づかぬふりをして笑いかける。


「でも、わたし、アレスさんに助けてもらってばっかりですね……もっとアレスさんのために、なにかできればいいんですが……」


 モニカがどこか思い悩むような様子で呟く。


「あの破格の召喚条件だけでも十分満足してるんだけどな……ああ、それじゃあこの後、ちょっと街を案内してくれない? もちろん、次の授業が始まるまででいいけど」

「あっ……はい! 分かりました! ふふっ、じゃあさっそく今から行きましょう! 今日の授業はさっきので終わりですから、どこでも案内できますよ!」


 モニカの気分転換にでもなればと、アレスが今やりたいことを伝えると、モニカはどこかはりきった様子で嬉しそうに前を歩きはじめる。

 真っ白な壁に高そうな装飾、そしてふかふかの赤いカーペッドが敷き詰められた、まるで王城のように豪華な学舎の廊下を、アレスもモニカについて歩く。


「へえ、午後の授業は一つだけだったのか。魔法学院って意外と自由な時間が多かったりするの?」

「ああ、えっと、わたしは学院に来てから三年目なので、授業の数は少ないんです。都合が合わなければ、授業の日程を振り替えたりもできますし。代わりに各自で冒険者としての仕事をこなさなくちゃいけないんですけどね」


 アレスが少し気になったことを聞くと、モニカからはさらに気になる言葉が返ってきた。


「ん? たしか冒険者っていえば、少し特殊な傭兵みたいなものだったよね? モンスターの退治をしたり、依頼者の護衛をしたり、なにかの調査をしたり、とか。学生なのに、そんな仕事をするの?」

「はい、帝国にある魔法学院の学生は、本当に実力のある魔導師になるために、冒険者の仕事をすることになってるんです」

「ああ、実戦経験を積ませる方針なのか」

「そうですね。でも、ホントの理由は、帝国内で魔導師の人手が足りてないからだってみんなが言っています。解決に魔導師が必要な問題事はすごく多いんですけど、肝心の魔導師は数が少ないので、学生でも働かなくちゃいけないんですよ」

「なるほど、教育の一環で国のためになる仕事をさせるってことね。まあ、一石二鳥ではあるな」

「冒険者としての評価も学院の成績に入るので、みんなが頑張りますからね。学院の成績は卒業後の進路に大きく関わりますから、とくに最終学年の五年生の方は冒険者ランクを上げるのに一生懸命なんです」

「へえ、面白い制度だ」


 そんなことを話していると、モニカが扉の前で立ち止まる。

 最初の目的地に着いたようだ。


「ここは学生たちが利用する食堂です。貴族の方は別にある貴族用の食堂に行きますけど、平民の学生はほとんどみんながここを使っています」

「おっ、いいにおいがするな。なにか食べていくか?」

「ふふっ、さっき食べたばかりじゃないですか」

「はは、そうだったな」


 アレスとしては食べようと思えばいくらでも食べられるのだが、懐事情がよくなさそうな少女に何度もおごってもらうのは気がひけるので、冗談ということにして笑い合う。


「お昼の時間は少しすぎてますから、きっと食堂で働く方がまかないを食べているんですよ」


 扉を少し開き、食堂の中を覗くと、モニカの言った通り料理人であろう調理白衣を着た人たちが食事をしていた。

 邪魔をするのは悪いと思い、なかには入らなかった。


「モニカも自炊できないときはここで食べたりするの?」

「えっと、その……あはは、あまり余裕がないので、いつも自分で作ってるんですよ」


 モニカはどこか苦労の色が垣間見える作り笑いを浮かべた。


 どうやらモニカの経済的な事情は思っていたよりも良くないようだ。

 これからは自分の食い扶持くらい自分で稼げるようになった方がいいかもしれない。


 そんなことを考えつつも、アレスはこれ以上地雷を踏んでしまわないように話の方向を即座に変える。


「ああ、だから料理が得意なのか」

「ふふっ、ありがとうございます。そう言ってもらえるとホントに嬉しくなっちゃいます。今夜のお料理も頑張りますので楽しみにしててくださいね!」


 アレスの褒め言葉に、モニカは無邪気に微笑んだ。

 そして、どことなく舞い上がった様子で次の場所への案内を始める。


「じゃあ、次はわたしのとっておきの場所を紹介しちゃいます!」

「へえ、それは楽しみだ」


 ウキウキと楽しそうに廊下を歩くモニカに、アレスもつられて楽しげな気分になりながらついて行く。


 今は本当なら授業が行われているはずの時間なので、廊下の途中にある講堂などの部屋を見学することはできなかったが、学舎の豪華な内装は見ているだけでも面白く、ただ歩くだけでも十分楽しめる。

 しばらく、二人で廊下を歩きまわりながら階段を上がっていくと、学舎の中央にそびえ立つ尖塔の最上階部分に到着した。


「これはすごいな」


 思わず感嘆の声を漏らすアレスの目の前にあったものは、小部屋のほとんどを占拠する巨大な鐘であった。

 一見すると普通の風情ある鐘に見えるが、近くで確認すると魔力を動力として動く希少品、魔道具であることが分かる。

 正確な時間に自動で鐘を鳴らす仕組みのようだ。

 鐘の周囲には最低限の壁しかなく、外から風が吹き抜けていく。

 先ほど聞いた授業時間を知らせる鐘の音は、ここから響いて来たのだろう。


「近くで見るとすごく大きいですよね。わたしも初めてここに来たときは驚いちゃいました。それに、ほら、見てください! ここ、すっごく景色がいいんですよ!」


 部屋の端、壁の途切れている場所で手招きするモニカに近寄ると、そこには絶景が広がっていた。


「おお! 眺めがいいな! なるほど、この部屋からなら街のすべてが見渡せるわけか」


 街にある一番大きな建物の最上階なので眺めがいいのは当然だが、周りには他に高い建物がまったくないため、とても見晴らしがよい。

 上から見下ろす街並みは、モニカの部屋から見たものとは少し違った表情を見せている。

 街を囲む高い塀の内側に詰め込まれたオレンジ色の瓦屋根が目に鮮やかで、家々は精巧に作られたミニチュアのように小さい。

 まるで、ヨーロッパの観光パンフレットにでも使われていそうな景色だ。


「上から見ると結構こぢんまりとした街に見えるな。魔法学院を運営するために必要な最低限の街って感じかな」

「はい、この街は学園のためだけにある街ですからね。産業とかも特にないんです」


 学院の関係者と、その関係者を相手に商売をする人が暮らす街、といったところなのだろう。


 アレスが街の風景を楽しんでいると、モニカは何かを探すように目を凝らし始めた。


「あっ! ありました! あそこにある建物がわたしの住んでる寮です!」


 モニカが指をさす先を見れば、家が六軒分ほど寄り集まったような横に長い三階建ての建物を見つけた。

 そこの一階にモニカの部屋があるはずだ。


「さっきはあそこから走ってきたのか。結構遠いな。学生寮ならもっと学舎の近くに建てればいいのに」

「きっと学舎の近くにはもう建てる場所がなかったんですよ。あそこは平民のみなさんが住む寮ですから、学院で平民が学ぶことを許されるようになってから、後で建てられたものなんです」

「なるほど、後づけした施設だからしょうがないのか」


 建物の立地ひとつに注目しても、街の長い歴史を感じ取れるようだ。

 そんな積み重ねられてきた時代の背景が、この街の風景をアレスにとってより興味深いものにさせる。


「お、あの辺りは少し賑やかだな」

「あそこはお店が集まっている大通りですね! あの通りに行けば生活に必要なものはほとんど買えますよ。貴族のみなさまは街の反対側にある高級商店通りへ行くんですが、平民のみなさんはいつもあそこでお買い物をしています」

「ふーん、食堂のときもそうだったけど、やっぱり今の時代でも平民と貴族はきっちりと待遇が分けられてるの?」

「……へ?」

「ああ、モニカには当たり前のことすぎたか。変なこと聞いてごめんね、今のは気にしなくていいよ」


 モニカのきょとんとした不思議そうな顔を見て、アレスは自分で納得し苦笑する。

 貴族と平民の間に絶対的な身分の差があるのは、この世界では常識なのだろう。


「それにしてもいい景色だなぁ。やっぱり人間界に来て正解だったよ」

「……」


 街の景色を見下ろすアレスがしみじみと呟くと、モニカはどうしてか黙り込んでしまった。

 そして、なにかを聞きたそうに、アレスをチラチラと窺い始める。


「どうかした? 何か聞きたいことがあるなら遠慮しないでいいよ。さっきも言ったけど、気を使いすぎる必要はないからね」

「あっ……はい……えっと、それじゃあ……ずっと気になっていたんですけど……」


 アレスがやんわりと促すと、モニカはどこか恐る恐るといったように口を開く。


「わたし、アレスさんに迷惑をかけてばかりで、それなのにしてあげられることは少なくて……。アレスさんは……どうして、こんなわたしを召喚者に選んでくれたんですか?」


 随分と不安げに問いかけてくるモニカ。

 自分のことをアレスには不相応な召喚主だと思い込み、負い目を感じてしまっているのだろう。

 もしかすると、モニカは笑顔で学院内を案内しながらも、心の中ではずっと思い悩んでいたのかもしれない。


「召喚主を探すとき、都合のいい召喚条件がたまたま目についたから。つまりただの偶然かな」

「やっぱり、そうですよね……」


 アレスが取り繕わず本当のことを話すと、モニカはしょんぼりとうつむく。


「でも、俺は召喚主がモニカでよかったって心から思ってるよ。今日見た限り、召喚条件以外の部分でもモニカが理想的な召喚主だってことがよく分かったし」

「えっ……!?」


 アレスの言葉が予想外だったのか、モニカは困惑したような表情で驚きの声を上げた。


「講堂で講師に絡まれたとき、モニカは自分の力でなんとかしようとしていたじゃないか。俺の陰に隠れて助けを求めることだってできたのに、そんなことはしようとしなかった」

「……え? どうして、それが理想的なことなんでしょうか……?」

「龍王の力は強大だ。その力を利用すれば、どんな問題でも大抵のことは解決できる。でも、召喚主がそれに頼りきりになるのは困る。俺はやりたくないことをやるつもりはないから、なんにでも頼られてばかりだと、後々トラブルになることが目に見えてる。だから、その心配がなさそうなモニカはありがたい、ってことだね」

「あっ……」

「それに、モニカが講師に反抗したのは、俺のことをバカにされたからだったんでしょ? そんな行動をする子が、この先、調子に乗って召喚獣を道具扱いするようなこともないだろうし、そういうところも理想的だね」

「ほ、ホントですか……?」


 モニカは少し安心したのか、わずかに表情をほころばせる。

 だが、まだどこか不安そうなモニカを安心させるため、アレスはさらに言葉を尽くす。


「そもそも、俺が人間界に来た目的は、やらなくてはいけないことに追われず、やりたいことをする生活を求めて人間界に来たんだ」

「やりたいことをする生活……? えっと、じゃあ……今日、わたしにいろいろと手助けしてくれたのは、その……アレスさんのやりたいことだった、ってことですか?」

「まあ、そういうことになるね。だから、今のところモニカは俺に迷惑なんてかけてないんだよ。じゃあ、気に病む必要なんて全くないよね? いろいろ手を尽くしたのは、俺がモニカのためになにかをしてあげたかったから、なんだから」

「……っ!? ……そ、その、ありがとう……ございます……」


 モニカは頬を染めてうつむくと、消え入るような声でお礼の言葉を口にした。

 少しカッコをつけすぎたか、と急に気恥ずかしくなったアレスは、誤魔化すように頬をかく。


 モニカはしばらく恥じらうような様子で黙り込んでいた。

 だが、やがて何かを決意したかのような顔になると、アレスを真っすぐと見つめる。


「……あ、あのっ! それでも! わたし、助けられてばかっかりじゃなくて、ちゃんとしたアレスさんのパートナーになりたいんです!」

「まあうん、モニカならなれると思うよ」

「ありがとうございます! わたし、がんばりますから!!」


 そう意気込むように宣言をしたモニカは、吹っ切れたかのように明るい笑みを浮かべている。

 そんな前向きな様子のモニカを見たアレスは、少し恥をかくくらいの価値は十分にあったか、などと納得するのだった。


 すると突然、モニカは何かに気づいたかのように、顔を湯気が出そうなほど真っ赤に染め上げる。


「あっ……!? も、もっ、もちろん、ぱ、パートナーっていうのは、召喚者と召喚獣としてのって意味ですからねっ!!」


 あたふたと慌てふためきながら必死になって説明するモニカに、アレスは思わず苦笑を漏らすのだった。

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