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6話 授業参観にいこう

 アレスはモニカに追いつくと、一緒に街の中心にある城のように大きな学舎へと走る。

 学舎に着くと急いで階段を駆け上がり、たどり着いたのは三階にある講堂の扉の前だ。


 大急ぎで扉を開き中へと入っていくモニカに、アレスもついて行く。

 彼女いわく、召喚獣が一緒に授業に出ても問題はないらしい。


 講堂は扇状の形をしており、扇の根元に当たる部分に講壇が設けられていた。

 学生の席は講壇を囲むように何列にもなって並んでいるのが長机だろう。

 長机は講壇から離れるにつれて段を作りながらせり上がっている。

 昔からある伝統的なデザインの講堂といったイメージで、二百か三百くらいの席がある立派なホールだ。


 講義はまだ始まっていいないようだが、講壇には既に講師の姿があった。

 モニカとアレスは段々に並ぶ机の最後列、その端にある席に急いで座る。


――ガーンゴーン……ガーンゴーン……


 二人が席に着いた直後、再び鐘の音が鳴り響く。


「はぁ……はぁ……よ、よかったぁ……間に合いました……」


 つらそうに息を切らすモニカだったが、遅刻をせずに済んだと安心したのか、ほっとした表情で小さく呟く。


 おそらく、先ほどモニカの部屋で聞いた鐘は予鈴(よれい)で、今響いた鐘の音が講義開始時間を知らせるものだったのだろう。


 だが、その鐘が鳴り終わった後、三人の女学生が遅れて講堂に入ってくる。

 彼女らは焦るような態度など見せず、談笑しながら悠々と席に着いた。


 講壇に立つ講師はそれを見て、こめかみをヒクつかせる。

 しかし怒鳴りつけることはせず、気を静めるためか大きく息をつく。


 講師はなぜ怒らないのかと疑問に思うアレスだったが、遅刻してきた学生たちの姿をよく見ると、なんとなく理由は察せた。

 そのグループの中心にいる傲慢そうな少女は、高そうなアクセサリーをいくつも身につけ、赤い髪をいかにもお嬢様といったように縦ロールにしている。

 おそらく、講師が気を使わなくてはならないような高位貴族の令嬢なのだろう。


 それならば、気にしないことが一番だ。

 だが、その講師は無駄にプライドが高いのか、自分の講義が軽んじられることにかなりイラついている様子だ。


 その講師はどうにか怒りを抑え込んだようだが、どこか不機嫌そうな顔で周囲を見渡す。

 そして、なぜかモニカに目を止めた。


「……おい、そこの落ちこぼれ! いったいなにをしているんだ?」

「えっ!? ご、ごめんなさい……」


 突然、講師に怒鳴りつけられたモニカが半ば反射的といった様子で謝った。

 なぜ怒鳴られたのかは分からないようで、モニカは困惑した様子でひどく焦っている。


「さっきから気の抜けた間抜けヅラをさらして、なんのつもりだと聞いている! まさか、わたしが気付いていないとでも思ったのか?」

「ご、ごめんなさい! な、なんのことでしょうか……?」

「お前はこの私をバカにしているのか! 魔法もまともに使えない分際で、私の講義に遅刻しそうになっていただろう!」

「で、でも、しそうになっただけで、ちゃんと間に合い――」

「うるさい!! 口答えをするな!!」

「ひっ……ご、ごめんなさい……」


 どう考えても理不尽な怒りをぶつけられ、モニカは震えながら身をすくめる。


 講師の怒りの理由は、完全に八つ当たりだろう。

 自分よりも強い立場の人間から受けた不満を、自分より弱い人間で発散しているのだ。

 なんと性格の悪い男だろうか。


 だが、それでも彼はこの学院の講師なのだ。

 アレスが迂闊に口出しすると、モニカの学院での立場が危うくなるかもしれない。

 それを危惧(きぐ)したアレスは、ひとまず状況を見守ることにした。


「お前みたいな落ちこぼれのクズは、私の講義が受けられるだけでもありがたいと感謝する必要があるんだよ!! それなら、私が来る前からこの講堂で待っているべきだろうが!!」

「は、はい……」


 モニカに口答えされて逆上したのか、講師はさらにヒートアップした様子で怒鳴り散らす。


 他の学生は大多数が素知らぬ顔で見て見ぬふりだ。

 一部には、怯えるモニカを見て冷笑を浮かべている学生までいる。


 ただ、モニカに同情的な態度を示す学生も、一人だけだがいるようだ。

 その金髪の少女は、モニカには同情的な視線を向け、理不尽に怒鳴り散らす講師には(にら)みつけるように憎々しげな視線を送っていた。

 たった一人でも、この講堂内にモニカの味方になってくれそうな人物がいたことに、アレスは少しだけ安堵する。


 だが、たとえ彼女がモニカの味方をしてくれたとしても、今の状況は好転しないだろう。


「まったく、こんなヤツさっさと見限ればいいものを! 役立たずに支援を続けるなんて、デルデトル侯爵はいったいなにを考えているのやら!」


 そんな講師の言葉に、遅刻してこの騒動の原因を作った赤髪縦ロールの令嬢はなんともおかしそうに笑っている。

 だが、講師はその令嬢の態度は無視して、さらにモニカをいびり続ける。


「だいたい、なんなんだその隣の男は!? なぜここに部外者を連れてきたんだ!」

「そ、その……えっと……学院の規則に、召喚獣の同伴は学内ではどこでも自由、と書いてあったので……」


 アレスのことを指さす講師に、モニカは萎縮しながらも慌てたように説明をした。


「は? 召喚獣……? はははっ、まさか、そいつがお前の召喚獣だとでも言いたいのか! これは傑作だ! 人間には誰からも相手をされないから、人の姿に擬態するスライムでも召喚したのか!?」

「い、いえ、アレスさんはスライムなんかじゃ――」

「はははっ、そこまで人恋しかったのか!? もはや惨め過ぎて笑うことしかできん!」

「……」


 大声で嘲笑する講師に、モニカはうつむき押し黙る。


「だが、召喚術か……なるほど、よく考えたな。お前にはお似合いかもしれん」

「……え?」


 突然まじめな表情となった講師に褒められ、モニカは困惑の表情を浮かべながらも、少しだけ期待したような視線を講師に送る。

 だが、講師から返ってきたのは蔑みの視線だった。


「本当にお似合いだ。なにもできない落ちこぼれのクズと、なんの役にも立たないカスのような召喚術の組み合わせか。ピッタリじゃあないか」

「……っ!?」


 褒めるようなことを言ったのは、その直後に突き放すことによってモニカを傷つけることが目的だったのだろう。


 モニカは期待を裏切られ、悲痛な表情でうつむく。

 だが、なにか譲れないことでもあったのか、身を震わせながらも恐る恐るといったように反論を始めた。


「しょ、召喚術は役に立たないなんてことはないと思います……初代皇帝陛下も使っていた由緒ある魔法じゃないですか」

「ああ、確かに使っていたと記録が残っている。だが、初代皇帝陛下の召喚した龍王は、気まぐれで主人を裏切り精霊界に帰ってしまったと語られているじゃあないか。そのせいで黎明期(れいめいき)の帝国が大きな危機を迎えることになったのは当然知っているだろう? 召喚術にまつわる話などそんなものばかりだ。」

「……きっと、なにか事情があったんだと思います」

「だからどうした? 重要なのは人間の事情で、召喚獣の事情などどうでもいいだろう? 重要な時に使えない可能性がある力など不要だ! そして、人間の事情のみで魔力を活用できる魔法こそが、至高の力なのだ!! 召喚術など役立たずのゴミでしかない!! そんな常識すら知らんのか!? お前はその人の姿に擬態するしか能のないゴミ召喚獣と、おままごとをしているだけなんだよ!!」

「……違います! 役に立たないなんてことは絶対にありません!! だって、アレスさんはわたしをすごく助けてくれました!! アレスさんのことを悪く言わないでくださいっ!! ……あっ」


 ハッとした表情で、口を閉ざすモニカ。

 いつの間にか講師相手に強い口調になっていたことに気づいたのだろう。


「落ちこぼれのクズが!! この私の意見を間違っていると言うのかっ!!」

「ひっ……!?」


 激昂した講師が大声でモニカを怒鳴りつける。


「さっきからその反抗的な態度はなんだ!! それが名誉あるアッドワード魔法学院の講師に対する口の利き方か!? 学院の名誉を汚すクズがどうなるか、苦悶をもって知るがいい!!」


 怒り狂った様子の講師は懐からタクト状の杖を引き抜き、それを勢いよくモニカの方に突きつけた。


「【加虐の雷エクスクリシエイトサンダー】!!」


 講師が高らかに宣言すると、血のように紅く染まった(いかずち)の奔流が放たれ、一瞬のうちにモニカの周囲を紅い雷撃が包み込む。


 それは相手に熾烈(しれつ)な痛みを与えるための魔法である。


 その上位に分類される雷魔法を無詠唱で使った講師は、魔法学院で教鞭を取るだけはある実力を持っているようだ。

 だが、【加虐の雷エクスクリシエイトサンダー】の与える痛みは屈強な男でも泣き叫ぶほどの激痛で、(おも)に拷問などに使われる凶悪なものである。

 死に至る魔法ではないが、講師が学生相手に懲罰として使うにはあまりにも大げさすぎた。


 モニカの席の近くに座っていた学生が逃げ惑い、講堂内には騒然とした空気が流れる。


「ふん、自業自得だな」


 講堂内を見渡した講師が、やりすぎた言い訳でもするかのように鼻を鳴らす。

 しかし、雷光で紅に染まるモニカのいた場所から、彼女の悲鳴は一向に聞こえてこない。

 それを不審に思ったのか、講師が眉をひそめる。

 だが、雷光が消え去り、モニカのいた場所を確認すると、講師は呆気にとられたような表情に変わった。


「……は?」


 間抜けな声を漏らす講師が見たものは、モニカのいたはずの場所に平然とした表情で立つ銀髪の男、アレスの姿だった。

 その後ろでは、雷撃から守られ無傷のモニカが震えている。


「黙ってみていれば、ずいぶんと好き勝手してくれたな」

「っ!? 言葉を話した……だと!? バカな、スライム風情が人の言葉を使えるはずはない!?」


 口を開いたアレスに、講師が驚愕の表情を浮かべる。


 召喚獣が人の姿を取り、人の言葉を話すことができるとすれば、それは人間よりも高位の存在である証だ。


「そ、それに、私の魔法を受けて無傷だと!? そんなことがあるはずがない!! このペテン師めが!! 【加虐の雷エクスクリシエイトサンダー】!!」


 講師は目の前の現実を認めたくないのか、再び先ほどと同じ魔法をアレスに放つ。

 だが、無表情のアレスがつまらなそうに腕を振り払うことによって、紅い雷撃はあっさりと打ち消された。


「な、なぜだ……優秀な私の魔法がなぜ効かん!? ありえない、ありえないっ!!」

「その程度の魔法が防がれただけで、なぜそこまでうろたえる?」


 アレスは呆れながらそう呟くと、ゆっくりと講師の方へ歩いて行く。


「な、舐めるな!! 私の力がこの程度だと思ったか!!」


 講師はまるで虚勢を張るかのように大声を張り上げ、アレスに向かって杖を振りかぶる。


天壌(てんじょう)()烈火(れっか)の精 咆哮(ほうこう)せし憤怒の化身よ! そが名は万雷(ばんらい)(あま)刃雷(じんらい) 契約に従いかの咎人(とがびと)にその威を振るわん――【裁きの雷刃グラディウスジャッジメント】!!」


 講師の手に集った高密度の雷流が大剣を形作り、アレスの首を刈り取るように振るわれた。

 命中と同時に解き放たれる激しい雷光。

 【裁きの雷刃グラディウスジャッジメント】は【加虐の雷エクスクリシエイトサンダー】よりもさらに強力な最上位に分類される魔法で、大魔力を収束して威力を追求し、単体の対象を殺すことに特化した純粋な攻撃魔法だ。

 詠唱の省略はできないようなので、講師の全力の攻撃なのだろう。


「はははっ!! バカめ、直撃だ!! これはさすがに防げなかったようだな!! はは……は?」

「それだけか?」


 雷光が収まった後に姿を現したのは、眉ひとつ動かしていない無傷のアレスだった。

 アレスはその魔法を、あえて無防備な状態で受け止めたのだ。

 力の差を思い知らせるために。


 アレスは歩みを止めることもなく、平然とした様子で講師に近づく。


「ひ、ひぃ……!? ば、化け物!! こ、こっちに来るなっ!!」


 その姿に恐怖を感じたのか、講師は及び腰で後ずさる。

 そして、アレスに背を向け、講堂の出口へと走り出した。


 だが、アレスに逃がす気はない。

 これだけ好き勝手にやられて、ただ許す気などは毛頭なかった。


「【加虐の雷エクスクリシエイトサンダー】」

「がっ!? ぐ、ぐぎゃぁあああああああ!?」


 講師は紅い雷撃に包まれ、絶叫を上げながらのたうち回る。

 アレスが先ほどモニカに放たれた雷撃と同じ魔法を使い、講師の逃走を阻止したのだ。


 そして、アレスは苦痛に悶える講師にゆっくりと近寄ると、その胸ぐらを片手で掴み上げ、軽々と宙に浮かす。


「どうしたんだ? 俺は役立たずの召喚獣のはずだぞ? お前の使える至高の力とやらで、対処してみたらどうだ?」

「ひいっ……う、うるさい!! 手を離せっ!! こ、この学院の講師である私に、こんなことをしてただで済むと思うなよ!!」


 確かに、学院の講師相手に暴力を振るったのだから、アレスの召喚主であるモニカに迷惑がかかるのは明らかだ。

 だが、それならばこの講師を黙らせればいいだけの話である。


 アレスは胸ぐらを掴み上げている手とは反対の手で、今度は講師の頭を掴む。


「なんだ、魔法は使わないのか? ならそのご自慢の力は必要ないな? 【魔力封印(マナシーリング)】」

「はっ! そ、そんな低級の魔法が、この私に効くはずが……なっ!? ま、待て、やめろ!! やめてくれ!! ぐ、ぐあぁああああああ!?」


 【魔力封印(マナシーリング)】は抵抗(レジスト)が容易で、簡単に無効化できる魔法である。

 ただし、実力差が隔絶している場合はその限りではないのだ。


 アレスは講師の抵抗(レジスト)を力技でねじ伏せ、強引に魔力を封印していく。

 その際、講師が強烈な痛みに苦しんでいたが、アレスは気になどしない。


「どうだ、魔法が一切使えない無能になった気分は?」

「わ、私の魔力が……私の権威が……!? そ、そんな……そんな……」


 魔力の消失を実感したのか、講師は焦点の定まらない目で虚空を見つめ、ぶつぶつとなにか小さく呟いている。

 その言動から察していたが、講師の価値観の大部分は魔法の実力が占めているようであり、それを失って絶望しているのだろう。


 そこにアレスが凄みをきかせ、ゆっくりと語りかける。


「この封印は一時的なものだ。数か月も経てば魔力は戻る」

「……っ!? ほ、本当か!?」

「ああ、だが、俺はお前の魔力を永遠に封印することだってできる。もし、今日の騒動で、俺やモニカが不利益を受けるようなことになれば……どうなるかは分かるよな?」

「ひぃ!? わ、分かった! そんなことにはならないと保証する! どうとでも取り図ろう! だ、だから、手を、手を放してくれ!」

「いいだろう。だが仮に、その言葉が嘘だったのなら、どこへ逃げようと必ずお前にそのツケを払わせてやるからな」


 顔を真っ青にした講師が無言のまま何度も頷くので、アレスは掴んでいた胸ぐらを放してやる。


「ぐえっ!? ひ、ひぃ~!?」


 尻餅をついた講師はなんとも情けない声を上げつつ、足をもつれさせながら講堂の外へと逃げ去っていった。


 アレスはそれを見てつまらなそうに鼻を鳴らす。

 周囲を見回すと、講堂の隅に避難して状況を見ていた大勢の学生たちから、畏怖のまなざしを集めていた。


 騒ぎが収まっても、講堂の空気はまだ張り詰めている。

 謎の危険人物が居座っているのだから当然だ。


 この状況はどうしようもない。

 さっさとここを離れるべきだろう。


 アレスは学生たちを無駄に刺激しないようにゆっくりと歩き、呆然とこちらを見つめながら固まっているモニカのところへと戻った。


「大丈夫か?」

「は、はわわ……」


 アレスの問いかけに、モニカは目を丸くしてよく分からない声を漏らす。

 どうやらあまりにも衝撃的な事態に驚き過ぎて、放心状態で立ち尽くしているようだ。

 そこで、アレスはモニカの背にそっと手をまわし、静かに講堂の外へと誘導していく。


 周囲の学生は、その様子を唖然とした表情で見送ることしかできないようだった。

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